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セレバーナは老先生と応接セットに並んで座り、治癒魔法による診察を受けた。
ユキ先生が持って来てくれたエクレアをキーサンソン先生に勧めると、喜んで食べてくれた。
酒を飲まないので、甘い物が好物らしい。
勿論ナースにも勧める。
「先生。やはり手術をしなければなりませんか?」
無表情で訊くツインテール少女に頷いて見せるキーサンソン先生。
「先日説明した通り、セレバーナさんの心臓がどう言う状態にあるか、この目で確かめなければなりませんからね。見なければ魔法での治療は出来ませんから」
エクレアのチョコで汚れた手をハンカチで拭いたキーサンソン先生は、根気強く何度も説明してくれる。
「悪い所が有るのは確実なので、しない訳には行きません。ですが、セレバーナさんは手術を拒否する事も出来ます。高難易度の手術ですからね」
「しかし、手術をしないと血液が心臓に逆流して危険な状態になるんですよね?」
「そうなる可能性は高いと言わざるを得ませんね」
診断の結果、悪いのは心臓の中に有る弁だと言う事が分かった。
井戸のポンプに例えて説明するなら、汲み上げた水が川に戻らない様している部分がちゃんと動いていないので、十分に水が吐き出せない状態にあるらしい。
結果血流が滞り、だから気分が悪くなる、との事。
幼い頃は正常に近い形で動いていた様だが、身体が成長するにつれて心臓の不具合が表立ってしまったのだそうだ。
長年心臓の治療を行っている先生の経験上では、こう言う発病の仕方は良く有る事らしい。
身長やスリーサイズはほとんど変化していないが、身体の中はキチンと育っていたらしい。
魔法の修行で体力が付いた事は病気にはそれほど関係無いと言われた。
むしろ手術に耐えられる身体になって良かった様だ。
「手術をしたら、私は必ず帰れますか?」
キーサンソン先生は、セレバーナの目を見てから聴診器を耳に嵌める。
「身体にメスを入れるので、どうしても必ずとは言えません。ですが、失敗は有り得ませんよ」
「どうしてですか?」
「この私が執刀するからです」
ウインクするキーサンソン先生。
「凄い自信ですね」
「自分に絶対の自信が無ければ他人の命を預かる事は出来ませんよ。心音を聞くので、ちょっとの間、シーですよ」
口を閉じたセレバーナのパジャマの中に手を入れたキーサンソン先生は、脂肪の無い左胸に聴診器を当てる。
冷たい感触を素肌に押し付けられる聴診が終わった瞬間、待ち切れずに口を開く黒髪少女。
「魔法の師匠に言われました。私の潜在能力は真実の目だと。それは見た物の本質を見抜く力らしいです」
金色の瞳を見るキーサンソン先生。
「少なからず目の能力に頼っていた自覚は有ります。ですから、言葉の真偽の判別には自信が有りません。――なので、私にウソは言わないでくださいね」
「ウソとは?」
「私はッ!」
感情的な言葉を吐きそうになったセレバーナは、唇を噛んで堪える。
目の前に居る偉い先生に当たるのは間違っている。
一呼吸置き、窓の外の王城を見る。
アレを見ればペルルドールの顔を思い出せる。
仲間達の事を想えば、普段の自分を装える。
「……怖い。先生を信用していない訳ではないのですが、手術がどうしようもなく怖いんです。自分の意気地の無さが情けない」
聴診器を耳から外し、ツインテール少女の横顔を見るキーサンソン先生。
「怖くて当然です。ですが、現代では手術の成功率は格段にアップしています。君のお爺さんが基礎を作った心電図や呼吸器のお陰でね」
キーサンソン先生の顔を改めて見るセレバーナ。
老先生は優しく笑んでいる。
「祖父は……本当に偉大なんですね……」
「その通り。だから大丈夫。君は、君のお爺さんを尊敬しているでしょう?信頼しているでしょう?」
「はい。それは勿論です」
ツインテール少女の断言を聞いたキーサンソン先生は、満足そうに笑んで頷いた。
「君はお爺さんに守られている。そして、私も信用し、任せてください。私の潜在能力は刃物使いです。傷口が綺麗に塞がるので女性に喜ばれているんですよ?」
「それは素晴らしいですね」
セレバーナは力無く笑む。
忙しいキーサンソン先生は、お茶を断って次の患者の所に行った。
またもや一人になったセレバーナは、左胸に手を当てて自分の鼓動を感じる。
「皮肉な物だな。折角運良く生き残ったのに、天才と呼ばれるまでになったのに、こうして死の影に怯えるとは」
もっとも、父に殺され掛けなかったら神学校に通わなかっただろうし、神学校に通わなかったらキーサンソン先生とは出会えなかった。
普通の医者では心臓の手術など出来ないから、普通の人生だったら心臓に爆弾を抱えて生きて行く事になっただろう。
手術に怯えるか、突然死に怯えるか。
どちらがより怖いのだろうか。
「運命とは、なんとも残酷な現実を見せ付けるもんだ。どの道を進んでも死の恐怖に襲われるじゃないか」
ソファーから立ち上がったセレバーナは、仁王立ちで王城を睨みながら残りひとつのエクレアを一気に口へ押し込んだ。




