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入院決定の翌日から本格的な検査が始まった。
朝一番にキーサンソン先生の魔法の治療を受け、午後は別の先生に心音を聞かれたり血圧を計られたりした。
それ以外は何も無し。
その翌日も同じだったので、猛烈にヒマだった。
朝昼晩とナースが病院食を運んで来てくれるし、シーツや毛布は病院が雇っている業者が洗濯をしてくれる。
なので、付添い人のサコも自分の洗濯しかやる事が無い。
帰りの道のりに掛かる日数を考えると、もう帰らなければならない。
だが、セレバーナの状態に関する何らかの情報を持ち帰らなければ来た意味が無いので、区切りが付くまでここに留まるつもりでいる。
しかしサコは何もせずにのんびりとしていられる性格ではないので、日雇いのアルバイトをする事にした。
勿論、師匠に怒られない程度に、だが。
「何のアルバイトなんだ?」
パジャマ姿のセレバーナが腕を組む。
病院内で売っていた子供向けの物なので、とても可愛いピンクのウサギ模様だ。
「引越し屋の手伝い。王都って引越しする人が多いんだね。こんなのが仕事になるなんてビックリだ」
「実家が山奥に有るサコには引越しが新鮮か」
「そうだね。私の家が引越しをする事なんて、まず無いしね。重い物を運ぶ鍛錬になるから一石二鳥だよ」
そんな日々が五日も過ぎたので、サコは遺跡に帰る事にした。
病室はタダだしセレバーナの病状も変化無しなのでもっと留まっても良いのだが、指輪の状態が心配な為、ここでタイムアップとしたのだ。
「ギリギリまで粘ってみたけど、やっぱり一緒に帰る事は出来ないんだね」
サコは帰り仕度をしながら残念そうに言う。
「検査だけで何日も潰れるとは想像もしていなかった。遺跡の日々よりヒマになるとはな」
「そうだね。でも、しぶとく居座ってもお茶汲みくらいしかやる事がないし。畑の収穫も有るから、さすがにね」
「うむ。――ああ、これを持って帰ってくれ」
セレバーナは、ベッド脇のオープンシェルフに置いておいた一通の白い封筒をサコに手渡す。
「キーサンソン先生に私の治療予定を書いて頂いた。これをシャーフーチに渡してくれ」
「分かった」
その封筒を大きなリュックのポケットに仕舞うサコ。
革製の蓋が付いており、勝手に開かない様に紐で縛れるから落とす事は無いだろう。
「サコには色々と世話になった。気を付けて帰ってくれ」
「セレバーナも、頑張って」
「ああ。指輪が自壊する気配も無いし、サコのお陰でヒマ潰しも十分に出来る。もうしばらくは大丈夫だろう」
セレバーナは、左手の中指に嵌っているふたつの指輪を見た後、ベッドの方に顔を向ける。
ベッドの周囲には百冊以上の本が積まれてある。
サコがアルバイト帰りに買って来てくれた物だ。
何が良いのか分からないまま適当に買って来た様で、ジャンルや内容、対象年齢でさえもバラバラだ。
だが、それが逆に面白くて飽きない。
「問題は折角の本を持って帰れない事だ」
「退院する時に、そのまま病院に寄付したら良いよ。小児科に長期入院している子が結構居たから、きっと喜んでくれる」
「寄付か。良いアイデアだ。サコの名で寄付させて貰おう」
「え?やめてよ。恥ずかしいから匿名でやって」
「見た目に似合わず奥ゆかしいな。約束は出来ないが、可能なら匿名にしておくよ」
パジャマの上から薄手のカーディガンを羽織ったセレバーナは、病院の玄関までサコを見送りに行く。
「じゃ、帰って来るのをみんなと待ってるから」
「ああ。必ず帰る。余裕が有れば、王都土産を買って帰る」
「楽しみにしているよ」
大きなリュックを背負ったサコの背中が見えなくなるまで見送るセレバーナ。
王都の往来は行き来する人が多いので、背の高い茶髪少女でもすぐに人混みの向こうに消えた。
「……行ってしまったか」
無表情で呟いたセレバーナは、大勢の知らない人が長椅子に座っている待合室を横切り、人気の無い区域に有る豪華な病室に戻った。
そして電気による明かりを点け、応接セットに座って黙々と本を読んだ。
ページを捲る音しかしないゆったりとした時が過ぎると、決められた時間に給仕役のナースが病院食を運んで来た。
あまり美味しくない夕食を取りながら、改めて病室をぐるりと見渡す。
「一人だと広過ぎるな」
食器が下げられると、消灯の時間まで再び読書。
しかし無音が逆に集中力を削いでしまい、文章に集中出来ない。
「……一人、か。良く考えると、完全に一人なのは、神学校に入学した時以来だな」
知り合いどころか肉親も居なかった、神学校の入学。
ある女の子が話し掛けて来てくれるまでセレバーナは孤独だった。
入学直後に入った幼等部の寮は六人部屋だったが、同室の子と雑談した記憶が無いので、一人で寝泊まりしているのと同じだった。
そんなセレバーナと友人になってくれた女の子の名は、クレア・エスカリーナ。
彼女とはセレバーナが飛び級して校舎が別になっても唯一友人関係が続き、退学する時もユキ先生以上に悲しんでくれた。
退学後も神学校に残していた制服やら実験用具やらを遺跡宛てに送ってくれたりと、何かと世話になった。
いつか恩を返さないとな。
「クレアは元気だろうか。明日にでも手紙でも書いてみるか。退屈だからな」
本を読む気分ではなくなったセレバーナは、カーテンを閉めてベッドに入った。
間も無く消灯時間になり、自動で病室が暗くなった。
蓄光物質で出来たナースコール用のボタンだけが淡く光っている。
「シャーフーチは五百年もこんな封印生活をして来たのか。帰ったら彼の話を聞いてみたいな。どんな気持ちで長い時を過ごしていたのかと」
そして目を瞑り、遺跡の生活を良くする発明のアイデアは無い物かと考えながら眠りに落ちた。
なのに、久しぶりに神学校に通う夢を見てしまった。
そこは幼等部の教室で、幼い頃の級友達と共に机を並べて勉強していた。
なぜか自分だけが今の姿だったので、懐かしい様な、気恥しい様な、そんな気分で夜を眠り続けた。




