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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
16/333

16

満腹になった五人が石造りの廊下を進む。

先頭を歩くシャーフーチだけが火の点いた燭台を持っているので、後に続く少女達の周りは暗い。


「私の部屋は一番最初です」


上下に伸びる階段を通り過ぎた所でイヤナが師の前に進み出た。

メイドが敷いた高級な赤絨毯のお陰で足元が見易いので、歩き難くはない。


「分かりました。……ドアが新品になっていますね。木で出来ている部分ですから別に良いですけど」


イヤナと二人で石造りの部屋に入るシャーフーチ。

質素で狭い部屋の隅に大きなリュックが置いてある。

イヤナが持っていたふたつの風呂敷包みの中身である野菜は、キッチンの地下貯蔵庫に仕舞った。

五人なら数日で食べ尽くしてしまうくらいの量しかないが、外の人達に貰った食料も有るので不安は無い。


「えへへ。メイドさんにお布団を貰っちゃいました。みんなも貰ったみたいですよ」


イヤナは、石のベッドに敷いてある新品の布団を指差した。

綿入りの布団で寝るのは初めてなので、今から夜が楽しみだ。


「良かったですね。では、結界を張りますよ」


シャーフーチは床を指差してから指を鳴らした。

続けてよっつの壁を順番に指差し、それぞれに向けて指を鳴らす。

最後に、天井を指差して指を鳴らす。

その動作が終わると、灰色のローブを翻して両手を広げた。


「今張った結界には、イヤナの魔法は通用しません。外からの魔法も、一切通しません。ですが、唯一の例外として、シャーフーチの目と口笛を設置します」


声高らかに宣言した後、ドアの上を指差して指を鳴らす。


「はい、これでおしまいです。目はドアの上に有りますので覚えておいてくださいね。この部屋を覗く時はあそこからの視線になります」


「何だか簡単ですね。こう、ゴニョゴニョと何を言っているのか分からないおまじないをするのかと思ってました」


「長々と難しい呪文を唱えるのは民衆向け商売用のパフォーマンスですよ。その方が効果が有る様な気になりますしね」


「じゃ、意味は無いんですか?」


「魔法の才能に乏しい人が自己暗示の為に唱える場合も有りますが、まぁ、勧誘の手紙を受け取った貴女達に必要な技術ではありません」


「良く分かりません……」


イヤナが泣きそうな顔をする。

純粋な子だから感情がダイレクトに表情に出ているだけで、実際に泣くつもりは無い。


「簡単に言えば、私の弟子は呪文を覚える必要は無い、って事です。じゃ、次の部屋に行きますよ。イヤナはこのまま休んでも結構です」


「キッチンに戻って良いですか?後片付けをしないといけませんので」


「ああ、そうでしたね。どうぞ。根を詰めない様に」


「はい」


にっこりと笑んだイヤナは、真っ暗な廊下を戻って行った。

リビングのロウソクは灯ったままなので、壁に衝突したり転んだりはしないだろう。


「さて、次は誰の部屋ですか?」


「私の部屋です」


サコの部屋は、イヤナのふたつ隣だった。

五つ並んだドアの真ん中。

先程と同じく物が少なく、新品の布団と小さなリュックしかない。


「では、結界を張ります」


シャーフーチは、先程と同じ手順で指を鳴らし、目と口笛を設置した。


「以上です。お休みなさい」


「お休みなさい」


合掌して頭を下げたサコは、静かにドアを閉めた。


「次です」


五つの部屋の先には曲がり角が有り、そこを曲がると、更に五つの部屋が姿を現す。


「おおう。これは凄いですね」


シャーフーチが呆れた声を出す。

この区画に有る五つのドア全てが、遺跡の石壁に全く似合わない白木のドアになっていた。

真ん中のドアの横にのみ、小さな犬の像が置かれている。

身体は金色で、ふたつの瞳は真っ赤なルビーで出来ている。


「貴族が旅先で良くやる魔除けですね。あそこがペルルドールの自室として、他は何でしょう。中を見ても?」


「どうぞ」


ペルルドールが興味無さそうに頷く。

自分の行動範囲外に有る物はどうでも良い様だ。

シャーフーチは、まず一番手前のドアを開けた。

メイド服が山積みになっていた。

使用人控室か。

姫の世話をする為に、大勢で住み込むつもりだったのだろう。

これを返せと言われたら弟子達に運ばせよう。

関係無い人は、もう立ち入らせたくない。

その隣の部屋には、小さな箱が山積み。

一歩中に入って近くの箱を開けてみると、少女用の靴が入っていた。


「靴部屋、ですか……。靴だけで一部屋埋めるとか、王族のやる事は意味が分かりませんねぇ」


真ん中のドアを飛ばし、よっつ目のドアを開ける。

数え切れない量の衣文掛けが並んでいた。


「衣裳部屋……」


「湿気取りもきちんとされています。これは当分生活資金には困らないでしょうね」


セレバーナも師匠の後ろから部屋を覗く。

彼女が普通の少女だったら色取り取りのドレスに目を輝かせていただろう。


「貴女はまたそう言う事を言う」


「今年中に服と靴が半分以下になる確率は、かなり高いでしょうね。特に冬の蓄え前が危ない」


「近所にこんな高級品を買い取ってくれる店は有りませんよ?」


「なら尚更、と言えます」


魔法使いの弟子は自分の食い扶持を自分で稼がないといけない。

だが、貧しい村で必死に働いても大した賃金は貰えない。

なので、いざとなったら裕福な街に出稼ぎに行かなければならないだろう。

そんな事態になったら、その街で高くドレスを売れば楽が出来る。


「賢いのは良い事ですけど、セレバーナはもう少し人付き合いを重視した方が良いですね」


「良く言われます。この場合、仲間の物を勝手に値踏みしている事が良くないのでしょうか」


「そうです。まぁ……」


シャーフーチは、廊下で微笑んでいるペルルドールを顧みる。

持ち主が全く気にしていないので、余計な気を使ってもしょうがないとも思えるが。


「では、少しは他人に気を使ってみましょうか。最後の部屋は開けない方が良のでは」


一歩下がったセレバーナは、おもむろに腕を組んだ。


「なぜですか?」


「敢えて言いません。ヒントだけ。材質は、そうですね。きっと最高級のシルクでしょう。皮製品も有るかな」


「シルク……?」


シャーフーチは顔を歪めた。

いまいち分かっていない。

仕方ないなと腕を解いたセレバーナは、制服のスカートを少しだけ捲って見せた。

厚手のタイツから薄手のハイソックスに穿き替えていたので、絶対領域が露わになる。


「あ、なるほど……」


最後の部屋には下着やコルセットが入っているのか。

確かに中を見るのは無作法だ。


「これも山の様に有るでしょうから、少し分けて貰いたい所です。イヤナも替えを持っていないみたいですし」


セレバーナは、隣に立っているペルルドールに伺いを立てる様に言う。


「構いませんよ」


ペルルドールは薄く笑んで頷いた。

物への執着は無いらしい。

全部くれと言ったら、はいどうぞ、と応えるだろう。


「そこの所は貴女達の間で解決してください。男の私は口を挟めませんし。さて、部屋に封印をしましょうか」


真ん中のドアを開けたシャーフーチは、開いた口が塞がらないと言った顔で固まった。

スペースの大半が天蓋付きのベッドに占領されていたからだ。

絶対に出入り口を通らない大きさなので、中で組み立てたのだろう。

元々備え付けられていた石のベッドには天女と鶴が絡んでいる白い彫刻が置かれてある。

天女の両手と鶴のクチバシの先に火の付いたロウソクが立ててあるので、そんな形の燭台らしい。

思いっ切り寝室仕様で、自由時間を過ごす事を全く考えていない。


「……プライベートな空間ですから何も言いません」


結界を張った部屋の中にペルルドールとおやすみの挨拶を残して最後の部屋に向かう。


「私の部屋は一番奥にしました」


ふたつ目の角を曲がった後の突き当たりの部屋。

その前に立ったセレバーナが新品になった木のドアを指差す。


「私もふたつの部屋を使っても宜しいでしょうか。片方を研究室にしたいのです」


「構いませんが、薬品を使うんですか?」


「そうですね、使う場合も有りますね。基本は電気関係です。勿論細心の注意を持って扱いますので、危険は限定的だと思います」


「魔法使い殺しで有名なブルーライト博士の孫娘も機械弄りが得意と言う訳ですか」


ツインテール少女の眉が微かに上がる。


「やはり祖父を知っていますか」


「薔薇のお姫様が来たので、彼女の情報を集めたのです。適当な対応が出来ない相手ですからね。そのついでに貴女達の情報も。それで知っただけです」


「なるほど。情報は何よりも大切ですからね」


「貴女の祖父が齎した機械の発展により、多くの魔法使いが仕事を失ったそうですね。私には関係ありませんが」


「……私の家は王家に匹敵する程のお金持ちと思われていますが、そんな事はありませんよ?」


「なぜそんな事を私に言うのでしょう。セレバーナがお金持ちでない事は、その言動で良く分かります」


金持ちなら仲間のドレスを売り払おうとは言わないだろう。


「過去に色々有りましたから」


「私は弟子達の過去に興味は有りません。興味が有るのは、弟子達のこれからです」


「師匠らしいお言葉、ありがとうございます」


「では結界を張りましょうか」


「はい。奥の部屋を研究室に、その手前を自室にしようと思います」


「分かりました。薬品が結界にどう影響するか分かりませんので、奥の部屋の結界は弱目にしておきましょう。場合によっては、後日掛け直します」


「すみません、お手数をお掛けします」

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