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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
159/333

18

セレバーナとサコは、二階階段前に有るナースステーションで入院の手続きを済ませた。

その後、ナースに案内されて入った病室は、病室と言われてイメージする物とは全く違う作りの部屋だった。

ペルルドールが使う様な豪華で巨大なベッド。

裸足で歩いても平気な絨毯。

天井には電球式のシャンデリア。

乳白色の壁紙も目に優しい。


「ここは要人用の病室なんだろうか。おお、こっちには風呂が有るぞ。キッチンも。一泊いくらなんだろう。困ったな」


小さなリュックを片手に持ったセレバーナが病室の中を歩き回る。

水周りは廊下に出なくても行ける隣の部屋に纏まっている。


「凄い部屋だねぇ。病院って、質素で清潔で薬臭くて、でも雑多で息苦しいってイメージが有ったんだけど」


サコの方は絨毯みたいな素材で出来たソファーに腰を下している。

座っただけで疲れが取れるくらい座り心地が良い。


「私もそう思っていたんだが。――部屋を変えて貰おう。さすがにこの病室は有り得ない」


師匠に貰った入院費は十分に余裕が有るので金銭的には大丈夫だが、こんな扱いを受ける覚えは無い。

セレバーナが出入り口に向かって歩き出したその時、ドアがノックされた。


「ナースだろうか。丁度良い、何とかして貰おう。どうぞお入りください」


セレバーナが許可を出すと、静かにドアが開いた。

サコも立ち上がり、訪問者を迎える。

部屋を変えて貰おうとしているのに座り続けられるほどサコの神経は太くない。

入って来たのは、神学校を現す金の紋章が大きく刺繍された白いローブを着た中年の女性だった。

金色の瞳を見開いたセレバーナは、少し慌てた様子で女性の前に駆け寄る。


「ユキ先生!」


「久しぶりですね、セレバーナさん」


セレバーナは胸の前で指を組み、軽く膝を曲げて屈んだ。

神学校式の礼。

ユキと呼ばれた女性も同じ礼を返す。


「こちらは私がお世話になった、神学校のユキ・フォルテシモ先生だ。ユキ先生、こちらは魔法修行の仲間、サコ・ヘンソンです」


セレバーナが二人を紹介すると、先生は神学校の礼を、サコは合掌して頭を下げる格闘家特有の礼をした。

それからユキ先生はセレバーナの頭の先から足の先まで見た。


「身体の調子はどうですか?ここに来たと言う事は、良くないんでしょう?」


「はい。先程最初の診察を受けました。私はいつも通りなんですが、やはり入院が必要な様です。で、この部屋に通されたんですが――」


ツインテールの頭を回して部屋を見渡すセレバーナ。


「どう考えても身分不相応で困っていたところです」


「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」


サコが先程まで自分が座っていたソファーを進めた。

そこは仕切りの無い応接室の様になっているので、来客を出迎える為のスペースなんだろう。

病室の主である病人はベッドの上だろうに、なぜそんな物が用意されているのかは分からない。


「そうですね。座りましょう」


セレバーナも座る様に勧める。

すると、ユキ先生は優しそうでおっとりとした笑顔になる。


「ありがとう。――セレバーナさんが病院を訪れたとの連絡が神学校に入ったので、早速お見舞いに来てみました。魔法の修行はどうですか?順調ですか?」


ユキ先生はソファーに座りながら訊く。

その対面に座ったセレバーナが頷く。

サコはキッチンに行ってお茶の準備を始めた。


「はい。新たな発見が数多く有り、とても刺激的です」


「それは良かった。最果ての地だと言う事で心配をしていましたが、そちらの生活も貴女の為になっている様ですね」


「はい。神学校では学ぶ機会の無い種類の勉強が出来る喜びを感じています。信頼出来る仲間も出来ました」


キッチンの方を見るセレバーナ。

ここからでは向こうの様子は見えない。


「そのお仲間の中に第二王女様も居らっしゃるとか。このお部屋を借りられたのは、実は王女様のお力も有っての事なのです」


そう言ったユキ先生が病室を見渡した。

それを聞き、目を細めるセレバーナ。


「この病室はペルルドールの刺し金ですか。納得出来ましたが、いつの間に」


セレバーナの頭の中での予定では、この病院には医師の都合を確認する手紙を出してから来るつもりだった。

郵便隊の都合も有るし。

だが、手紙の往復には二、三週間掛り、そんなに長い間修行が止まるのは問題が有るとして即日出発に異を唱えなかったのだ。

なので、ペルルドールが病室の手配をしたとなると、手紙より早い媒体を使った事になる。

そんなセレバーナの疑問をユキ先生がすぐに解決する。


「いえ、王女様ご本人ではなく、第二王女護衛団団長のプロンヤ・ウヤラ様と、騎士のドナ・ラックソーマン様のお計らいです」


「ああ、あのお方の。騎士様の方はお会いした事は有りませんが、二人共存じております。――ああ、あの時のお礼のつもりなのかな?」


セレバーナは、プロンヤの赤い全身鎧姿を思い出す。

プロンヤが厄介な情報を持って来たせいで、ペルルドールは仲間達と共に南の国に出掛けなければならなくなった。

彼女はそこで二度も死ぬ目に遭い、酔っ払って踊り狂うと言う恥を掻いたが、無事に問題を解決して遺跡へと帰る事が出来た。

騎士の方は、王城でペルルドールの世話をしていた爺やさんの孫だったか。

二人は恋人ではないとプロンヤは否定していたが、連名でこう言う事をされると、やはり妖しい。


「神学校でも良い部屋をと手配したのでこの部屋になった様です。神学校と第二王女様の力が合わさった援助はとんでもない額になった様ですね」


セレバーナは再び目を見開く。


「何と。では、こんなホテルのスイートみたいな病室に入院しても、私はお金を払わなくても良いと言う事ですか?」


「その通りです。ですから、セレバーナさんは気兼ね無くこの部屋で療養してください」


優しそうな笑顔のユキ先生を見て複雑な表情になるセレバーナ。


「お心遣いは感謝します。が、ここまでして頂くと申し訳無さが先に立ちますね。私のわがままで神学校を辞めたのに」


ユキ先生は目を瞑って頭を横に振る。


「それだけ貴女を大切に想っている人が居ると言う事ですよ。貴女の世話になった生徒達も貴女の帰還を願っています」


テーブルにお茶を並べるサコに礼を言って頭を下げたユキ先生は、一瞬だけ寂しそうな顔をした。


「ですが、今日会ってみた限りでは、無理に復学する必要も無いと私は思います。神学校では得られない友好関係を作っている様ですし」


「そうですね。神学校を出てからの短い間で沢山の人に出会いました。世界には色々な人が居ます」


セレバーナは、レースのカーテンが半分掛っている窓の外を見る。

夕日に照らされている王城が見える。


「神学校に入学した時は、誰も信用出来なかったのに。一人ぼっちだったのに。生きて行くと言うのは不思議な物です」


無表情でお茶を啜るセレバーナ。


「女神様のお導きですね」


ユキ先生も笑みながらお茶を啜る。


「なので、もっと生きたくなりました。だからここに来ました」


元教え子の希望に満ちている様子に満足したユキ先生は、行儀良くお茶を飲み干した。


「さて、そろそろ私は帰ります。またお見舞いに来ても宜しいですか?」


「勿論です。ですが、今はテストの時期ですよね?お忙しいのでは?気軽に行き来出来る距離ではないですし、無理に来られなくても」


「大丈夫ですよ。では、お大事に」


ユキ先生は、サコにご馳走様と言ってから静かに退室して行った。

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