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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
158/333

17

目的地である大病院に辿り着いたセレバーナとサコは、ガラス板で出来ている観音開きの玄関を潜った。

村の診療所が丸ごと入りそうなくらい広くて天井の高い待合室では大勢の人が無数に並んでいる長椅子に座っている。

さすが王都、病人の数も桁違いだ。


「さてと。覚悟を決めてさくさく行くか」


セレバーナは総合受付と書かれているカウンター前に立つ。


「こんにちは。ちょっと良いですか?」


「はい、何でしょう」


余所見をしていた受付のおばさんが背の低い黒髪少女に顔を向ける。

神学校の制服に、金色の瞳。

そしてツインテール。

珍しい客に姿勢を正す受付のおばさん。


「マイチドゥーサ神学校の紹介で参りました、セレバーナ・ブルーライトです。アット・キーサンソン先生にお目通り願えますでしょうか」


「少々お待ち下さい」


受付のおばさんは、セレバーナが着ている制服を改めて見てから近くに居た他のおばさんに何かを指示した。


「ただいま問い合わせをしますので、座ってお待ちください」


「はい」


適当な長椅子に座って待つセレバーナとサコ。

十分待ち、二十分待っても、一向に呼び出しが掛らない。


「うーむ。都会の病院は待ち時間の長さが社会問題になっていると聞いていたが、本当に長いな」


足を組んでいるセレバーナがうんざりとした溜息を吐く。


「長いねぇ」


サコはヒマ潰しに待合室に居る人達の観察をしている。

病院なので当たり前だが、強そうな人や殺気を纏っている人は一人も居ない。

気を抜いても問題は無さそうだ。

三十分経つと、やっと一人のナースが二人の許にやって来た。


「お待たせしました、セレバーナ・ブルーライトさん。こちらへどうぞ」


ナースの後に続いて二階に行く二人の少女。

建物の中だと言うのに大分歩いた後、やっとひとつのドアの前で立ち止まった。

受付前の雑多な感じとは真逆の静かな場所。


「付き添いの方はここでお待ちください。ブルーライトさんは中へ」


ドアの前には無人の長椅子とテーブルが有り、その横には磨りガラスの壁と観葉植物。

有名なお医者様が居る部屋の前には専用の待合室スペースが有る様だ。


「ありがとうございます。――では、行って来る」


「頑張って」


セレバーナとサコが頷き合った後、別れてそれぞれの場所に向かった。

部屋の中は薬臭くなかった。


「キーサンソン先生。ブルーライトさんをお連れしました」


校長先生が座る様な巨大な机で書き物をしていた男性が顔を上げた。

もじゃひげ先生よりも年上な雰囲気なので、黒髪少女から見ればお爺ちゃんだ。


「君がブルーライト博士のお孫さんか。始めまして」


綺麗な白衣を着た老先生が立ち上がり、机の前に出て来る。

毛髪が少し寂しくなっているが、それ以外は優しそうなお爺ちゃんって感じの好印象な風貌だ。


「始めまして。祖父をご存じなんですか?」


「面識は有りませんが、彼が齎した機械技術は医術の進歩も促しましたからね。尊敬出来る人物だと思っています」


黒い皮張りのソファーを進められたセレバーナは、失礼しますと頭を下げてから座る。


「そして、もしも君が来たらくれぐれも宜しくと、神学校の校長直々に言われていました。彼とは顔見知りですから、断る訳には行きません」


「校長先生が私を?」


「君はブルーライト博士の才能を受け継いでいると噂されていて、神学校や様々な財団が君を失う事を恐れていますからね」


「私など祖父の足元にも及びません。私はまだ何も発明していない。そんな私が神学校の紹介を利用するのは心苦しいのですが」


左手の中指に嵌っているふたつの指輪を見るセレバーナ。


「お世話になっている村の医師に、折角なので一番良い所で治療して来いと説得されまして。――これはその最果ての村の医師による診断書です」


セレバーナは、もじゃひげ先生に書いて貰った診断書を懐から取り出し、正面に座ったキーサンソン先生に渡す。

それに目を通しながら会話を続ける先生。


「なるほど。ここ以上の病院は有りませんからね」


「ご高名な先生はお忙しいでしょうから、受付で門前払いされる事を期待していたんですが。そうなれば入院せずに済むので」


ツインテール少女の妙な冗談に愛想笑いを返した老先生は、ナースが持って来た書類に視線を移す。


「ははは。病院は苦手ですかな?」


「風邪をこじらした程度ならそうでもないんですけれど。心臓に問題が有ると言われたら、どうしても不安になってしまいます」


無表情に言う黒髪ツインテール少女を見る老先生。


「ふむ……十四歳で、その身長ですか。いや、失礼。これは神学校の校医から提供されたカルテです」


「お気になさらず。低身長で困った事は有りませんし、コンプレックスでもありません」


セレバーナが頷いている横でナースがお茶を注いでいる。


「君にはまだまだ長い未来が有る。神学校の教師達はその未来を見ているんでしょう」


二枚のカルテを閉じるキーサンソン先生。


「私の様な古い人間には機械の存在を理解出来ませんが、若い医師は確実に助かっています。それのお陰で助かった患者も沢山居る」


遠い目をする老先生。

過去に治療し、良い結果を残せなかった患者の事を思い出しているらしい。

そんな顔をしている。

それを察する事が出来るのは、セレバーナの潜在能力である『真実の目』のお陰だ。


「そして、君はその先を我々に提供してくれる可能性が有る」


「私も祖父の域に達する事が出来れば良いのですが。その期待によるプレッシャーはかなり重く、私はまだまだそれには応えられません」


セレバーナは無表情で言う。

本心からの言葉なのだが、その表情のせいで謙遜と取られた様だ。

人懐っこい笑顔になるキーサンソン先生。


「君の様に有望な女性の治療が出来るのは、医者として誇りに思いますよ。では、早速診察をしてみましょうか」


お茶を一口啜った老先生は、セレバーナに上着を脱ぐ様に指示した。

言われた通りに制服を脱いだツインテール少女は、恥ずかしげも無くワイシャツのボタンに指を掛ける。


「取り敢えず簡単に見るだけなので、それ以上脱がなくても十分です」


そう言った老先生の右手が緑色のオーラに包まれた。


「その色のオーラは見た事が有ります。癒しの力ですね。先生は魔法使いだったんですか」


「ええ、そうですよ。これで君の悪い所を見るんです。昔の医者は治癒魔法の使い手がなる物だったんですけどね。――では失礼して」


ワイシャツの上からセレバーナの左胸に手を当てる老先生。

勿論、セクハラにならない位置に。

触れられた部分から暖かい物が身体の中に侵入して来た。

暖かい異物が身体の内側で動いている感触が本気で気色悪い。

これが治癒魔法なのか。


「……ん……」


セレバーナは思わず身動ぎしてしまい、短く声が漏れる。


「我慢してください。今、心臓を調べていますから、動くと危険ですよ」


「はい……」


固く目を瞑り、診察が終わるのを待つ。


「はい、終わりましたよ。楽にしてください」


目を開け、一息吐くセレバーナ。

先生の手が離れても暖かい物が胸の奥に残っている。

気持ち悪いが、嫌な感じではない。


「最果ての村で診察を受けたのは自覚症状が有ったからですか?」


キーサンソン先生の質問に頷くセレバーナ。


「最初から順に話した方が良いですね」


神学校時代にも心臓に違和感が有ったが、無視出来る程度だった。

しかし魔法の修行を始めて体力作りに励んだら、心臓の違和感と共に息苦しさや気だるさを感じる様になった。

無視しようとも思ったが、心配した仲間に行けと言われたので最果ての村の診療所に行った。

そこで、低身長の女子は心臓が悪い事が良く有るので、心配なら大きな病院で本格的に調べた方が良いと言われた。

自分は大丈夫だと思うが、師匠や仲間が心配してうるさいので、神学校から届いた手紙に従い、ここに来た。


「と言う訳です」


「なるほど。――息苦しさの他に自覚症状は有りますか?例えば、ちょっとした事で失神したりとか」


「失神……」


嫌な光景を思い出したセレバーナは、全身に鳥肌を立てた。

自分の腕を擦りながら応える。


「そう言えば、お化けを見て失神しましたね。本当はお化けではなく、癒しの力を持った人間でしたが。これは関係無いですね」


「お化け、ですか。驚いた拍子に失神した感じかな?」


「そうですね。夜、部屋のカーテンを開けたらすぐそこに人が居て、そこで記憶が途切れました」


「なるほど、それは怖いですね。――それだけでは何とも言えませんが、今診た感じでは、確かに悪い所が有りそうです」


「そう、ですか」


実は健康そのもので、このまますぐに帰れるかも知れないと言う可能性がこれで消えた。


「入院して貰い、徹底的に調べたいと思いますが、良いですかな?」


「そうなると予想して準備して来ました。無事に帰れる様にと、仲間にお守りを渡されましたよ」


黒髪少女が脇に置いてある上着を撫でる。

布越しに伝わって来る国宝級のお守りの感触。


「はい。入院します。宜しくお願いします」


立ち上がったセレバーナは、深くツインテールの頭を下げた。

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