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セレバーナとサコは、門の前まで出て来て手を振る仲間達に見送られながら封印の丘を降りた。
そして下の村の役場で通行手形を発行して貰う。
「臨時の郵便隊や速達の依頼は有りましたか?」
昨日、サコが手形の依頼をした時に調べておいてくれと頼んでいた事を訊いた。
しかし役場のお姉さんは首を横に振った。
通常なら沢山の村を行き来する郵便隊の馬車に同乗して旅をするのだが、郵便隊は常時居る訳ではない。
残念ながら、ここの様な田舎だと不定期でしか郵便隊が来ないのだ。
収穫の時期だと野菜の売買の為に頻繁に郵便隊が来たりもするが、今はその時期でもない。
しかし特急料金を払った速達が有った場合、臨時で馬車や早馬が走ったりする。
最果ての村発の馬は無いが、大きな街から来た臨時の馬が帰る際に同乗させて貰う事も出来る。
それに期待したのだが、やはりその様な馬は来ていなかった。
「さすがにそこまで都合良くは行かないか」
セレバーナが腕を組むと、サコは茶髪の頭を掻いた。
「まぁ、しょうがないね。――ええと、どこまで行けば郵便隊の馬車に乗れますか?」
良く訊かれる質問なので、役場のお姉さんは言い慣れている応えを淀み無く言う。
「北東の方角に有るキルビの村は布が名産ですので、比較的高確率で郵便隊が滞在しています。大きな川の畔に有る村なので迷う事無く行けるでしょう」
「そこまでは歩きで何日くらいになりますか?」
「今から出発ですと、大人の足なら明日の夕方前くらいの到着になりますね。セレバーナさんの歩幅では三日、かな?」
「二,三日か。ならそっちに行った方が早いね。――ちょっと早足での旅になるけど、大丈夫かな?」
身体が頑丈なサコに心配されている黒髪少女は、ツインテールの頭を縦に揺らした。
「覚悟の上だ」
お礼を言って役場から出た二人の少女は、そのまま歩いて村の外に出た。
最果ての村は農業が主な産業なので、畑を荒らしそうな野生動物は日常的に駆除されている。
しかし完全に居ない訳ではないので、サコが周囲を警戒しながら北東を目指す。
何時間も休まずにドンドン進む。
「ねぇ、セレバーナ。訊こうかどうか悩んでて、やっぱり訊きたい事が有るんだけど」
歩きながら干し肉を齧っていたサコが不意にそう言った。
昼食のパンはすでに食べ終わっているが、それだけでは食べ足りなかったのだ。
「何だ?」
気乗りしない歩き旅に疲れているセレバーナが、気だるそうに返事する。
「前に、私達にはひとつの共通点が有るって話が有ったじゃない。だから心配だって。あれ、どう言う意味?未だに分からないんだよ」
「ああ、アレか」
「私だけ分かってないみたいだから恥ずかしいけど、気になって」
「答えをそのまま口から出すのは野暮らしいので、遠回しなヒントを言おう」
「うん。ありがとう」
歩き疲れを取る為の金平糖を齧ったセレバーナは、少し考えてから口を開く。
「サコは以前、実の父親に左腕と右足の骨を折られた事が有ったな。あの時は本当に君を失うかと思ったぞ」
「私も殺される覚悟だったよ」
嫌な話題を蒸し返されたサコが苦笑いする。
「次はイヤナか。テレパシーが敏感に反応してしまい、他人と意識の融合が起こる寸前だった。それは精神の死だ」
「ん……?」
ぼんやりと答えに気付いたサコが眉間に皺を寄せる。
「そしてペルルドール。彼女は薬で眠らされた。更に殺気立つ騎士の群れの前に立ちはだかった。彼女は二度も危機的状況に陥った」
サコは大口を開けて表情を明るくし、ポンと手を打つ。
「で、今回はセレバーナの入院か!やっと分かった!」
「分かったか。私はこれから本当の意味での死ぬ目に遭うだろう。君達と同じ様にな。だから怖いのだ」
「そっか……そう言う事だったんだ。だからイヤナとペルルドールはあんなにも深刻な顔を……」
「分かっていなかったのに王都まで付き合ってくれるサコにも彼女達と同等の感謝を」
「あはは……」
本心の言葉だろうが、どう考えても皮肉なのでサコは苦笑する。
「その事をシャーフーチは承知している。最初は反対していたペルルドールのヴァスッタ行きを許したのも、その試練が待っていると判断したからだろう」
「なるほど」
「だが。それを乗り越えたら、私は君達と肩を並べて次に進めるだろう。それが魔法使いになる為に必要な試練ならば、だが」
「うん。みんなが乗り越えたんだから、セレバーナも乗り越えられるよ」
「そうだな」
その後も少女達は歩き続け、そして適当な森の中で野宿をした。
野営慣れしているサコが火を起こし、干し肉のスープを作った。
「季節的には大丈夫だろうけど、夜は冷えるから寒かったら言ってね。もう一枚、毛布をリュックから出すから」
「ありがとう。――明日は早起きをし、早めに出発しようか」
セレバーナは周囲の草や木に鈴付きの糸を張っている。
不審者や動物が近付いて来たら音が鳴る罠で、非力な者が少しでも安心して横になる為の知恵だ。
「まぁ、虫が寄って来るせいでどうやっても熟睡は出来ないのだがな。それでも無いよりはマシだろう」
屋外での睡眠に慣れていないセレバーナは、地面に敷いた毛布の上に座って疲れた脚をマッサージした。




