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夜明け直後に目覚めたセレバーナは、昨日の内に済ませておいた旅支度を確認した。
本やメモで散らかっていた勉強机はキチンと整理され、眩しい朝日に照らされている。
長期間留守にしても、どこに何が有るか分かる片付け方をしている。
布団は小さく畳み、その上にシーツを被せてある。
こうしておけば、埃が積もってもシーツを洗えば良いだろう。
一応湿気が無い所を選んで置いてあるが、もしもカビが生えたら、その時はその時だ。
可能なら、布団の手入れの仕方が書かれて有る本を王都で買おう。
部屋の処理はこんなもんか。
都会に行くのでそれらしい旅装束をペルルドールから借りようかと思ったが、いつも着ている神学校の制服で行く事にした。
神学校からの紹介で行くんだから、神学生らしい格好の方が良いだろう。
そして下着の替え等が入った小さなリュックを背負い、この遺跡に来た時に置いたまま勉強机から動かした事の無い大きな本を抱き抱えて寝室から出た。
隣の研究室も確認の為に覗く。
小さな風車が何十個も付いている風力発電機はキチンと窓の内側に仕舞い込まれて有り、実験用具や薬品は封がしてある。
入院が長引いたらダメになる薬品は、勿体無いが捨てたので問題は無い。
「……ふ。二度も部屋を封印する事になるとはな……」
一度目は神学校を去る時。
本来なら寮の部屋を完璧に空にして次の寮生に譲らなければならないのだが、担任教師が復学を望んでいたので私物の廃棄を許さなかったのだ。
しかしもう完璧な退学になったので、残して来た私物は実家かこの遺跡に送られるだろう。
捨てられても良い物しか残してなかったからどっちでも良いが。
「いや、あの時とは違うか。私はここに帰って来る。帰って来るから、また使える様に気を使っているのだ」
戻って来られない可能性が有る為、自分に言い聞かせる様に決心を言葉にするセレバーナ。
そんな自室ドアをシッカリと閉めた。
鍵を掛けるかどうか考えたが、開けたままにした。
帰って来られなくなった場合、部屋の後片付けで迷惑を掛けるだろうから。
玄関に向かうと、いつも通りの格好のサコとシャーフーチが待っていた。
サコはイヤナから借りた大きなリュックサックを背負っている。
病人の護衛と言う立場なので、いつもよりしっかりと旅の道具を用意したらしい。
「おはようございます。シャーフーチ。行って参ります」
セレバーナがツインテールの頭を下げると、シャーフーチは小さな皮袋を懐から取り出した。
「これは旅費と入院費です。金貨五十枚と大金なので、無くさない様に」
「ありがとうございます。おっ、と。重いですね」
セレバーナは革袋を小さなリュックに仕舞う。
新品の肌着で包み、リュックの中心に来る様にする。
こうしておけば、底が抜けても蓋が開いても落とす事は無い。
「何らかのトラブルで入院費が足りなくなる場合も考えられますので、念の為に三個の宝石を渡しておきます。盗まれない様にバッグとは別の所に隠しなさい」
なめし革で出来たウエストポーチをセレバーナに持たせるシャーフーチ。
その中には封がされたみっつの小箱が入っていた。
「それ一個で、下の村の家なら三軒くらいは買える位の価値が有る筈です。それなら不足は無いでしょう」
「凄いですね。これを持って逃げたら働かなくても生きて行ける」
「そのつもりで渡しています。もしも指輪が自壊したら、もうここには入れません。つまり、私は貴女を助けられなくなります」
「弟子でなくなった後の心配もして頂いていると言う訳ですね。感謝します」
礼を言ったセレバーナは、制服の上着の前を開けてからウエストポーチを腰に巻いた。
とんでもなく高価な物らしいので、縛り具合や蓋の閉まり具合を何度も確かめる。
「どうせ魔王の城で拾った物です。気にしないで。それに、もしそうなっても貴女の目が見えなくなる訳じゃありません。鍛錬を怠らない様に」
潜在能力が籠っている金色の瞳を指差すシャーフーチ。
「はい」
「そして、お守りの紙片です。更にこれも」
セレバーナとサコに小さな紙片を渡したシャーフーチは、セレバーナにだけ追加で普通サイズの封筒を渡す。
「それは退院する時に開けてください。指輪が自壊した時は、中身を見ずに細かく千切るか燃やすかして処分してください」
「これは何ですか?」
「セレバーナが修行を再開出来る様になったら、すぐに課題を出した方が良いと思いましてね。魔力回復の為に。その内容が書かれています」
「分かりました」
封筒と紙片を上着の内ポケットに仕舞ったセレバーナは、制服の前を閉じた。
そうしてから、再びウエストポーチの具合を確かめる。
うん、落ちる気配は無い。
準備の完了を確信したセレバーナは、小さなリュックの背負い具合を確かめ、大切な本を胸に抱く。
「最後に、サコの旅費です」
「ありがとうございます」
シャーフーチから金貨三枚を渡されたサコは姿勢良く頭を下げる。
「これも余裕を持って渡していますが、十日程度で帰って来てください。トラブルが有れば延長しても良いですが、なるべく早く帰って来る事」
「はい。ですが……もし出来れば、セレバーナの退院まで付き添いたいのですが……」
親や師に逆らった事の無いサコは、申し訳なさそうに想いを述べた。
「王都ならアルバイトも沢山有るでしょうから、旅費が尽きても何とかなると思います。宜しいでしょうか?」
「ダメです。指輪の自壊はサコにも起こりえる事ですから。健康な貴女がそうなるのは、貴女の為にも他の弟子達の為にもなりません」
「……分かりました。十日を目処に帰ってきます」
厳しく言われ、渋々従うサコ。
「過去数回の外出から見ると、二、三週間は大丈夫でしょう。ですが、ギリギリに挑戦する意味は有りません。余裕を持って帰って来てください」
「はい」
「セレバーナ。サコ。はい、お弁当。朝と昼の二食分だよ。気を付けて行ってらっしゃい」
キッチンで支度をしていたからイヤナがリビングを横切って来て、二人に包みを持たせた。
焼き立てのパンの香りがする。
「ああ。行って来る。帰りはいつになるか分からないが、元気に帰って来られる様に努力する」
無表情のセレバーナに笑顔で頷くイヤナ。
「うん、待ってるよ。って言うか、セレバーナが居ないと、私達は魔法の修行がスムーズに出来ないから困るんだよ?だから早く帰って来てね」
「確かに。最初に魔法を使える様になるのは、いつもセレバーナ。私達はそのコツを聞いて出来る様になる」
イヤナの言葉にサコが頷くと、廊下の奥でドアが勢い良く開く音がした。
そして裸足で駆けて来る音と共にパジャマ姿のペルルドールが現れた。
綺麗な金髪が寝癖でグシャグシャだ。
「はぁ、はぁ。間に合いました。寝坊しちゃったかと思って焦りましたわ」
「思いっ切り寝起きだが、まぁ、間に合っているな。見送り感謝する。では、行って来る。病気でなければ、すぐに帰って来る」
「待って下さい」
玄関ドアを開けようとしたセレバーナの手を取るペルルドール。
その手の中に、何やら固い感触。
「これは王家に伝わる安全祈願のお守りです。効果の程は王家の歴史が証明しています。戦争や暗殺以外の事故で亡くなった王族は居ませんから」
白金で出来た蝶のブローチがセレバーナの手の中に有る。
様々な色の宝石で装飾されていて、シャーフーチから貰った宝石の何十倍もの値打ちが有りそうな物だ。
「そして、病気にも訊く筈です。お姉様も同類のお守りを所持しており、お医者様の見立てよりもはるかに良い状態を維持なさっておられますから」
「ほう」
「王族の秘密のひとつですので、決して人目に晒さない様に。そして、必ず返してください。必ずです。――必ず帰って来てくださいね」
「分かった。何が有っても必ず返す。だが、こんな大切な物、私が持っていても平気なんだろうか。国宝なんじゃないか?」
「大丈夫です。わたくしも結構適当に扱ってますから。お守りは、それがそこに有るだけで効果が出ると言いますし」
「ふむ。落とさない様に気を付けなければな。ポケットに穴が開いていると言うオチは……無いな。良し。では、行って来ます」
お守りを制服の内ポケットに入れたセレバーナは、サコと共に遺跡を後にした。




