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黒髪少女と金髪美少女が恵みに感謝する祈りを捧げた後、遅い昼食が始まった。
「セレバーナの診断書を読んだ限りでは、彼女には詳細な検査が必要な様です。遠く離れた王都の大病院で、偉い先生にお願いしての検査が」
シャーフーチがパンを千切りながらそう言うと、イヤナが泣きそうな顔になった。
それに苦笑を向けながら続ける灰色ローブの男。
「そこでみなさんに判断を仰ぎたいと思います」
「何ですの?」
ペルルドールが小首を傾げる。
「師匠には弟子を守る義務が有りますので、今回の様な結果が出た以上、私はセレバーナを病院に送り出さなければなりません」
話題の中心であるセレバーナは無表情でスープを食べている。
「ですが、もしも長期入院と言う事になった場合、魔法の修行が大幅に遅れる事になります。私は貴女達の肩を横一列に並べたいと思っていますので」
その理由は、ひとつの課題に全員で挑めるから。
入門時期が同じ弟子が複数居る場合、師匠が一人一人指導するよりも、同レベルの弟子達が仲間と共にひとつの課題に向き合って思考錯誤する方が良いらしい。
そっちの方がシャーフーチも楽だし。
「遅れるくらいなら、別に、ねぇ?」
イヤナは仲間達を見る。
頷いたのはペルルドール。
「今も十分にゆっくりですし、構いませんわ。無意味にヒマな日が何日も続くとイライラしますが、今回の様な理由が有るのなら仕方が無いと思います」
シャーフーチは少し考え、今なら喋っても良いかと判断して口を開く。
本来なら弟子の成長を阻害する様な意識付けはするべきではないが、ここで言わなければ、この子達は絶対に納得しないだろう。
「魔力を一気に上げると力の暴走を招くから絶対に急がない事、と師匠となる者向けの指導書に書いてあったんですよ。だからゆっくりなんです」
スープを啜って間を取ってから続けるシャーフーチ。
「ですから、もしも貴女達が望む通りのペースで課題を出していたら、セレバーナは死んでいたかも知れません」
少女達の顔に動揺が走る。
「私は、そして本人も病気の事を知らなかった。魔力の高まりによる負荷が身体に悪い影響を与えていたら、彼女が急死する可能性も有ったと思います」
セレバーナがスープから顔を上げる。
「そう言えば、もじゃひげ先生に訊くのを忘れていた。体力作りが原因で心臓に負担が掛かったから病気が悪化し、自覚症状が出たのか、と」
「何が原因だとしても、もじゃひげ先生がどうにも出来ないのなら、私達にもどうにも出来ません」
シャーフーチは肩を竦める。
その適当な言い方に不快感を持った少女達だったが、しかしセレバーナの身体の事を考えると師匠を責める事は出来ない。
間違った事を言っている訳ではないと思うから。
「じゃ、今後も魔力を高める様な修行をするつもりなら、絶対に入院した方が良いですよね」
思い詰めた顔で言うイヤナに頷くシャーフーチ。
「そこで、貴女達全員で判断しなければならない選択です。入院させずにこのまま修行を続けるか、弟子を辞める事になろうとも入院させるか、です」
「そのどちらか、ですか?何年も入院する事になったのでしたらさすがに厳しいですけれど、まだそうなると決まった訳ではないでしょうに」
シャーフーチは、眉を顰めているペルルドールを見詰めながら首を横に振る。
「この地を離れ、長い間魔法の修行を控えると魔力が衰えて行きます。筋力と同じだと思って貰って構いません。スポーツマンガから得た知識ですが」
「トレーニングを一日怠けると、取り返すのに二日掛ると言われていますね」
そう言うサコに頷くシャーフーチ。
「サコが言うなら正しい知識でしょう」
「どうしようもなく好い加減ですわね……」
冷ややかな目で見ているペルルドールを無視して話を進めるシャーフーチ。
「貴女達は何度かここから遠く離れた事が有りましたが、その間、貴女達は休まず魔法を使っていた。ですが、入院となるとそう言う訳にも行きません」
「なら、病院で修行をすれば宜しいのではなくて?わたくし達は病院の近くで魔法を使いながらアルバイトでもすれば」
「残念だが、入院するのは王都で一番の病院だ。そんな所にペルルドールが現れたら騒ぎになる」
冷静なツッコミをするセレバーナに続いて言うシャーフーチ。
「病院は治癒魔法やら何やらが使われているので、他に悪影響を与えない様に、部屋毎に魔法除けが施されている筈です。そこで魔法の修行は出来ません」
同室になった他の人達の迷惑にもなりますしね、とシャーフーチが肩を竦めると、サコが右手を上げた。
「あ、治癒魔法。私の潜在能力はダメなんですか?」
サコの潜在能力は癒しの声。
それで自身の骨折をほんの少しだけ治した事も有る。
「魔法で治療するにはセレバーナの心臓の状態を完璧に把握する必要があります。治療が必要な個所を魔力で健康な状態に変化させる。それが治癒魔法です」
「まずは人体の仕組みを知る必要が有る、と言う訳ですか。今の私には無理ですね……」
医学知識が無いサコには心臓をリアルにイメージする事は出来ない。
落書きみたいなハート型しか思い付かない。
「サコの魔力はまだまだ弱い。無駄ではないでしょうが、現時点では気休めにもならないでしょう」
「そうですか……」
ションボリする茶髪少女。
サコの実家は格闘道場で、そこの娘として産まれた彼女も格闘家として育てられた。
自分の身体の状態を常に意識するのも格闘家としての基本だから、自然と正常な状態のイメージが身に付いていた。
骨折が治ったのはそのせいだろう。
しかし臓器の状態まではイメージしていないので、ここでは全くの役立たずと言っても言い過ぎではない。
「治癒魔法も万能ではありません。ですから医学が発達している。――さぁ、相談してください。私に質問が有れば、挙手をしてからどうぞ」
師匠に促され、お互いを見合う少女達。
セレバーナだけは淡々と食事を進めている。
「私は入院した方が良いと思う。今は命を掛ける時じゃない。必要でない時に無理をして身体を壊すのは愚かだと思う」
まずはサコが言った。
それに頷くイヤナ。
「そうだね。セレバーナの身体の状態がどうなってるのか分からないんじゃ、私達も不安だし」
「わたくし達は、今まで何度もセレバーナに助けられました。その恩を返す前に居なくなるのは許しません」
ペルルドールは、王女らしく凛々しい表情でセレバーナを見る。
「セレバーナご本人は、どうお考えですか?」
昼食を終えたセレバーナは、ハンカチで口元を拭う。
仲間達に見詰められているので、視線を円卓の木目に落とす。
神学校の首席だったので注目の的になるのは慣れているが、本音を吐露する事には慣れていないので、少々どもり気味になる。
「正直に言おう。私は入院が怖い。心臓の治療?それは一体どんな事をするんだ?誰か知っているか?」
仲間達は首を横に振る。
師匠を見ると、彼も首を横に振った。
「未知の物に対する恐怖。それに抗うのは難しい。投薬治療で治るなら良いが、最悪の場合はメスが入る。刃物で胸を切られるのだ。それでも病院に行けと?」
仲間達は首を縦に振る。
師匠は目を伏せた。
それの答えは最初に言っている。
「セレバーナの仰る最悪の場合とは、手術の事ですよね。それは恐ろしいでしょうが、それは貴女を生かす技術です。死よりは怖くありません」
金髪美少女が胸を張って断言した。
しかし黒髪少女はそれを否定する。
「いいや、手術は怖い。死も怖い。両方ともとても怖い。だから、出来るなら現実から目を逸らしたかった」
自分の左胸に手を置くセレバーナ。
感じる鼓動に不自然さは無い。
「だが、そんなのは私らしくないな。知る事を放棄するのは、私らしくない愚行だ。どこも悪くない可能性も有る訳だしな」
ニヤリと笑ったツインテール少女は、金色の瞳をペルルドールに向けた。
駄々を捏ねて王都行きを嫌がれば仲間達もそれ以上強制しないだろうが、不安を保留したまま修行を続ける意味は余り無い。
苦労の末に一人前の魔法使いになった後、心臓を気にしながら魔法を使うのは面倒だ。
それならば、神学校の援助が受けられる今の内に診察した方が絶対良い。
怖いが、その方が得だ。
「君達に売った恩を返して貰う前に死ぬのも勿体無い。特にペルルドール。王女である君に何を返して貰えるかを楽しみにしながら病院に行く事にしよう」




