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サコが待合室に戻って来たのを見たセレバーナが立ち上がった。
「さて、行って来る」
イヤナも立ち上がろうとしたので、ツインテール少女は手を翳してそれを制す。
「立ち合いはいらない」
「でも」
「診断結果を書類で貰うから、後でいくらでも見れる。私は子供ではないから、そこまで心配する必要は無い」
「……うん」
イヤナは渋々ソファーに座り直す。
心配して注目している仲間達に背を向けたセレバーナは一人で診察室に入り、医師に勧められた丸椅子に座る。
「先生。まずはこの手紙を御覧になってください。先日、ここに伺った後に届いた物です」
「うん?」
神学校の紋章入りの封筒を懐から出したセレバーナは、その中から一枚の手紙を取り出す。
それを渡されたもじゃひげ先生が自分の髭を撫でる。
「読ませて貰うよ。――アット・キーサンソン先生か。こりゃまた高名な人が出て来たなぁ。雲の上の人だぞ」
「王都の病院には行けません。入院費が有りませんから。貧しい地方の村では良く有る話だと思います。それを踏まえた上でお話しください」
セレバーナは冷静な声で言う。
「キーサンソン先生以上の雲上人である王女様が仲間に居るなら、金銭的な悩みは無いんじゃないか?」
「貧乏暮らしが魔法の修行になるらしく、彼女もお金を持っていません。それに、彼女とはそう言う関係ではありません。同じ立場の未熟な弟子です」
実際には結構な額のこづかいを持っている様だが、それを当てにする気は無い。
積極的に病院へ行きたい訳でもないし。
「そうか。じゃ、どうにもならないなぁ」
「はい。どうにもなりません。もっとも、私の病気は命に関わる物だと診断書に書いてくだされば、師匠が何らかの対策を取ってくださるでしょうが」
師匠も容易に大金を用意出来るみたいだが、それに頼るつもりも無いので秘密にしておく。
もじゃひげ先生は、再び髭を撫でてから手紙を黒髪少女に返す。
「正直に言えば、君の不調が命に関わるか関わらないかは、俺には分からない。村の医者は、広く浅くだからね」
「村人が掛る病気の全てを一人で診ていらっしゃるので、知識を深くするにも限界が有ると仰りたい訳ですね」
セレバーナは手紙を封筒に戻し、それを内ポケットに仕舞いながら頷く。
「で、だ。それを承知して貰った上で、君の事を俺なりに調べた結果を伝えたいと思う。普通なら患者に伝えないレベルのあやふやな情報だけど、聞くかい?」
「はい。聞かせてください」
「その前に、ひとつ質問。生理は正常に来ているかな?」
奇妙な質問に片眉を上げたセレバーナは、無意味な質問ではないのだろうと思って正直に答える。
「いえ。初潮もまだです」
「やはりな。君は十四だからまだでも不自然ではないが、やはり遅いか」
「それが何か?」
「君の様な低身長の娘に良くある事らしい。第二次性徴が遅い、もしくは来ないのが病気なら、君はそう言う病気の可能性が有る」
「私の背が低いのは、病気なんですか?だから身体つきが女らしくならない?」
「そう言う事らしい。それの合併症には心臓疾患が良く見られる、らしい」
「合併症……」
無表情で言葉を繰り返すセレバーナ。
「俺が調べた本や資料では、その原因は分からなかった。治療法も、だ。しかし、医療の最先端の現場では分かっているかも知れない」
もじゃひげ先生はつぶらな瞳でセレバーナを見る。
意外に可愛い目をしている。
「だから、もし可能なら、その王都の病院に行った方が良い。雲上人に見て貰えるなら尚更だ。一番の最先端だろうからね」
「そんなに凄い方なんですか?」
「周りに凄い方しか居ない君の感覚ではピンと来ないだろうが、普通は会う事すら、いや、お目に掛かる事すら出来ない人だよ」
「なるほど。医学界の頂点に居らっしゃるお方、と言う訳ですか」
「現場に出ているから頂点ではないだろうが、それに近い立場だろうね。――診断書にはそう書かせて貰うよ。これ以上の判断は君の師匠にして貰おう」
「……分かりました。ありがとうございました」
診察室から出たセレバーナは、廊下で一呼吸する。
この子供みたいに低い背と凹凸の無い体型は病気だったのか。
いや、まだそうと決まった訳ではない。
その可能性が極めて高い、ともじゃひげ先生が判断しただけだ。
小さくないショックを受けながら待合室に戻るツインテール少女。
言われてみれば納得出来なくもない。
セレバーナを見て手を振っている仲間達とは同年代なのに、自分だけが不自然に幼いから。
神学校では飛び級をしていたから、周囲より幼いのが当然だったんだがな。
「どうだった?」
イヤナが訊いて来たので、無表情で正直に応えるセレバーナ。
「こんな田舎の村では病名も分からないから、王都の病院に行けと言われた」
息を飲む仲間達。
「って事は、やっぱり病気だったって事?」
イヤナが恐る恐る訊くと、セレバーナは頷いた。
「ここでは病気かそうではないかを調べられないから、専門家が居る医学の最先端に行けと言う事だ。この後どうするかはシャーフーチの判断に任せよう」
他人事の様に言ってからソファーに座ったセレバーナは、終始無言で診断書が上がって来るのを待った。




