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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
148/333

7

遺跡で暮らす面々は黒髪少女の健康状態を心から心配しているが、洗濯におあつらえ向きな好天の日々が続く内にすっかり過去の話になった。

セレバーナとペルルドールとサコは、今日も朝から畑に出て水やりや虫取りをしていた。

農作業をしていると言うより、日向ぼっこと無駄話がメインだ。

下の村のロウソク屋で子供が生まれたとか、大工の人がハシゴから落ちて骨折したとか。


「まぁ。春キャベツが丸くなって来ているのが見えますわ。かわいい!」


モンペ姿のペルルドールが緑の葉を広げている野菜の前でしゃがむ。


「本当だ。不思議な物だな、ただの草が自分で勝手に野菜の形になって行くと言うのは。自然は常に驚きを提供してくれる」


同じくモンペ姿のセレバーナも春キャベツの前で腕を組む。


「他の野菜も順調に育って来ているよ。近い内に食べられそうだ」


いつもと変わらない格好のサコが笑顔で水入りバケツを運ぶ。


「はー。自分で何かを作って、しかもそれを食べるなんて初めての体験ですから、とても楽しみですわ!」


ペルルドールはウキウキの笑顔でキャベツの葉を撫で、必要無いのに土汚れを拭い取った。

愛おしいので綺麗にしてあげたい。


「ふ。私も植物や生き物の勉強はほとんどしていなかったからな。実に素晴らしい体験だ」


蝶つがいが軋む音がしたので、三人の少女はお喋りを止めて木の門の方に顔を向けた。

下の村の農家の手伝いから帰って来たイヤナが、暗い表情でこちらを見ていた。


「どうした?イヤナ。その『海に行ったら水着を忘れていた』みたいな顔は。いや。分かっている」


セレバーナは早口で言う。


「もじゃひげ先生からの呼び出しか?」


頷くイヤナ。


「どう言う事ですの?」


ツインテールの少女は、訊いたペルルドールの顔を見ずに畑から出た。


「さぁな。行ってみないと分からん。準備して行って来る」


早足で遺跡の中に戻ったセレバーナは、寝室で農作業着から神学校の制服に着替えた。

そして財布と神学校の紋章入りの封筒を懐に入れて玄関から出た。

表では、仲間達が深刻な顔でセレバーナが出て来るのを待っていた。


「心配するな。まだどう言う呼び出しかは分かっていない」


「だけど、医者に呼ばれた子を心配するなはさすがに無いよ」


妙に可愛い声のサコに言われ、口の端を上げるセレバーナ。


「確かにそうだな。だが、行ってみなければ分からない事を考えても無意味だ。――おっと、シャーフーチに一言言って置かなければ」


セレバーナは遺跡の中へと引き返し、階段の上に向かって大声を出す。


「シャーフーチ!これからもじゃひげ先生の所に行って参ります!」


少し待つと、二階から灰色のローブを着た男が降りて来た。


「具合でも悪いんですか?」


「いえ、呼び出しです」


「そうですか。万が一の予想が当たった事になってしまいましたね」


「はい」


徹底的に無表情な黒髪少女の後ろに視線を向けるシャーフーチ。

セレバーナは、それに釣られて振り向く。

外に居たはずの三人の少女達がすぐ近くまで来ていた。


「今回も私が付き添うね。良いですよね?お師匠様」


イヤナがにっこりと笑む。

しかしセレバーナは難色を示す。


「大丈夫だ。一人で行く」


「私も行くよ。役場に手紙が届いているかの確認を忘れてたし。他にやる事も無いし。ついでついで」


「シャーフーチがもっと真面目に魔法を教えてくださればヒマにはならないんですけど?」


ペルルドールがジト目で師匠を見る。

それを受け流し、ポンと手を打つシャーフーチ。


「そうだ。どうせなら全員で行くと言うのはどうでしょう。健康診断をして来てください。神学校では毎年やっていたんでしょう?真似しましょう」


「おー。さすがお師匠様。みんなで行きましょう!」


イヤナが屈託の無い笑顔になって賛成する。

他の二人からも反対意見は出て来ない。


「仕方が無いな。――イヤナは医者に掛った事は有るか?」


肩を竦めて諦めたセレバーナが仲間達に身体を向けて訊く。


「無いよ。寝て治る程度の風邪くらいしか引いた事が無いしね」


「なら、健康診断は良いアイデアかも知れない。イヤナにも隠れた病気が有るかも知れないからな」


「あ、では、わたくしも着替えて参りますわ」


小走りで自分の衣裳部屋に行くモンペ姿のペルルドール。


「ペルルドールが健康診断を受けていない訳は無いし、サコは自分の身体を知る事も修行の内だろうから、……どうなんだろうな」


「私がお金を出すので、細かい事は気にせずに取り敢えず行ってみてください。――はい、これ。結果はキチンと私に教えてくださいね」


シャーフーチは、セレバーナに四枚の金貨を渡す。


「お金持ちですね」


サコが人数分の最高額硬貨に驚く。

何ヶ月も貧乏暮らしをしているので、それがどこから出て来るのかが気になる。


「魔王の城に行くと、金貨や宝石がそこらじゅうに落ちているんですよ。それを拾っているだけです。魔法修行に使う教材はタダではありませんからね」


何でも無い事の様に言うシャーフーチ。

セレバーナは手の中の金貨をじっくりと観察する。

間違い無くエルヴィナーサ国の通貨だ。

しかも新品。


「もしや、汚れたお金なのでは?魔物が持っていた物ですよね?」


「そうだったとしても、五百年も前の事ですから時効ですよ」


「これは現代の硬貨なのですが。魔物が城の外に出て略奪した物なのではありませんか?」


金色の瞳で師匠を見上げるセレバーナ。


「相変わらずセレバーナは鋭いですねぇ。それは宝石を換金した物です。魔王の城に巣食っている魔物が知らない内に外に出る事はありません」


「絶対に?」


「私が封印されている間は。どこかの誰かが封印を乱せば例外も有りますが、そうなったら下の村が大騒ぎになるのですぐに分かるでしょう」


「お待たせしました。参りましょう」


深い群青色のワンピースに着替えたペルルドールが戻って来たので、セレバーナは金貨を内ポケットに仕舞った。


「では気にしない事にします。出所が不明なお金は薄気味悪いですが、そこに拘っていたら日が暮れてしまう」


「じゃ、行こう!」


イヤナが元気良く音頭を取ったので、少女達は師匠に一礼してから遺跡を後にした。

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