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セレバーナの自室はふたつ有る。
寝室と、その隣の研究や実験をする部屋。
黒髪の少女は、研究室の方に入って上着を脱いだ。
上着を背凭れに掛け、椅子に座る。
そして足を組んで落ち着いてから手に持っている封筒を金色の瞳で見た。
一通目は、通販で実験器具を購入した入金確認のお知らせ。
二通目は、マイチドゥーサ神学校の校章入り。
今更、どうして学校から?
三通目は、なんとか財団からのお誘いか。
まだ就職するつもりは無いから、これはどうでも良い。
中身を確認した通販の封筒と財団の封筒はそのまま部屋の一角に有る紙ゴミの山に放り投げる。
これは、機会が有ったら一気に燃やす為に溜めてある。
機械の数が少ない田舎では燃料を買うにも金と手間が掛るから。
「さて、と」
テーブルの上に散らばっている適当な金属片を使い、学校からの封筒を丁寧に開ける。
中の手紙を読んだセレバーナは、少しだけ金色の瞳を見開いた。
それは前略で始まった担任教師からの手紙で、セレバーナの退学が正式に決定された知らせだった。
三ヵ月以上欠席した事で出席日数が決定的に足りなくなった為、仕方なくそうなってしまったそうだ。
飛び級して最高学位に近い立場に居たから単位は問題無いので、今年度中に神学校に戻れば卒業扱いに変更出来るとの事。
卒業資格が有れば神学校に残って教授を目指したり研究やらが出来たりするので、その気が有るのなら考えて欲しいらしい。
「そうか……」
手紙から視線を上げるセレバーナ。
自分で退学願いを出してここに来たので、今更正式決定と言われても『はいそうですか』としか言えない。
戻る気も無いので、どうでも良い。
なのに、胸に穴が開いた様な虚無感が襲って来た。
何なんだろうか、この気持ちは。
まさか、神学校に席が無くなった事を残念だと思っているのか?
未練を感じている?
そんな筈は無い。
後悔する位なら、始めからやらない。
私はそう言う人間だ。
まぁ、突然訪れた情報に戸惑っているだけだろう。
手紙はもう一枚有った。
こちらは眉を顰める内容だった。
神学校で行われていた健康診断だが、実はセレバーナの心臓に持病が有る事を神学校は把握していた。
しかし、精密検査をして長期の入院が必要になったら本人にも神学校にも不利益になるので、問題無しとして隠していたらしい。
本人からの自覚症状の訴えが無く、再検査が必要な程の病気ではなさそうだとの保険医の判断も有った為、神学校の偉い先生方の判断でそうなった。
今回の正式退学により隠している意味が無くなったので、担任教師の個人的な判断で手紙に認めたそうだ。
「表沙汰になったら大問題になる事柄な気もするが、神学校に居た頃の私なら入院なんか断固拒否していただろうな」
勉強しかしていなかったあの頃の私が今の私を見たらどう思うのだろうか。
アルバイトが忙しい時期は丸一日土弄りをして疲れ、夕食後にすぐ眠る。
一冊の本も読まずに一日を終える事に疑問を抱いていない。
そんな私は異次元の別人に見えるだろう。
「まぁ、今も医者を拒否しているがな。金が無いと言う、違う理由で」
続きを読む。
もしも健康に不安を感じる様なら、下記の病院のアット・キーサンソン医師を訪ねなさい、か。
王都に有る最高の病院じゃないか。
こんな所に行ったら半年分の食費が吹っ飛ぶ。
病気の事を隠していた責任を取る形で神学校が金銭的な協力をしてくれるそうだが、それを当てには出来ない。
半分くらい負担して貰えたとしても、二ヶ月の食費が消える。
紙の山に投げ捨てようとしたが、思い留まってテーブルの上に置いた。
「もしもこの心臓が本当に悪かったら、どうなるのかな……」
左胸に手を置くセレバーナ。
ある日ある時、突然止まるのかな。
う……バタン。
セレバーナ・ブルーライトの人生、完!
みたいな。
そんな考えを無視し、胸の奥でトクントクンと動いている心臓。
リズムは一定だし、力強い。
問題など、何も無い。
有るとすれば、女らしい膨らみが一切無い事くらいか。
それもそれで大問題な事柄な気がするが……。




