1
「サコー。サコー。ちょっと手伝って貰いたいんだが、良いかー?」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしている背の低い少女が、石造りの廊下を歩きながら声を張り上げた。
「サコ?居ないのか?」
廊下に並んでいる五つのドアの三番目、つまり真ん中のドアをノックする。
返事が無い。
気配も無い。
自室にも居ない様だ。
一番に見に行った庭の畑には、この国の第二王女であらせられるペルルドールしか居なかった。
中腰になったり背伸びをしたりして、未熟なナスやサヤインゲンの様子をひたすら眺めていた。
ヒマなんだろう。
「ううむ……下の村に何かの用事が有って出掛けたのか?それとも、丘のどこかでトレーニングでもしているのか?」
「サコなら下の村に行ったよ」
赤髪を三つ編みにしている少女が黒髪少女に近付いて来た。
「やはりそうか」
「それより、水場にゴチャゴチャとした荷物を置いてるのセレバーナでしょ?すっごく邪魔なんだけど」
黄色のカチューシャで赤い髪を留めている少女は、腰に手を当てて怒る。
本当に怒っている訳ではない。
笑顔で言う事ではないから、そう言うポーズを取っているだけだ。
しかしセレバーナは素直に謝る。
「すまない、イヤナ。思ったより手間取ってしまってな。ほら、この背だから、椅子を足場にしても届かなかったんだ」
二人並ぶ少女達。
セレバーナの頭のてっぺんはイヤナの顎の辺りに有る。
イヤナは腰に当てていた手を下す。
「背の高いサコに何をやって貰うの?」
「高い所での作業をしたいから、肩車を頼もうと思ったんだ」
そっかぁ、と呟いたイヤナは、力強く頷いてから自分の胸を拳で叩いた。
「じゃ、私が肩車するよ。サコは昼くらいにならないと帰って来ないと思うし」
セレバーナは腕を組み、渋い顔をする。
「どうかな。荷物を持って何度か立ったり座ったりするから、身体を鍛えているサコじゃないときついと思うが」
「大丈夫大丈夫。サコには負けるけど、私だって力持ちだよ。水場が使い難い方がよっぽどきつい」
「そうか。では、頼むか」
「うん」
二人で階段を降り、地下の水場に行く。
トイレ前に置いてある大きな籠の中から二本の針金が生えている透明なジャムのビンを取り出すセレバーナ。
「これをあそこに取り付けたいんだ」
セレバーナがトイレのドアの真上を指差したので、イヤナはそちらを見上げる。
石で出来た天井のあちこちに派手なヒビが有り、そこから光が漏れて来ている。
だから地下なのにそれなりに明るく、通気口の代わりにもなっている。
雨が降ると音を立てて雨漏りするが、壁の決まった場所を流れてトイレの中へと消えて行く。
この遺跡が作られた時に、そうなる様に計算されて開けられたヒビの様だ。
「で、それは何?」
セレバーナが持っている物を指差すイヤナ。
「手作りの電球だ。井戸のポンプのメンテナンスついでに水力発電でも試してみようと思ってな」
そう言って井戸の方を顎で示すセレバーナ。
石の床に鉄の棒と小さな水車が無数に転がっている。
それが邪魔で井戸が使い辛くなっている。
「ほー。セレバーナは電球を作れるんだ」
「自分の部屋で実験を重ねたから、これは一ヵ月くらいは持つと思う。明るさがどれくらいになるかはやってみないと分からないが」
「あー、だからセレバーナはロウソクをあんまり使わないんだ」
育ちがブルジョアのペルルドールは、逆にロウソクを使い過ぎる。
先日など、まだ太陽が沈み切っていない夕方から明かりを点けていたから勿体無いと叱った。
その時もイヤナは本気で怒った訳ではないが、ペルルドールも素直に謝った。
ただし、彼女は意外と姑息な抜け駆けをするクセが有るので、こっそりとロウソクを買い込んで無駄遣いしているかも知れない。
自分のこづかいでやっているのなら別に構わないし、バレたら挙動不審に慌て、取り繕う様に買い込んだ物を全員に配るので、今は詮索しないであげている。
「ちなみに私の部屋のは風力発電だ。では、肩車を頼む」
「あいよ」
その場で屈んだ赤髪少女は、トンカチと釘を持った背の低い黒髪少女を肩車した。
セレバーナが着ている神学校の制服のスカートが捲れ、ハイソックスを履いたフトモモが露わになる。
そんな事は気にせず、目の前に有るトイレの柱を金の瞳で観察する黒髪少女。
木製の柱は石の床と石の天井に突き刺さっているので、力強くトンカチを叩き付けても微動だにしないだろう。
「では、ドアの開け閉めの邪魔にならない位置に釘を打つぞ。結構背筋を伸ばすから、気合を入れて踏ん張れ、イヤナ」
「うん」
セレバーナは、柱に太い釘を半分ほど打ち込む。
縦に並べて二本の釘を打ち込んだセレバーナは、一旦下す様に頼む。
次にビンで出来た電球と針金の束を持って、再び肩車。
打ち込んだ釘に針金で電球を縛り付ける。
力いっぱい針金を巻き付けているので、その反動で下のイヤナがふらつく。
「大丈夫か?イヤナ。少し怖いんだが」
「んっ、だ、だいじょう、ぶっ」
「あんまり大丈夫じゃないな。今は仮留めにしておくか。固定はサコが戻った時にやろう」
石の床に降りるセレバーナ。
重い物を下したイヤナは、肩をほぐす様に腕を回す。
「これが最後だ」
「はいはい」
赤と青のゴムで包まれた二本の銅線を持ったセレバーナをみたび肩車するイヤナ。
電球の蓋から生えている二本の針金に、それぞれ銅線を結び付ける。
漏電で火事にならない様に、結び目部分が空中に有る様にする。
こうしてトイレの天井付近に手作り電球が取り付けられた。
「これで良し。ありがとう、イヤナ」
床に降りたセレバーナは、薄く笑んで礼を言った。
普段は無表情な天才少女だが、意外にその表情は豊かだ。
必要の無い感情表現はしないって感じ。
「どういたしまして。で、これはどれくらいで片付くの?」
イヤナは井戸前に転がる鉄の棒を見る。
チクワみたいに中が空洞なタイプで、鉄製だがそれほど重くない。
だからセレバーナでも大量に運べるので、邪魔になるほど運び入れたのだと思う。
雨風に晒された跡だと思われる錆びが目立つので、下の村で解体されたビニールハウスの骨の残骸だろう。
普通ならゴミとして捨てられる物なので、タダで仕入れたに違いない。
「うーん。ポンプを取り付けた時は一時間ちょっと掛ったから、それ以上は掛るな。分解し、メンテし、再び取り付け、だからな」
セレバーナは腕を組んで考える。
正確な作業時間はやってみないと分からない。
「そっか。じゃ、今の内に水を汲んでも良い?」
「メンテをしようと思ったのは、水に錆が入っていたからだ。だから、料理用なら後でが理想なんだが」
「ポンプが錆びてるの?」
「多分な。下の村の農具が地下水に乗って流れ着いている可能性が有るので開けてみなければ分からないが。ポンプが原因なら念入りに錆止めを塗る」
セレバーナは石の床を爪先でつついた。
ここの地下には細い川が有る。
そこから水を組んで生活用水としているのだが、その水が汚れているかも知れないと言うかなり良くない状況なのだ。
農具が原因だった場合、仕入れた鉄の棒でヤットコを作って取り除くつもりだ。
余った棒は畑に持って行き、蔓の野菜や背の高い野菜を育てるのに使う。
「確かに最近の水は違和感が有ったなぁ。錆びだったんだ」
困り顔になったイヤナは、開き直って笑顔になる。
「でも、注意しなきゃ分かんないくらい微妙だし、少しなら大丈夫じゃない?」
「そうだな。少しくらいなら健康に影響する事は無いだろう。昨日まで普通に飲んでいたが、気分が悪くなったりしていないしな」
「じゃ、お昼はスープ無しで食べられるタイプのパンにしようか。水差し一杯のお水を貰うね」
一旦キッチンに行って水差しを取って来たイヤナは、それに水を汲んで階段を上がって行った。
地下に残ったセレバーナは、井戸の解体に取り掛かった。




