34
太陽が傾いて来た頃に、スーツ姿のユーリと真っ赤な全身鎧を身に着けているプロンヤが応接間のドアを開けた。
感謝の祭が始まる時間になったので迎えに来たのだ。
「セレバーナ。起きて」
「うむぅ。良く寝た」
イヤナに揺すられたセレバーナは、すぐに目を覚まして伸びをした。
そしてこれから何が始まるかを聞かされる。
「感謝の祭?すぐに?」
「うん。その後ここで一泊して、日が登ったら帰るって」
「分かった。このケーキは?」
「あ、それセレバーナの分のおやつ。でも食べてる時間は無いから、帰って来てから食べて」
「そうか。では行くか」
族長の家を出ると、第二王女護衛団とヴァスッタの街の兵隊達が整列して待っていた。
四人の少女は、二十人ほどの大人に囲まれ、守られながら徒歩で広場に向かう。
先頭を歩くのはプロンヤ。
護衛が仕事なので、視界の邪魔にならない様に兜は被っていない。
「はぁー。セイカが大袈裟なのかと思ったら、みんな跪くんだね。凄いなぁ」
道中、王女の行進を見学に来た街の人達が地面に伏している様子を目の当たりにして驚くイヤナ。
「馴れ馴れしい私達の方が異常なんだがな」
セレバーナは寝起きでぼやけている目を擦っている。
「そうするのがシャーフーチの方針でしたし、わたくしもそれで良かったと思います」
そうでなければ貴女達を仲間だと思わず、今でも王女の仮面を被ったままだっただろうし。
ゆっくりと進んでいた王女の行列は、ようやくライトアップされた広場に着いた。
そこには大勢の人が集まっていた。
宿屋の窓や民家の屋根の上にも人が居る。
「ペルルドール様だ!」
「王女様の御成りよ!」
金髪美少女の登場を確認した民衆から歓声が沸き起こる。
厳しい目で群衆を見渡す護衛団の影でにこやかに手を振るペルルドール。
「そうしていると本物の王族の様だな」
「本物の王族です」
セレバーナの軽口に外面の良い笑顔のまま応えるペルルドール。
意味不明な冗談が出て来たので、黒髪少女は本調子に戻った様だ。
夕日が沈みかけている中、王女一行はレストランに入る。
王女の近くに居なければならないプロンヤ以外の大人は入り口の外で待機し、十代の少女達は沢山の果物が用意されているテーブルを囲んで座った。
それぞれの立ち位置で落ち着くと、歓声が更に大きくなった。
三十人程の女性が広場の中心で二重の輪を作って跪いたからだ。
「な、何ですの、あの格好は」
ペルルドールが驚くと、イヤナがアハハと笑った。
「うわぁ、本当にあの格好してるぅ~。すっごぉーい」
下は十歳くらい、上は二十代半ばの女性達は、紐の様な水着を着ていた。
殆ど裸だが、大事な部分はちゃんと隠れている。
シースルーな布で腰と肩と頭を覆っていて、それの色や形で個性を出している様だ。
「ペルルドール様。我がヴァスッタの街にお越し頂き、誠にありがとうございます」
セクシーで質素なドレスを着た中年女性がレストランの前で跪き、ご機嫌伺いの挨拶を始めた。
それから自分は踊り手達の指導係だと名乗り、街を救ってくれた事への感謝の辞へと続く。
その挨拶があまりにも長いので、街の人達からブーイングが起こり出した。
族長が「失礼だぞ」と怒っても彼等を抑え切れない。
「みなさまお待ちかねのご様子。挨拶はそれくらいにして、お祭を始めてください」
ペルルドールが良く通る声で言うと、観客から拍手が沸き起こった。
指導係の女性は、仕方なく頭を垂れながら下がって行った。
直後、広場を照らしていたライトが消された。
静まり返る、真っ暗な広場。
「祭の始まりです」
レストランの中に入って来た族長が小声で囁く。
どこからともなく笛の音が聞こえて来た。
それが呼び水になって、あちこちで様々な楽器が鳴り出した。
楽譜の無い雑多な音楽だが、陽気さが心地良い。
それに耳を傾けていると、広場の真ん中が柔らかい光に包まれた。
音楽に合わせて踊っている女性達の身体が光っているのだ。
「これが精霊魔法……」
ペルルドールは吐息の様に呟く。
音楽が更に激しくなり、それに呼応して踊りを激しくした女性達の光も強くなる。
踊り手達の身体に巻いているシースルーの布の色が光の色になるらしく、広場は無数の色で照らされている。
まるで万華鏡を覗いているかの如く幻想的な光景だ。
気持ちが高まったのか、観客の中でも踊り出す人達が現れた。
一部の人は、踊り手ほどではないが光を発している。
「本来ならこのまま街中を練り歩くんですよ」
レストランの看板娘が冷たい飲み物を持って来た。
「それは素晴らしいですね。本当のお祭も、ぜひ見てみたい物です」
飲み物を受け取ったペルルドールが王族スマイルで応える。
「お待ちしております」
ニカッと笑った看板娘は、他の少女にも飲み物を配る。
「あんた達が王女様のお仲間だったとはね。驚いたよ」
「まぁ」
「なってしまったって言うか」
イヤナとサコが肩を竦める。
セレバーナも飲み物を受け取ったが、ふと何かに気付いてその匂いを嗅いだ。
「フルーティな香りですが、何と言う飲み物ですか?」
「ガガーシェルクって言う、祭用のお酒さ。子供向けだから殆どジュースだけどね」
「ふむ。ありがとう」
グラスをテーブルに置くセレバーナ。
名前はうろ覚えだったが、やはりアルコールか。
酒は苦手だ。
代わりに洋ナシを食べて喉を潤す。
「セレバーナは、今回の黒幕は誰だと思います?」
看板娘が奥に戻ったのを確認したペルルドールは、踊りを見ながら囁く。
「ペルルドールは真実を求めているんだったな」
「はい」
料理や飲み物が観客にも振る舞われており、祭りは王女と関係無く盛り上がって行く。
「真実とは、真四角なピースを使ったジグソーパズルの様な物だ」
「……?」
「同じピースを使っているはずなのに、組み立てる者によって、その絵を変える」
もう一個洋ナシを食べるセレバーナ。
「この祭だってそうだ。居る場所は同じ、見ている物も同じ。だが、踊り手、観客、私達。一人一人、祭に対する心構えと言うか、意味が違う」
「意味、ですか……」
踊り手は、自慢の衣装と踊りを披露する。
観客は、踊りを見て熱狂する。
少女達は、それを感謝の意として受け取っている。
「更に、ペルルドール個人には、この祭は別の意味を持つ。英雄の曾孫としてのな」
「プリィロリカ……」
「今回の事件も同じだ。関わった人間全てが別の絵を見ている。ペルルドールが真実を求めるなら、自分で自分のパズルを組み立てるしかない」
「組み上がったパズルが真実ではなかったら?」
「それが真実ではないと言う真実が分かる。自分の間違いが自分で分からなかったら、周りから狂人の評価を受けるだろう。だから正否の判断自体は難しくない」
ペルルドールは、ぼんやりとした目になって溜息を吐いた。
その息が妙に熱い。
「……なるほど。ですが、今回の事件のパズルは、やっぱりわたくしの想像通りだと思います。だったら……」
今まで真実を覆っていたのは、お姉様。
もしそうなら、お姉様と同じ立場の自分にしかそのピースを見付けられない。
「ピースの中心は、暗闇の向こうですわ……」
空になったグラスをテーブルに置いたペルルドールは、いきなり立ち上がった。
そして見よう見まねで踊り出す。
「ヴァスッタ族の血がわたくしにも流れているのなら、その暗闇を照らせるのかしら?」
「ぺ、ペルルドール様?どうされました?」
驚くプロンヤ。
直後、レストラン内が眩く光り出した。
光源である王女の顔は異常なほど赤くなっている。
「わたくしも使えましたわぁ~。精霊魔法がぁ~」
ペルルドールは、壊れたかの様にけたたましく笑っている。
「ふむ。たった一杯で泥酔か。可愛い物だ」
テーブルに置いている自分のグラスを見るセレバーナ。
飲まなくて良かった。
「ペルルドール、すごーい!」
イヤナが拍手したせいで、観客達もプリィロリカの子孫である王女が踊っている事に気付いた。
盛り上がりは最高潮だ。
「そうだ」
セレバーナがお守りの紙片を千切ると、灰色のローブを着た男がレストランの中にひっそりと現れた。
「どうしました?」
「シャーフーチ。アレを御覧になってください。ペルルドールが酔っぱらってしまい、暴走しているのです」
セレバーナは、遺伝子に操られるまま踊るペルルドールを指差す。
イヤナとサコは金色に光っている王女の周りから避難している。
近付くと踊りの流れのままに殴られたり蹴られたりしそうだから。
幸い、セレバーナの椅子とは逆方向に向かってゆっくりと進んでいる。
「困った困った。――今回の呼び出しの報酬は、精霊魔法の秘密と言う事で。アレがそうです」
「ほほう。ペルルドールを光らせているアレが精霊魔法ですか。踊りで精霊を呼び集め、力場を生成しているんですね。面白い」
さすが師匠、一目で見抜いた。
「あ、あの、こちらの方は?」
突然現れた男に恐る恐る近付くユーリ。
「彼は我々の師匠です。怪しい者ではありません。弟子の暴挙を見学して頂いているだけです」
「そうでしたか。いえ、セレバーナさんと親しげでしたので、怪しんではいませんでしたが。話は変わりますが、これを」
ユーリは、持っていた包みをセレバーナとシャーフーチに見せる。
とても大切そうに梱包されている。
「それは?」
「民俗資料館で保管しているプリィロリカの衣装が有るのですが、それのレプリカです。お渡ししようかどうか悩んだのですが」
「あの格好ですしね」
広場に顔を向けるセレバーナ。
ペルルドールが踊り手達に混ざりたがっているので、プロンヤがオロオロしながら場を収めようとしている。
半裸の踊り手たちは、王女に負けじと踊っている。
「肌を出しているのは、より精霊の気を引く様にですね。しかし、ワンピースを着ているペルルドールがなぜ一番精霊を集めているんでしょう?」
シャーフーチは不思議がる。
「その秘密は、また後で。で、ユーリさん。何をお悩みで?」
「あの踊りを見て悩みは解消されました、ペルルドール様はプリィロリカと同じ衣装を着る資格をお持ちです。着る着ないは別として、ぜひお持ち帰りください」
セレバーナに包みを渡すユーリ。
「確かに受け取りました。キチンと踊りの訓練を受けてこれを着たら、かなり面白い事になりそうですね」
「ヴァスッタ族の族長としては、ぜひそうして頂いたいですが。でも、王国の王女にそんなお願いは出来ませんしね」
笑んだユーリも広場を見る。
王女の踊りのせいで昼間の様に明るくなっている。
「本物をお渡し出来れば良いのですが、さすがに古過ぎますから」
ペルルドールのアルコールで血走った青い目が不意にレストラン内に向いた。
その視線の先には、シャーフーチ。
「いやらしい目で見ないでください!気持ち悪い!」
踊りの流れのまま地面の砂を掴んだペルルドールは、身体ごと一回転した。
「え?」
金色に輝く美少女によって投げられた砂は光の矢となり、シャーフーチのおでこに命中した。
「ひ、酷い……」
攻撃用の精霊魔法に吹っ飛ばされながら嘆くシャーフーチに、観客から笑いが起こった。
ペルルドールの方は、自分の回転に目を回して気絶していた。
こうして、ヴァスッタ族の伝説に『酔っぱらった金色の王女』と言う新たな一節が加わったのだった。
第四章・完




