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族長の家で少女達を待っていたのは、口元に絆創膏を貼ったユーリ・ターリだった。
「おお、ペルルドール様。御無事で何よりです」
「ユーリ様はお怪我をなされている様子ですが。大丈夫ですの?」
なぜか金髪が乱れているペルルドールが王女スマイルで心配する。
その後ろではツインテールの黒髪少女が体格の良い妙齢の女性の脇に抱えられていた。
「こんな物は掠り傷ですよ。それより、何か問題でも?走って来られた様ですが」
「正直に申しますと、わたくしが薬を盛られた件で叱られているんです。彼女はわたくしの護衛団の団長です」
「始めまして。私はエルヴィナーサ国第二王女護衛団団長、プロンヤ・ウヤラです。こんな姿で失礼します」
セレバーナを下したプロンヤは、踵を揃えて頭を下げる。
自由になったツインテール少女は、神学校の制服の襟元を緩めて一息吐いた。
「本物の王女の扱いに困った犯人が本隊と相談する為の時間稼ぎだったから、毒ではなく睡眠薬だったのでしょう。つまり運が良かっただけ。反省しています」
セレバーナは無表情で言う。
反省している風に見えないのは、実際に反省していないからだ。
少々煽ったりしたが、紅茶を口にした最終判断はペルルドールの物だし。
「我が配下が取り返しの付かない事をしてしまい、本当にお詫びの言葉もございません」
深々と頭を下げるユーリ。
ペルルドールはそんな族長に右手を翳して背筋を伸ばさせる。
「その犯人はどうなりましたの?」
「リョーロ・スーリは留置場で拘束しています。立ち話ではなんですから、どうぞ中に」
今度は客間ではなく応接間に通される。
プロンヤは毒見の為にキッチンの立ち入り許可をユーリに求め、別行動を取った。
「わたくし達の仲間のイヤナとサコと、そして遠方から連れて来られたセイカがここに来ると思いますので、通してください」
上座のソファーに座る前に族長にお願いするペルルドール。
「分かりました」
間も無くこの街の偉い人達が応接間に集合し、ペルルドール、そしてセレバーナと共に今回の事件の後始末をした。
話し合いはペルルドールの名の下で始まり、反対意見は最後に纏めて出す形で行われた。
第二王女の尽力によって事が起こらなかったので、殲滅部隊を引き連れて来たコジャダス・タナハスイの責任は不問。
殲滅部隊の指揮を執ったドナ・ラックソーマンの責任も不問。
誰も罪を負わなければ今回の騒ぎを闇に消し去る事が出来る。
それが気に入らないと王都に抗議を申し立てると、騒ぎが再燃して余計なイザコザを呼び込む事になり兼ねない。
そうなったらもう王女の権力には頼れないから、それで手打ちにするのが一番丸く収まるのだ。
だが、それは表の理由。
裏では、こうすれば爺の孫の軟禁が解き易くなるだろうと考えている。
かなりの力技なので今後の調整が必須だろうが、それは王女の仕事ではない。
王都に帰った後のプロンヤ達に任せよう。
騒ぎを起こした黒幕を探る事は実質不可能になるが、今の状況では諦めるしかない。
欲を出すと助けられる物も助けられなくなる。
ただし、ペルルドールに睡眠薬を盛ったリョーロ・スーリだけは心神耗弱状態で病院に収容しなければならなかった。
これまで不問にしていたら、人の上に立つ者の命がいくつあっても足りないから。
罪は問われないが責任を取る形で彼の財産は没収され、一部は本人の入院費用と家族の仮住まいに当てられる。
退院したら一般市民として再出発する事になる。
「今回の事は街の人達にも広まっているので、この街で暮らすのは不可能ですがね」
そう言ったユーリがお茶を飲む。
口の中が切れているらしく、痛みに顔を顰めた。
「謎の集団が街を囲み、第二王女が街の大通りを爆走した訳ですからね。噂にならない方が不自然だ」
王女が座っているソファーの横に立っているセレバーナが腕を組む。
「噂が広まった末に、皆殺し一歩手前まで事態が切迫していた事実を知る。街の人が怒っても仕方が無いでしょう」
「街の人達の感情につきましては、この街の権力者である皆様方にお任せします。他に何か有りますか?……有りませんね?」
大人達の顔を見渡して全員の頷きを確認したペルルドールは、そこで話し合いを纏めた。
ペルルドールとセレバーナは、さすがにお茶に手を付けなかった。




