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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第四章
133/333

26

百メートル程歩くと、進軍して来る団体が見えて来た。

数千人規模の一群が横に広がっている。

旗等は掲げていないので、どこの軍か分からない。


「おー、居た居た。凄いね。ああやって街を囲むんだ」


イヤナは額に当てた右手をヒサシにしながらのんびりと言う。

下手をすれば本当に殺されるかも知れないのに。


「街を一周する様に散開しているでしょうね。さて。正面に本隊が居れば良いですけど。居ない場合は死ぬかも知れません。逃げるなら今の内ですよ」


冷や汗を垂らしているペルルドールの言葉に笑い声を返すイヤナ。


「ここまで来たら逃げても無駄だよ。馬も居るし」


「貴女は肝が据わっていますわね。わたくし、少し足が震えています。自分からここに来たのに。情けないったらありませんわ」


立ち止まるペルルドール。

しかしその青い瞳はしっかりと正面を見据えている。


「来ますわ」


三騎の騎士が先行して来た。

その利き手は剣の柄を握っている。

何も知らない街娘だったら、街に異常を知らせに戻るのを阻止する為にこの場で切り捨てられていただろう。


「わたくしはペルルドール!ペルルドール・ディド・サ・エルヴィナーサ!」


金髪美少女は、その剣が抜かれる前に力の限り叫ぶ。

それが聞こえたのか、手綱を引いて馬の足を止める騎士達。

装備は鉄の部品が少ない軽い物で、所属を示す印や家紋等は見当たらない。


「わたくしの名において命じます!この作戦の責任者がここに来て、納得の行く説明をなさい!」


三騎の騎士達は、無言で少女達の周りをぐるぐる回る。

威嚇している訳ではなく、馬が落ち着いていないだけの様だ。

金髪美少女の顔を見詰め、本物の王女かどうかを判断している。


「貴方達の目的は分かっています!何も知らない国民を殺める事に罪の意識が有るのなら、わたくしに従いなさい!」


叫んでいるペルルドールの横で硬直しているイヤナ。

さすが本物の王女、本気で怒ると怖いんだなぁ。

従わずにはいられない迫力が有る。


「承知しました。しばしお待ちを」


視線で仲間と会話をした騎士達は、そう言い残して引き返して行った。

思いっ切り安堵の息を吐くペルルドール。


「プロの殺し屋でしたら終わりでしたね。望みは繋がれた」


「冷や冷やの綱渡りって奴だね。一応、お守りの紙片の準備はしているけど」


イヤナは、手に持っている小さな紙切れを金髪美少女に見せる。


「出来れば使いたくありませんね。シャーフーチは事態の収拾をせずにわたくし達を遺跡に連れ戻すでしょうし。そうなったら街が消えてしまう」


ペルルドールは腰に手を当てる。

正面の集団は進行を続けているが、その速度は徒歩程度だ。

大勢で街を囲んでいるので、足並みを揃える為に遅くしている様だ。

作戦開始の一歩手前、と言う緊張感。

その中から十人程度の騎馬隊が飛び出し、ペルルドールの方にやって来た。

イヤナはポケットの中に手を隠し、片手でお守りを破ける様に準備する。


「ペルルドール様。なぜ、この様な場所に」


知らないおじさんが屋根の無い馬車から降りて膝を突いた。

格好は派手で、成金貴族が遠出して来た、と言った感じだ。

戦闘区域に来る格好ではない。

他の騎士達も馬から降り、手綱から手を離せないので軽く頭を下げる格好を取る。


「おや?指揮を取っているのはドナ・ラックソーマンではありませんの?貴方はどなた?」


「そこまでご存じなのですか。彼は別の場所にいらっしゃいます。私は彼の代理で、作戦の性質上、名は明かせません」


「代理……?」


ペルルドールは小首を傾げる。

大将が戦場に現れないのは珍しくないが、殲滅作戦の責任を彼に押し付けるつもりなら、彼がここに居ないのでは話にならないのでは?


「ペルルドール様。本来なら、貴女様はここに居られないお方。ここは黙って我々をお見過ごしください」


「わたくしが知りたいのは真実です。誰の命令で作戦が発令されたのですか?そして、その目的は?」


威圧を込めた視線でおじさんを見下ろすペルルドール。

しかし所詮は十三歳の少女。

中年のおじさんは平然としている。


「さて。私は代理ですので、何も知りません。私はただ言われた仕事をこなすだけのしがない駒です」


「なら下がりなさい。ドナ・ラックソーマンをここに連れて来なければ、ここは通せません」


おじさんの顔が悪人のそれになる。


「本来なら、ペルルドール様はここには居られないお方。私も手荒な事はしたく有りません。この意味、分かりますな?」


「何も聞かずに目を瞑り、見逃せと仰るの?」


慇懃無礼に頭を下げるおじさん。


「もう一度言います。わたくしは真実が知りたい。ただそれだけ。真実が語られるのであれば、見逃す事も(やぶさ)かではありません」


「……仕方が有りませんねぇ」


おじさんは王女の許可無く立ち上がる。

それに応えるかの様に、周りで控えていた騎士達から殺気が溢れ出た。

グッと唇を噛むペルルドール。


「どうして誰も真実を語ってくださらないの……?」


おじさんが片手を上げると、騎士達が手綱を離して近付いて来た。

剣を抜かないので殺す気は無い様だが、拘束はされるだろう。


「はいはーい。そこまで、そこまでー」


王女の隣に居た赤毛少女が、一秒置きのゆっくりとしたスピードで拍手する。

騎士達は、妙に落ち着いている貧乏平民ドレスの娘を怪しんで動きを止める。


「貴方の悪巧みはそこまでです。コジャダス・タナハスイ」


名前を呼ばれたおじさんが目を剥いて驚く。


「名乗っていないのに、どうして名前が分かるのか。不思議ですか?不思議ですよね?」


ふふん、と鼻を鳴らしたイヤナは、自慢げに胸を張る。


「貴方は貴族ではなく、ただのブルジョワジー。なので、ペルルドールは名前を知らない。知らないよね?」


ペルルドールは青い目を見開き、イヤナを見ながら頷く。


「知りませんけど、突然何を言い出しますの……?」


(テレパシー)


赤毛少女は自分の頭に嵌っている黄色いカチューシャを指差し、声を出さずに言う。

その唇を読むペルルドール。

こんな思念を送って来るのはセレバーナしか居ない。

あの黒髪少女が何かの情報を掴んだらしい。


「事の発端は、ペルルドールの家出。その家出先で薔薇の名前を持つ娘を暗殺しようとしたが、全て失敗」


イヤナは、この場に居る全員に聞こえる様に大き目の声で言う。


「そこに、ヴァスッタ族族長からの提案が有った。提案内容は不明。しかし、それを利用する事にした」


笑みをおじさんに向けるイヤナ。


「この殲滅作戦の本当の狙いは、ペルルドールが死亡したとする事。街の人達が全滅した後、族長の家でペルルドールの死体が見付かるんですよね?」


おじさんの顔に脂汗が滲む。


「第二王女を王都から連れ去って殺したのは、ヴァスッタ族族長のユーリ・ターリ。だから、一族もろとも皆殺しにした。それが成功時のシナリオ」


笑みのまま続けるイヤナ。

自分が何を言っているかは全く理解していないが、自分の言葉がおじさんを追い詰めているのは分かる。

ちょっと面白い。


「ドナ・ラックソーマンは、万が一失敗した時の保険ですね。死体になったはずのペルルドールが、死亡を公表する前に王城に帰って来る可能性も有るから」


「最果てに居るわたくしがどの様に動くか分からないから、どう動いても良い様にしてあるんですね」


そう言う王女に頷くイヤナ。


「皆殺しが成功しないと始まらない。だからドナ・ラックソーマンはここに来れなかった。速やかに彼に罪をなすり付け、処刑しないと黒幕の今後も無いから」


「何て人達ですの……罪の無い人達を全滅させてからが作戦の始まりとは……」


ペルルドールは、ワザとらしく大袈裟に愕然として見せる。

そのお陰で騎士達の間に動揺が走る。

のっぴきならない理由が有って殲滅させるのではなく、無意味になるかも知れない布石の為に何十万人も殺す作戦だったとは。

騎士が命を賭して守るべき王女に呆れられているのは、もしかするととても恥ずべき事ではないのか。


「そんな回りくどい事をして得をする人が、この作戦の黒幕ですよねぇ?コジャダス・タナハスイさん?」


軽く前屈みになったイヤナは、上目使いでおじさんを見る。


「貴方はこの作戦の後に爵位が貰えると思っている様ですが、本気で黒幕の言う事を信じてます?」


イヤナは「ヤレヤレ」と言いながら肩を竦める。

これもセレバーナのテレパシーによる演技指導だ。


「布石の為だけにひとつの街を消そうとする黒幕が、無名の貴方なんかとの約束を守るとお思いで?私なら、不利な情報を持っている貴方を即刻消しますよ」


「……!」


おじさんは青褪める。

少々脂肪が多い体型なので、脂汗が凄い。


「この作戦の詳細を記した書類を見付けた結果、判明した事実です。勿論ここには有りませんので、私に害を与えても無意味です」


自分の胸を指差したイヤナは、セレバーナの様に落ち着いた声で「さて」と言って両手を広げる。


「貴方は大勢の友達と観光に来た。しかし祭の時期ではなかったので引き返した。事が起こっていない今ならそんなバカな言い訳でも通じると思いませんか?」


おじさんは歯軋りする。

伺う様な視線の赤髪少女と冷たい視線で見下している金髪美少女を睨み付けた後、身体の力を抜く。

目の前に居る第二王女に名前を知られた以上、何をどうしても殲滅作戦の責任は自分に来る。

隊を率いているのは、ドナ・ラックソーマンではなく、自分だから。

証拠隠滅の為に騎士達に小娘共を殺せと命じても、この空気では従ってくれないだろう。

ここは保身に入るのが一番賢い。


「祭の時期、ではありませんでしたか。では、我々は引き返すしか、ありませんな」


力無く一礼したおじさんは、魂が抜けた様に振り向いた。

騎士達も戸惑いながらの礼をした後、馬に乗る。


「……コジャダス・タナハスイ。ドナ・ラックソーマンは、今どこに?」


一歩前に出たペルルドールが馬車に乗り込んでいるおじさんに訊く。

観念したのか、おじさんは素直に応える。


「王都で軟禁されています」


「では、黒幕の名前は?」


「……」


黙るおじさん。

滴る脂汗が汚らしい。


「そんな事を言ったら、それこそ消される。それは訊かないであげて」


ペルルドールの肩に手を置いたイヤナは、大きく息を吸ってから大声を出す。


「最後に。貴方達が連れて来た女の子は私達の友達なので、私達に会わせてくれませんか?その場に残して頂ければ迎えに行きますので」


「分かりました」


頷いたおじさんは、馬に跨った騎士達と共に屋根無し馬車を走らせて去って行った。

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