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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第一章
13/333

13

リビングの隅に追いやられた籐製の椅子に座っている金髪のペルルドールは、左手の中指に嵌っている金色の指輪を同じ手の親指で弄んでいる。

その一人遊びに飽きた金髪美少女は、つまらなさそうな顔を上げた。

太いロウソクに火が灯され、リビングの中は明るくなっている。

赤毛のイヤナと茶髪のサコはキッチンの方で夕食の仕上げ中。

黒髪のセレバーナは細いロウソクが燃え尽きた後の四本の燭台を片付け、円卓に純白のテーブルクロスを敷いている。


「ペルルドールも夕飯の支度を手伝いなさい。弟子は全員同じ身分なんですから」


フードを脱いでいるシャーフーチが、円卓の上座に座ったまま何もせずに言う。

ペルルドールは、お前が動け、と言う意味の籠った視線を返す。


「私は良いのです。師が雑用をするなんて話、聞いた事が有りません」


「仕方有りませんよ、シャーフーチ。彼女は箱入りのお姫様。雑用する人間を視界に入れる必要の無いお人です。何をしたら良いのかさえ想像も出来ない筈」


セレバーナは、テーブルクロスの皺を伸ばしながら言う。

廊下のロウソクを片付けた時も、お姫様は全く何もせずに神学生の様子を眺めていただけだった。


「このテーブルクロスや椅子、夕食の材料等は、彼女が来なかったら無かった物です。今日はそれで良しとしませんか」


「そうそう。私も野菜とか持って来てましたけど、掃除を手伝ってくれたメイドさん達が居なかったら生で食べるしかなかったんですよ?」


キッチンの方からも擁護の声が飛んで来る。

家事が一番得意そうなイヤナに言われては仕方ない。

彼女が居ないと日常生活が送れそうもない子達ばかりなので、イヤナの顔は立てておいた方が良いだろう。


「初日なので大目に見ましょう。でもそれはペルルドール自身の能力ではありません。そんな物に頼っていたら、修行になりません」


「頼っているのではありません。利用しているだけです」


セレバーナが真顔で酷い事を言う。

シャーフーチは肩を竦め、やれやれと溜息を吐く。


「ペルルドール。明日、朝一番で外の連中を追い返しなさい。そして、実家からの援助を一切断る事。でないと、彼女達に骨の髄までしゃぶられますよ」


「私達がしゃぶった所で王家の財政が傾くとは思えませんが」


セレバーナがそう言うと、食器と鍋敷きを運んで来たサコが首を横に振った。


「修行は自分との闘いです。逃げ道が有ると自分の限界を見誤ります。私も師匠の意見に賛成です」


「限られた予算の中で創意工夫し、知恵を絞ると素晴らしい発明が生まれる事も有ります。サコの意見は正しい。ただ……」


セレバーナは、シャーフーチの身体を下から上へと見た。


「彼に生活能力が有れば、の話です。自分達の糧を自分達で得るのが弟子の課題だと仰いましたが、初日から物資ゼロではどうにもならない」


「う……」


図星を突かれたシャーフーチが怯む。

ツインテールのセレバーナは腕を組み、容赦無く師を責める。


「ペルルドールが護衛団を引き連れていなかったら、我々は夕食に有り付けなかった。今夜眠る布団さえ無かった。この状態でなぜ弟子を募集したのか」


「地下の物置に布団は有ったよ?」


「カビに侵され虫が湧き、綿の抜けた布切れを布団と呼びますか、サコは」


「十分お布団だよぅ。敷ける物が有るだけ幸せ」


大きな鍋を運んで来たイヤナが言う。

サコが素早く円卓の端に鍋敷きを置き、そのサポートをした。


「私の実家では土の床に直接雑魚寝が当たり前だったよ。兄弟が多かったから」


イヤナは鍋敷きの上に鍋を置いた。

ビーフシチューの良い匂いが全員の空腹を刺激する。


「ふむ。人の立場は様々、常識も様々、と言う事か。勉強になる。この状況が予想出来ず、事前の準備を思い付かなかった私が悪かったのかも知れないな」


感心するセレバーナを尻目に、イヤナはサコに「シチューを装って」とお願いした。

自身はパンを切りにキッチンへと戻る。


「では、わたくしはどうしたら良いのでしょう。教えて頂けないと困ってしまいます」


ペルルドールは、特に困った様子も無く言う。

セレバーナは口を閉じ、無言でシャーフーチを見た。

視線を感じた師匠は黒髪の少女から顔を逸らす。


「私には集団生活の経験が有りませんからねぇ。学校で神学生をしていたセレバーナの方が余程先輩でしょうから、貴女にお任せした方が良いでしょう」


口の中でボソボソと言われ、セレバーナは呆れ顔になった。


「……ヘソを曲げましたね?」


「まさか。適材適所ですよ。――お、美味しそうですね。イヤナには料理の才能が有りますね。素晴らしい事です」


シャーフーチは、サコによって皿に装われているビーフシチューを褒めた。


「えへへ。ありがとうございます、お師匠様!」


キッチンに居るイヤナが大声でお礼を返した。

そのやりとりを笑顔で聞いているサコが次々とシチューを装う。


「私の道場では、新人には山籠りさせますよ。根性の無い奴はそれで脱落しますし、寄寓(きぐう)の準備も出来ます」


「山籠りとは何ですの?」


柔らかそうな羽根の付いた扇子を懐から取り出したペルルドールが小首を傾げる。

サコは五枚目の皿にシチューを装いながら説明する。


「山に入って、そこで一週間くらい生活するだけの単純な物です。冬山じゃなければ食べ物は沢山有るので、そんなに苦ではありません」


「まぁ。ピクニックみたいな物かしら?」


「うーん。そうですね。ちょっとハードな遠足かな」


その話を聞いたシャーフーチが「一週間ですか」と呟く。

すると、セレバーナが無表情を崩して焦り出した。


「まさか、変な気を起こすつもりじゃないでしょうね?」


「心配いりませんよ、セレバーナ。この辺りに山は有りません。草原だけ。それこそピクニックです。第一、この遺跡から出て暮らしたら修行にならない」


「良かった。物資の無い状態での野宿は、さすがに心が折れます」


セレバーナは安堵の吐息と共に胸を撫で下ろす。

都会暮らししか知らない神学生にはサバイバルは無謀過ぎる。

世間知らずの金髪美少女は、何も理解しないまま微笑んでいた。

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