21
十分ほどで族長が戻って来た。
「お待たせして申し訳ありませんでした。避難指示を出して参りました」
開けたドアの向こうで大勢の人が行き交っている物音がして、ドアが締められるとそれが聞こえなくなる。
防音がしっかりしているのは、ここが会談の場だからだろう。
「上手く避難出来れば良いのですが」
ペルルドールは甘味に酔った顔で心配する。
「それは大丈夫でしょう。いざとなったら一丸となれるのが我がヴァスッタ族ですから」
少女達とは別のソファーに座るユーリ。
「ところで、ユーリさん。なぜ貴方達が殲滅作戦の対象になったのか、心当たりは有りますか?」
セレバーナが訊くと、ユーリはペルルドールを見た。
「恐らく、ペルルドール様の誘拐事件のせいかと」
表情を引き締めるペルルドール。
またあの騒ぎが出て来るのか。
思ったよりも根が深い。
「しかし、ペルルドール様はこうしてここにいらっしゃる。魔王に誘拐されたと言うのは根も葉もない噂だったのですね」
「わたくしの誘拐事件とヴァスッタ族は関係有るんですの?」
「直接は関係ございませんが、プリィロリカの曾孫でいらっしゃるペルルドール様が魔王に誘拐されたとあっては、我々は黙っていられませんので」
「プリィロリカの、ひまご?わたくしが?」
ペルルドールは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になった。
「おや、ご存じありませんでしたか?」
ユーリも意外そうに目を剥いた。
「そのプリィロリカとは何者ですか?」
セレバーナが訊く。
「我が部族の英雄ですよ」
ユーリは語る。
それは数十年前。
ヴァスッタ国はエルヴィナーサ王国に侵略された。
圧倒的な戦力差が有ったが、当時のヴァスッタ王家は徹底抗戦する事を決めた。
改宗されて精霊魔法を捨てるくらいなら滅ぼされた方がマシ、と。
国民もそれに同意する。
そして負けが決まっている戦争が始まった。
先頭に立って戦場を駆けたのが、王女プリィロリカ。
「その時の様子を描いた絵が、先程ご覧になられていた絵です」
半裸女性が描かれた油絵に顔を向ける二人の少女。
「どう見ても戦争の絵ではありませんが」
そう言ったセレバーナに首を横に振るユーリ。
「いいえ。プリィロリカは精霊魔法の使い手。あれが私達の戦いなのです」
ユーリは、精霊魔法とは踊りによって発動する物だと説明する。
なので、敵の真っただ中で踊るのが正しい戦闘行為なのだ。
その美しさと未知の魔法にエルヴィナーサ王国兵は翻弄され、戦いは長期化。
痺れを切らした侵略軍は、本国に援軍を要請。
派遣されたのは、当時の第三王子直属軍。
しかし、第三王子は戦いの中でプリィロリカに恋をしてしまう。
「まぁ!おとぎ話みたいな、素敵な恋ですわね」
青い目を輝かせるペルルドール。
恋の話になると異常に食い付いてしまう病気が出た。
なので、セレバーナが咳払いをする。
その音で我に返った金髪美少女は、深呼吸して瞳の輝きを押さえる。
「実際に有った話ですよ。王家には伝わっていない様ですが」
ペルルドールの表情を窺うユーリ。
「ええ。初耳です。わたくしの曾お婆様がそのお方なら、その恋は実ったんですね?」
笑顔で言うペルルドールに暗い顔を向けるユーリ。
「第三王子側から見れば、恋は実ったと言えるでしょう。しかし我々から見れば、不本意な政略結婚その物です」
「あ……そう、ですわね」
「プリィロリカと王子の結婚により戦争は中止。我々は国を取り上げられましたが、名前は残されました。更に特例として、独自の宗教も認められました」
「なるほど。不自然な特例が許されたのは、そう言う訳だったんですか」
腕を組むセレバーナ。
「精霊魔法とは踊りで発動する魔法と仰いましたが、今もその魔法は生きているのですか?」
「勿論です。この国の誇りである祭では、大勢の踊り子達が精霊魔法を披露します。それは綺麗な光景ですよ」
ユーリは腕を広げて自慢気に言う。
相槌の様に頷くセレバーナ。
「ぜひ見てみたい物です。その精霊魔法は女神魔法とは違うんですよね?」
「私は女神魔法を良く知りませんが、プリィロリカの踊りは敵の魔法を無効化したとの言い伝えが有り、究極の踊り手の物は万能魔法になると言われています」
「万能魔法とは興味深い。ふと疑問に思ったんですが、プリィロリカの血筋であるペルルドールも修行をすれば精霊魔法が使えますか?」
「ペルルドール様のお美しさなら、十分に。周囲に居られる精霊の気を踊りで引き、踊り子の意思を伝えるのが精霊魔法ですから」
「なるほど。ペルルドールが一番女神魔法を使うのが遅いのは、その血のせいと言う可能性が有るな。違う魔法の才能が今の修行の邪魔をしているのでは」
「えー……」
ペルルドールは不満気な声を洩らす。
血統のせいで魔力の成長が遅いのなら、今後もずっと苦労する事になるのか。
「それは師と相談しよう。しかし、万能魔法か。言葉の響きから予想される面倒事が事実なら、敵に回したら相当厄介だな」
セレバーナは空になった紅茶カップを見ながら続ける。
「ペルルドールの誘拐でヴァスッタ族が騒いだのなら、その魔法を封じる為に殲滅作戦を決行するのは理由になり得る」
しかしユーリがその考えを否定する。
「どうでしょうね。プリィロリカ以上の踊り手は、今も昔も存在していません。他の理由が有るかと」
「それは?」
「第一王女、トロピカーナ・ジャド・サ・エルヴィナーサ様のお噂はご存じで?」
「お姉様の噂ですか?どう言った物ですの?」
ペルルドールは微かに前のめりになる。
「ご存じありませんか……。一般には報道されていませんが、ペルルドール様の誘拐は、第一王女の陰謀との噂が有るのですよ」
「え?」
唐突に出て来た初耳の噂に驚くペルルドール。
城を出たのも魔法使いの弟子になったのも自分の意思による物なので、その噂は完全にデマだ。
「第一王女と第二王女は、共に王位継承権第一位です。その事により派閥が分かれているのはご存じのはず」
「知っています。そうか、お姉様を有利にする為に、第一王女派がわたくしを王城から追い出した、と噂されている訳ですね」
「そうです。もしも陰謀の噂が事実なら、第二王女派の者が極秘に救出作戦を行っているはず。ですから、我々も極秘に第二王女派と接触しました」
ペルルドールは爺の顔を思い浮かべる。
そう言った派閥の話は、全て爺のところで止められている。
王になる為の勉強の途中でそう言った裏の話を聞くのは良くないから、と言う理由で。
「そして、一時的にペルルドール様の御身を我々がお守りしましょうか?と提案しました。我々も立場的には王家の親戚になる訳ですし」
「どうなりました?」
「知らぬ存ぜぬで終わりです。もしかすると……」
ユーリはふと気付く。
「その際に、我々は出来る限りの探りを入れました。その行為を悪く取られ、王家の裏事情を知ってしまったと思われた?だから我々を消す為に殲滅作戦を?」
「それが殲滅作戦の引き金になるとは思えませんね。王家の親戚を王国の騎士が殲滅したとなると、国自体が傾きかねない。やるなら関係者数人の暗殺だ」
組んだ腕を解いたセレバーナは、髪形が乱れない様に気を付けながら頭を掻く。
そこでツインテールを解いていた事に気付く。
どうでも良い事だからすぐに忘れて手を下す。
「ペルルドール。第一王女とは、どんなお方だ?」
「お姉様は病弱で……」
ペルルドールが口を開いた直後、客間のドアがノックされて会話が中断した。
「入れ」
ユーリが返事をすると、立派な髭のおじさんが入って来て敬礼をした。
派手で見事な皮の鎧を着ているので、軍事方面の偉い人の様だ。
兵を率いる人は注目を集める出で立ちをするのがお約束なので、多分間違いないだろう。
「ペルルドール様の避難準備が整いました」
「ご苦労」
ユーリが立ち上がると、髭のおじさんは一歩下がって控えた。
「話の続きは避難後にしましょう」
「ですが、わたくしは真実が知りたいんです。こう言った情報はひとつでも多く欲しいんです」
ペルルドールが渋ると、セレバーナも立ち上がった。
「気持ちは理解出来るが、私達が避難の邪魔をしてはいけない。ここは我慢してくれ。助かった後、ゆっくりと訊けば良い」
「……分かりましたわ」
ペルルドールは渋々立ち上がる。
殲滅の時間が迫って来ているので、モタモタしていると自分達の身も危ない。
ユーリと髭のおじさんに先導されて玄関から出ると、そこには質素な馬車が横付けされていた。
軍用で、鉄板等で防御力が強化されている物だ。
車体が重いので二頭立てになっている。
そこでセレバーナがテレパシーを使ってイヤナとサコに語り掛けたが、声は届かなかった。
彼女達との距離が離れ過ぎているか。
それとも、屋敷を囲う魔法避けのせいか。
まぁ、避難が始まったら街の人と一緒に逃げてくれるだろう。
「さぁ、お乗りください」
御者が馬車のドアを開け、跪く。
ペルルドールとセレバーナは急いでその馬車に乗った。
「私は避難状況の確認を行った後、すぐ後を追います」
そう言ったユーリ自らが馬車の扉を閉める。
「お気を付けて。避難地でお待ちしております」
心配そうなペルルドールに深々と頭を下げるユーリを残し、質素な馬車は族長の家を出発した。




