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ツインテールだった髪を下して色を茶色に変えたセレバーナと、金髪を麦わら帽子の中に押し込んだペルルドールが通りに出た。
人目を引かない様に気を付けながら早足で進み、門の前で丸椅子に座っている男二人の前に立つ。
「すみません。ここはヴァスッタ族族長のお宅ですか?」
「そうだけど、何か?」
背が低い少女に話し掛けられた門番の男達は、談笑を止めて立ち上がった。
そして無造作に門に立て掛けていた槍を手に持つ。
しかし殺気は無く、形式上でそうしているだけに見える。
やる気が無い。
「貴方達は正式な兵士ですか?どうにも覇気が感じられませんが」
幼く見える少女に痛い所を突かれた男二人が苦笑する。
「一応、この街の正式な兵士だよ。良いかい?いざという時に疲れていたら動けなくて困るだろ?だから何も無いヒマな時はこれくらいで丁度良いんだよ」
「お嬢ちゃんは旅行で来たのかな?兵隊さんをからかうと、逮捕、拘束されちゃうぞ」
妙に量が多い茶髪を背中に垂らしている少女を子供扱いし、のんきな大声で笑う男二人。
道行く人達も、こちらの事を全く気にしていない。
緊張感が無いのは民族柄か。
「私が着ているこの制服の意味を知らなくとも、彼女の顔と名前はご存じの筈。正式な兵士なら、絶対に」
茶髪の少女がそう言うと、左手側に立っていたもう一人の少女が麦わら帽子のツバを片手で押し上げ、その顔を門番に晒した。
金色の前髪に、蒼い瞳。
人形の様に整った美しい目鼻立ち。
「……?」
「え?ま、まさか……」
右側の門番は訝しげな顔をしただけだったが、左側の門番はすぐに気付いた。
「シッ!お忍びです。中に入っても構いませんか?」
茶髪の少女は、人差し指を自身の唇に当てる。
すると、左側の兵士は綺麗な気を付けをした。
「ど、どうぞ!」
「誰?」
右側の兵士は、イヤナ並にのんびりとした口調で金髪少女の顔を覗いた。
「バカかお前!民族資料館に行った事無いのかよ!プリィロリカの肖像画そっくりだろうが!」
「げ!じゃ、ペルルドール様?」
小声で言い合う二人の男。
(プリィロリカ?)
何やら重要そうなキーワードの出現にセレバーナが目を細め、ペルルドールが小首を傾げる。
「俺、あ、いえ、自分はユーリ様に知らせて来ます。お前は二人をお通しして」
「わ、分かった。どうぞこちらへ」
左側の兵士は、慌てて族長の家の中に走って行った。
右側の兵士は、畏まって二人の少女を敷地内に通した。
門を潜った途端、茶髪だった少女の髪が黒くなる。
「走れ」
背の低い少女が鋭く言うと、麦わら帽子を目深に被った王女がスタートダッシュを決めた。
直後、黒髪少女の左隣に居た王女が右側に瞬間移動する。
「!?」
驚く兵士。
「やはり魔法避けが施されていましたか。魔法で虚像を作って身を守っていただけですので、どうかお気になさらず」
冷静にそう言った黒髪少女も門と玄関の間に有るアプローチを全力で走り、王女の後を追った。
そして王女と共に両開きの玄関の中に飛び込む。
「ちょっと強引だったかな」
「万が一わたくしの存在が漏れたとしても、ここまで来てしまえば大丈夫でしょう」
門の所で取り残される形になった兵士が、慌てて後を追って来る。
「どうされましたか?」
「いえ。お忍びですので、王女の姿を一般の人に見られたくなかっただけです。失礼な行動をお許しください」
物陰に隠れながら頭を下げる黒髪少女の横でペルルドールが麦わら帽子を脱いだ。
中に仕舞ってあった髪がふわりと広がる。
キラキラと輝く金髪に見惚れる兵士。
「?」
視線に気付いて小首を傾げる王女から慌てて目を逸らす兵士。
「こ、こちらへどうぞ」
とても豪華な客間に通された。
外見は他の民家との違いはほぼ無かったのに、内装は街の長らしくしてある。
廊下も手間を掛けて掃除されていたので、使用人の数も多いだろう。
「しばらくお待ちください」
一礼した兵士は、緊張しながら下がって行った。
二人切りになった途端、セレバーナは客間を歩き回る。
街の風景や地図が描かれた絵画が壁に掛かっている。
その中に題名付きの肖像画が有った。
半裸の女性が踊っている絵。
「ペルルドール。プリィロリカを知っているか?」
中途半端に豪華なソファーに座ったペルルドールが小さな頭を横に振った。
「いいえ。先程も聞きましたが、何の事でしょう?」
「この絵の人物らしいな。ペルルドールに似ているらしいが」
ペルルドールは立ち上がり、セレバーナの隣で絵を見上げる。
『プリィロリカ』と書かれた札が額縁の下に貼られている。
かなり荒いタッチの油絵なので、誰に似ているかは分からない。
「民俗資料館がどうとか仰ってましたね。これよりそちらを見た方が良いかも」
「問題は、なぜプリィロリカとペルルドールがそっくりか、と言う事だ。考えられるのは……」
言葉の途中で客間のドアがノックされ、一人の若い男と三人のメイドが入室して来た。
男は、油絵の前に立っているワンピース姿のペルルドールの全身を眺めてから「おお」と声を漏らした。
「ようこそおいでくださいました、ペルルドール・ディド・サ・エルヴィナーサ様。私はヴァスッタ族族長、ユーリ・ターリで御座います」
族長とメイド達が床に跪く。
ペルルドールは、そんな彼等に右手を翳す。
「どうぞお立ちになってください。緊急にお知らせしたい事が有りまして、失礼を承知で先触れも無しに参りました」
「緊急、とは?」
立ち上がる族長。
お茶の道具を持ったメイド達は跪いたまま。
応えるのはセレバーナ。
「この街に殲滅部隊が向かっています。到着は明日明後日になるでしょう」
「……殲滅部隊、ですか……?」
族長の太い眉が困惑の形に歪む。
「一刻の猶予も有りません。今すぐ街の人全員の非難指示を」
族長は二人の少女を交互に見る。
予想通り、突然の重大情報に混乱している。
彼が口を開く前に言葉を続けるセレバーナ。
「私達を信用しなくても結構。その時は貴方達が全滅するだけです」
「わたくしがこうして知らせに来た事で信頼しては頂けませんか?」
ペルルドールが必死の想いで言う。
「ひとつだけ、質問しても宜しいですか?」
「許します」
「なぜ我々が殲滅作戦の対象になったのですか?」
「それは……」
口ごもったペルルドールの代わりにセレバーナが応える。
「逆にこちらが訊きたいくらいです。私達がここに来た理由も殲滅作戦を止める為ではありません。ひとつの文化が消える前に、その姿を見に来ただけです」
「では、我々が皆殺しにされても構わないと?」
「それを回避出来るのは、ユーリ・ターリさん。貴方だけです。私達はそれを回避出来る情報を貴方に提供した。この情報をどう扱うかは貴方次第です」
金色の瞳を見詰める族長。
それから王女を見る。
若い男の表情から困惑が消えて行く。
やはりペルルドールの存在は最大の説得力が有る様だ。
「分かりました。明日明後日に到着するのなら、一刻の猶予も有りませんね。避難指示を出しましょう。少々、席を外させて貰いますよ」
部屋を出ようとした族長の背中に声を掛けるセレバーナ。
「避難するのは全員です。病人だろうが寝たきり老人だろうが、例外無く。殲滅部隊に誰一人殺されてはいけません」
「承知していますよ」
頼もしく笑んだ族長は、一礼してから客間を出て行った。




