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「さて、と。族長の家だと思われる建物の近くまで来た訳だが」
木造二階建ての家を視界に入れた透明なセレバーナが腕を組んだ。
人通りがそこそこ有るので、何も知らない通行人の体当たりを食らわない様に道路の隅に寄っている。
「このままこっそり侵入しますか?」
その後ろで、同じく透明なペルルドールが族長の家を見上げた。
古いが頑丈な造りのその家は、知らなければ普通の民家に見える。
事前の情報が無ければ素通りしていただろう。
「しかし門番が居る。無防備に見えるが、やはり要人の家。強力な魔法避けが施されていると思った方が良い」
家の周りには木の板で囲いがされており、人の背では中を覗けない様になっている。
サコの蹴りなら簡単に破れそうな板きれだが、そんな事をしたら器物破損の犯罪者になってしまう。
ペルルドールを肩車し、囲いをよじ登って貰えば中に放り込む事は出来るが、魔法避けがされていたら囲いに触れた時点で透明化が解ける。
そもそも、危険を冒してまで侵入する義理は無い。
「では、どうなさいますの?」
「通行人が途切れる瞬間も無さそうだな。うーむ……」
セレバーナは周囲を見渡す。
正面の門は開いているので、そこから入るのが一番良い。
街全体が警戒心の無い雰囲気なので、頭を下げてお願いすれば族長に会えそうな気がする。
だが、ペルルドールが今ここに居る事を街の人に知られたくない。
先遣隊が族長の家を見張っている可能性も高い。
なのでコッソリと入りたいが、姿を消せても体臭や足音を消す術を知らない少女達が人知れず侵入するのは難しいと思われる。
そこのところを何とか解決して通ったとしても、魔法避けが有ったら全ての魔法が解除されるので、やはり見付かってしまう。
「セレバーナ?」
「ん?どうした?」
二人共透明なので、微動だにせずに考え込まれると一人ぼっちになったのではないかと不安になる。
「あ、いえ……。いざと言う時の紙片も有りますし、正面から行くのはどうですか?怪しい人も見えませんし」
「そうだなぁ。それが出来れば苦労は無いんだが……無理矢理通るには博打が過ぎる」
少し下がって民家の影に入ったセレバーナは、集中を解いて姿を現した。
「考えていると日が暮れるな。ぶっつけ本番だが、試してみるか」
ペルルドールもその後を追い、姿を現す。
「何をですの?」
「色の変化と同じく、自分を鏡にするイメージで良いと思うが……」
振り向いたセレバーナは、金色の瞳でワンピース姿のペルルドールを睨み付けた。
「な、何ですの?」
「そのまま動かないでくれ」
そう言ったセレバーナの姿がペルルドールに変化した。
「わ。変身しましたわ」
「シャーフーチがやっていた事の見様見真似だが、上手く出来た。どうだ?変なところは無いか?」
ニセペルルドールがその場で一回転する。
初めて自分の背中を見た金髪美少女が小首を傾げる。
「完璧にわたくしですわ。でも、一回転したのにワンピースの裾や髪の毛が動いていませんわ」
「ぶっつけ本番なので、それくらいの不自然さは仕方ない。ペルルドールが姿を消して私がこの姿で行けば、先遣隊に見付かっても死ぬのは私だ」
「え?あ、身代りって事ですね。そんなのダメに決まっているでしょう。国の宝になり得るセレバーナは死なせられません」
「往来で事を起こすとも思えんがな。だが、ペルルドールが殺されるよりは事態が悪くならない」
「ダメですわ。ダメダメ。誰か一人でも死んだら今後の遠出が禁止されるんですよ?それだけならまだしも、全員の心の傷になってしまいます」
「しょうがないな。ならペルルドールに頑張って貰うしかないんだが」
「わたくしが頑張れば、危ない事は無いんですの?」
「少なくとも、遠距離からの攻撃での即死は無くなる」
「分かりましたわ。わたくしはどうすれば良いんですの?」
金髪美少女姿で笑むセレバーナ。
始めから自己犠牲をする気は無い。
だが、ここまでの覚悟を見せ付ければ、少々魔法の飲み込みが遅いペルルドールも本気になって光線魔法を使ってくれるだろう。
「良く聞けよ、ペルルドール。あのな……」
同じ姿をした二人の少女は、物影でしゃがみ込みながら小声で話し合った。




