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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第四章
124/333

17

「じゃ、戻ろっか。族長さんの家は、そんなに立派じゃないみたいだし」


誰に聞かせるでもなくそう言ったイヤナは、くるりと回れ右をした。


「そうだね」


一緒にテレパシーを受信していたサコも振り向き、来た道を戻った。

しかし行く当てが有る訳でもないので、観光の中心地である広場で足を止める。

何か新しい情報はないかと周囲を見渡してみる。

宿屋、土産物屋、レストラン。

それらは広場を囲む様に軒を連ねていた。

どんな祭をするのかは知らないが、明らかに広場を見渡し易い様に配置されている。


「あそこでお昼ご飯にしようか」


レストラン自体は何軒も有ったが、開いているのはイヤナが指しているそこだけだった。

と言うか、ドアも暖簾も無いから開いている風に見えるだけだった。


「本当に営業してるのかな」


サコが不安そうに言う。


「分かんない。やってなかったら別のお店を探せば良いよ。――こんにちはぁ~」


イヤナが恐る恐るお店に入ってみる。

お客は一人も居ない。


「いらっしゃい。おや、旅人さん?今時珍しいね」


若い看板娘が接客に当たってくれたので、イヤナとサコは安堵する。

彼女も質素だが肌の露出が多いドレスを着ている。

食べ物屋の店員なのにエプロンは着けていない。


「ここに来るまでに、飽きるほど珍しがられましたよ。えっと、この街の名物料理を二人前ください。それで良いよね?サコ」


無言で頷くサコ。


「あいよ。ちょっと待っててね」


二人組の客を適当な席に座らせた看板娘は、店の奥に消えて行った。

その背中を目で追いながら呟くイヤナ。


「しかし、奇妙なもんだね」


「何が?」


「今まで会った人全員、近い内に殺されるかも知れないんだよね。数日後には誰も居なくなるなんて信じられない」


サコは息を飲む。


「そう、だね。イヤナが言うと全然深刻そうに聞こえないけど、これはとても大変な事だよ」


アハハと笑ったイヤナは、たまに人が通る広場に目を向ける。

昼を過ぎているので気温が上がっているが、空気が乾燥しているので不快さは無い。


「私の故郷の村は飢え死にが当たり前だったからね。人の命が超軽かった。道端に死体が落ちていて、それを獣が食べているなんて普通だった」


「それはそれで凄い話だね」


サコは苦笑いするしかない。

赤髪少女の故郷話を深く訊いたらトラウマになる予感がする。


「勿論、みんな死なない様に努力したし、助け合ったりもした。それでも死んだのなら、頑張ったんだからもうしょうがないってアッサリ諦めてた」


イヤナは「でもそうじゃないんだよね」と言って額に張り付いた赤毛を払う。

暑いから汗ばむ。


「みんなに会って、色んな人に会って、初めて分かったよ。人の命は軽くないって、ね。誰か一人でも居なくなったらとても大きな穴が空くんだなって」


「そうだね。確かにその通りだ」


「助かると良いね。この街」


「それはセレバーナとペルルドールの二人に掛ってる、んだけど……」


サコが言い淀むと、イヤナがまたアハハと笑った。


「あの二人は意外と好い加減だからね。ペルルドールも、遺跡に来た時と今じゃ全然別人だし」


「ペルルドール様がどうしたって?」


看板娘が手ぶらで戻って来た。

慌てて姿勢を正すイヤナとサコ。


「ううん、何でも無い」


イヤナは両手を振って誤魔化す。


「ふーん。えっとさ、何でも無い日のこんな時間だから、ちょっと時間が掛るって。待てる?」


馴れ馴れしい店員さんだな、と思うサコ。

しかしイヤナは気にしない。


「全然平気」


「良かった」


看板娘は屈託の無い笑顔になる。

イヤナがより人懐っこくなった感じの性格みたいだし、年も近いっぽいので、こんな状況じゃなかったら友達になれそうだ。

と思っていたら、看板娘は隣のテーブルの椅子に座った。

そして前のめりになって口を開く。


「ところで、そのペルルドール様の事なんだけど――噂じゃ復活した魔王に誘拐されたって話じゃん。本当なの?」


イヤナとサコは、返事に困ったせいで微妙な表情になる。

王女と私達は修行仲間なんだよ!とは絶対に言えない。

この街に入る直前、第二王女の存在が知られて大騒ぎになったらダメだと言われていたし。


「うーん。どうなんだろうね」


サコがとぼけると、看板娘が驚いた。

背が高くて筋骨隆々の人間が妙に可愛い声を出したから。


「おや。そっちの人は女の人だったのか」


しまった、と思ったサコだったが、良く考えたらここで性別を誤魔化す必要は無い。

もう族長の家の位置もセレバーナに伝わっているし。


「普通に女ですよ、私は」


「ごめんごめん。良い身体してるからさ。良く見れば胸も有るね」


アッハッハと笑う看板娘。

直後、獲物を狙う猫みたいな目になる。


「女二人で旅行なんて、ますます珍しいね」


「まぁ、色々有って。それよりペルルドール、様、どうかしたの?」


イヤナが訊くと、看板娘は大袈裟に肩を竦めた。


「さぁ?上の人達がそれで大騒ぎしてるって、大分前の新聞に書いて有ったから。あんた達が話しているのを聞いて、ちょっと思い出しただけさ」


「上の人って、王様とかの事?」


「いや、この街の偉い人」


「族長さん?」


「族長もだけど、貴族やら兵隊やら役人やら」


「ふーん。まぁ、偉い人の事は私には分からないよ」


イヤナが唇を尖らせて不機嫌そうに言うと、看板娘は自分のふとももを勢い良く叩きながら立ち上がった。


「そりゃそうだ。そろそろ厨房を見に行ってみるよ」


看板娘は手を振りながら奥に行った。


「セレバーナに伝えておくか」


小声で呟いたイヤナは、目を瞑ってテレパシーに集中する。


『セレバーナ。聞こえる?』


『どうした?』


遠く離れているから届くか心配だったが、何とか返事が聞こえた。


『ちょっと声が小さいけど、聞こえるね。あのね。この街の偉い人が、ペルルドール誘拐事件で大騒ぎしてたんだって。勇者様が来たアレ』


『ほう。あの勇者騒ぎか。それで?』


『それだけ。大分前の新聞に書いて有ったそうなんだけど、それ以上の事は下々には伝わってないみたい』


『そうか。それは――』


セレバーナの思念が段々と遠くなって行く。

彼女がテレパシー中に考え事をするとこうなる。

こうなると、しばらくはテレパシーが届かなくなる。

まぁ、かなり遠くに居るみたいだし、魔力の無駄遣いは止めておこう。


「一応、セレバーナに伝えたよ」


「うん」


サコが頷くと、料理を持った看板娘が戻って来た。


「お待たせ!チャンダージャって言って、これがこの街の名物料理さ」


二人の少女の前に置かれる二枚の皿。

それには大雑把に切り刻まれた肉の欠片が山盛りになっていた。


「これはまた豪快な料理だね。頂きます」


肉にフォークを刺したイヤナは、それを頬張った。

ちょっとスパイスがきつかったが、二口三口と食べ続けるとそれがクセになる。

この味の発想は無かった。

面白く、美味しい。


「んで、これがミハストッタ」


色んな豆を纏めて煮込んだ物。

大味だが、これも美味しい。

調味料に何を使っているのか分からないのは、きっとこの街特有の物を使っているからだろう。


「飲み物は酒しかないけど大丈夫?」


「ああ、未成年だからダメです」


イヤナ頭を横に振る。


「私も結構です」


サコも勢い良く肉を食べながら頭を横に振った。


「祭になったら子供でも酒を飲むもんだけど、今は平日の昼間だしね。水をサービスしてやるよ」


地下水が豊富な最果ての村では水はタダだが、滅多に雨が降らない南の国の水はお金を出して買う物らしい。

しかし、そんなに高い物ではないので、気に入った相手には気軽に奢ってあげる事も有ると言う。

夏場の水不足時は金塊より高価になるから出来ないそうだが。


「うん。お腹いっぱい。さて。この後、どうしようかな」


食事を終えたイヤナは、満足気にお腹を擦りながら考える。

情報収集しながら遊んでいろと言われたが、何をしたら良いか分からない。


「この街の名所って、何が有る?」


サコが食器を片付けに来た看板娘に訊く。


「そうだね。祭の資料館なんてどうだい?他に良いところは、ちょっと思い付かない」


「この街の人達って、本当にお祭が大好きなんだね」


イヤナがそう言うと、看板娘はニカッと笑った。


「私達の誇りと自慢だからね」

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