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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第四章
118/333

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「私達もお部屋に入っても宜しいでしょうか。私はペルルドールと共に修行している、セレバーナ・ブルーライトです」


「サコ・ヘンソンです」


「唯一の一般人。イヤナです」


頭を下げる三人の少女。

女騎士は、それを見て眉を顰める。


「ブルーライト様は、確か黒髪では……」


「ああ、これは失礼。魔法の修行で髪の色を変えていたんです。戻しましょう」


一呼吸して魔力を解放したセレバーナは、金色だった髪を黒に戻した。

他の二人も元の色に戻す。

その光景を茫然として眺める女騎士。


「本当に魔法の修行を……。で、では、みなさんも部屋の中に」


部屋の中に入った女騎士は、ペルルドールに椅子を進めた。

椅子はひとつしかない為、他の人は立ったまま。

男の騎士達は開きっ放しのドアの向こうで控えている。


「名乗りがまだでした。私はエルヴィナーサ国第二王女護衛団団長、プロンヤ・ウヤラです」


プロンヤは、利き手に持った剣の柄を少女達に向けながら胸を張った。

部屋の隅には彼女の物と思われる真っ赤な全身鎧が置かれている。


「遺跡に来た護衛団の中には貴女は居ませんでしたよね」


セレバーナの疑問に応えたのはペルルドール。


「彼女には城の方を任せたんです。そんな事より」


は、と言って跪くプロンヤ。


「詳しく説明したいのはやまやまなのですが、ヴァスッタ族殲滅作戦は極秘任務の為、関係者しか詳細は分かりません」


「こんな事をしておいて、プロンヤも詳細が分からないんですの?」


「はい。ですので、姫様に城に戻って頂きたいのです」


「わたくしなら極秘任務の詳細を調べられる、と?」


自分の胸に手を当てて言うペルルドールに頷くプロンヤ。


「姫様にその様な事を御頼み申し上げるのは極刑物だと言う事は重々承知しておりますが、時間が無いのです」


「数日後には数十万人の命が消えるかも知れない訳ですからね。仕方が無いでしょう。許します」


ペルルドールは、王女らしい威厳を込めて頷く。


「で、爺の状況をわたくしに知らせようとしていたそうですが、そちらはどうなってますの?」


「はい。姫様の弟子入りによって姫城が空になった事が明るみに出ました。それ自体は予想されていて、ラックソーマン殿が誤魔化す予定だったのですが……」


唇を噛むプロンヤ。


「ラックソーマン殿の孫であるドナ・ラックソーマンがなぜか祖父の罪を被りました。その罪を償う為、彼が殲滅作戦の隊長になったのです」


「なぜそんな事になってしまったんですか?」


「恥ずかしい話ですが、関係者の誰もが知らない内にそうなってしまったのです。孫は姫城とは無関係な騎士ですので、そちらで話が進んでいたのでしょう」


「その作戦で武功をあげれば、彼の罪は許されると?」


「それについての詳しい事情も関係者以外には知らされていません。しかし」


プロンヤの表情が引き締まる。


「姫様が魔王の許に行かれた罪を被るべきは、護衛団団長である私。彼ではありません。なのに、姫城関係者が総出で訴えましても、聞き入れて貰えないのです」


「となると、ペルルドールの家出を言い訳にしているだけで、目的はあくまでヴァスッタ族殲滅ですね」


セレバーナは腕を組む。


「全ての罪を、そのドナ・ラックソーマンとやらに押し付け、国は知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりかも知れません」


女騎士は無言でツインテール少女に瞳を向けた。

その瞳は緑色だった。

一般人なら一歩引いてしまう眼力が籠っていたが、セレバーナは平気で続ける。


「この場合、殲滅作戦を指揮した者は軍を勝手に動かした狂人として処刑される。つまり闇に葬られるそうですが、本当でしょうか」


プロンヤは視線を泳がせている。

女騎士の心が乱れている事を見抜いているセレバーナは、制服の胸に付いている神学校の紋章を指差す。


「神学校には国中の出来事を記録している部活が有りますので、殲滅作戦の罪を押し付けられた騎士の話は噂程度には聞いているんですよ」


王女から顔を背けたプロンヤは、言い難そうに唇を噛む。


「……表向きには、その様な事実は有りません。ですが、それで行方不明になった先輩騎士を知っていますので、私は事実だと思っています」


「な……何ですか、それは」


始めて知る情報にショックを受けるペルルドール。


「この手の話は、王座に着いた者の耳には自然と入る事になるだろう。殲滅作戦は、王の許しも無しに出来る事ではないからな」


そう言うセレバーナに頷くプロンヤ。


「逆に言えば、王座に着いていない者には知り得ない事なのです。ですので、王位継承権第一位である姫様しか頼れないのです」


「なるほど……」


ペルルドールは床を見詰める。

ヴァスッタ族を救うにはペルルドールが動くしか無い様だ。

だがしかし、それは仲間を危険に晒す事になる。


「プロンヤ……。わたくしは……」


ペルルドールは、四人の弟子の中で自分が一番の未熟者と言う事実がどうしようもなく情けなく感じている。

大勢の人に迷惑を掛ける価値がこの修行に有るのか、今更ながら疑問を持ち始めた。

ここは破門され、一人で王城に帰るのが一番ではないだろうか。


「確か、殲滅作戦の決行日は明後日でしたよね。それは部隊の出発日ですか?それとも、部隊が剣を抜く日ですか?」


セレバーナは、落ち込み、無言になったペルルドールを横目で見ながら訊く。

プロンヤは力強く頷く。


「部隊の出発日です」


「では、まだ出発していないのですね?」


「出発していません。だからまだ間に合います。――ドナ・ラックソーマンは優秀な人物です。しかもまだお若い。このまま彼の未来を潰すのは、とても惜しい」


「その作戦の参謀の名前はご存知ですか?」


「いいえ。隊長と部隊名を知れたのは、隊長の祖父、つまり姫様の御世話役が偶然聞いたからです。極秘作戦を事前に知れた事は奇跡に等しい」


「分かりました。ところで、ペルルドール。君は馬に乗れるか?私は乗った事が無いんだが、そんな私を後ろに乗せて走れるか?」


顔を上げたペルルドールはセレバーナに頷いてみせる。


「大丈夫、だと思います。セレバーナが怖がらなければ」


「サコとイヤナはどうだ?」


「本物の馬を見たのは今日が初めてだよ」


なぜか胸を張るイヤナ。


「乗った事が有る程度だね。幼い頃、家族で牧場に行った時に。今も乗れるかはやってみないと分からないな」


サコは肩を竦める。


「そうか。なら我々だけでは間に合わないな。騎士様達に乗せて貰う手も有るが、武具を身に着けなければならない彼等は派手過ぎて隠密行動向きではない」


組んだ腕を解いたセレバーナは、思考しながら腰に手を当てる。


「殲滅部隊に潜り込む作戦は、どうにも上手く行きそうもないな」


それを聞いたプロンヤが慌てる。


「いくらなんでも危険過ぎます!殲滅部隊は有象無象の集まりだ!しかも、大量殺戮を目的としています。姫様でなくても、貴女達の様な非力な少女が――」


片手を上げてプロンヤの言葉を止めるセレバーナ。


「ええ、分かっています。ですが、私達は魔法使いの弟子。こんな事も出来るんです。先程の髪染めの魔法の応用ですが」


セレバーナは意識を集中し、自分が透明になったイメージを思い浮かべる。

すると、黒髪少女は見事にその場から消えて見せた。

驚くプロンヤ。


「なるほど。潜入作戦にはうってつけの魔法ですね。しかし……」


「部隊に魔法使い軍が居た場合は、簡単に見破られます。だから却下します。次の手は、ヴァスッタ族全員を事前に避難させる、と言うのはどうでしょう?」


消えたまま言うセレバーナ。


「は?」


プロンヤはポカンと口を開ける。

発想が突拍子も無さ過ぎて、すぐには意味が分からなかった。


「殲滅作戦は占領行為ではありません。ですから、一時的に姿を消せば災いから逃げられます」


「なるほどー。誰も居なければ、その部隊は手ぶらで帰るしかないもんねー」


イヤナが笑顔で言う。

仲間が何を言ったかを絶対に理解していない。


「ひとつの街の人達を、全員避難させる?そんな無茶な」


プロンヤは呆れる。

何十万人もの人間を他の場所に移動させられる訳が無い。

数日以内と言う制限時間が無ければ可能かも知れないが、それでも現実的ではない。


「まぁ、十中八九、避難は失敗するでしょうね。しかも、情報を漏らした人物は処分される。貴女達が、です」


プロンヤを指差しながら姿を現すセレバーナ。


「誰も得しない骨折り損、で終わる可能性が高い。誰も助からないかも知れない。我々も傷付くかも知れない。だが、他に案が有るか?ペルルドール」


訊かれた金髪の美少女は一瞬だけ唇を噛んだ。


「何も知らない自分が嫌で城を出たんです。だから、なぜこんな事が起こったのか、その真実が知れる自分になりたい。案は、まだ有りませんが……」


「真実、か。第二王女がちょっかいを出した事で部隊が戸惑い、王都に伝令を飛ばす可能性が有るが、本当に良いんだな?」


「勿論です。例え王のお怒りを買おうとも、時間を稼げればヴァスッタ族を救う案を思い付けるかも知れませんしね」


「ペルルドールは予想される責任の全てを背負う覚悟が有るんだな?」


「わたくしの王位継承権が剥奪されても、お姉様がいらっしゃいます。国が混乱する事は無いでしょう」


「そうだな。覚悟を決めているのなら、私はもう何も言うまい」


「姫様……」


プロンヤは頭を下げる。

ペルルドールは十三歳の子供だが、その心は立派な王女だった。

下手をすれば第二王女の首が落ちる話の流れになってしまったが、そんな事態になったら私が身代りになりましょう。


「では、人助けではなく、外に漏れない政治の暗部とやらを見学に行ってみるか。結果的にヴァスッタ族を助けるかも知れないが」


腕を組んだセレバーナは、視線を壁に向けてそう言った。

その声に嫌々っぽい雰囲気を感じたペルルドールが悠然と立ち上がる。


「殲滅隊潜入は中止ですよね?となると、直接ヴァスッタに行きますの?」


「そうだ。代替案が思い付かなかった場合は避難案で行こう。そっちの方が安全だからな。私達が」


インドアな元神学生は、無駄になるかも知れない避難勧告を面倒臭がっている様だ。

だが、行くと決めた以上、そこに触れて話を混ぜっ返すのは時間の無駄だ。


「え?避難は絶対失敗するんじゃないの?そして騎士様が処分されるって、さっき」


やはり話を理解していなかったイヤナが仲間達の顔を見渡す。

そんな赤毛少女に笑みを向けるセレバーナ。


「細かい事は気にするな。我々四人の目的はあくまでも魔法の修行。そして四人が生き残る事だ」


組んでいた腕を解いたセレバーナは、ペルルドールの青い瞳と視線を合わせた。


「だから、同門として命令口調で言う。ヴァスッタ族の虐殺が始まったとしても、大人しく遺跡に帰ると約束しろ。承知しないならここで遺跡に帰るぞ」


セレバーナの金の瞳を見返したペルルドールは、眉間に皺を寄せながら目を瞑った。

力及ばずに殲滅作戦が始まってしまったら、その詳細は爺の孫と共に歴史の闇に消える。

第二王女が動いた証拠も消されるだろう。

そうなってしまったら、もう何の主張も出来ない。

悔しいが、全てを忘れて日常に戻らなければならないとセレバーナは言っている。


「約束しますわ」


わたくしが望む物は真実。

そして、それを得る力を身に付ける為の魔法の修行は最後までやり通す。

そう決意して、青い瞳を見開いた。

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