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「そんな訳で、私は封印されている身です。多くの秘密が有りますし、大きい魔法も使えません。私の心掛け以前に、師匠としては力不足でしょう」
男なのに黒髪を伸ばしているシャーフーチは、弟子希望者達の顔を再び見渡した。
最初は全員が緊張していたが、今は妙に警戒されている表情へと変化している。
いや、赤毛の少女だけは変わらずに緊張したまま。
「また、貴女達は、魔法の修行を行うと同時に、生活の糧を得る為の仕事をしなければなりません。自分の食い扶持を自分で稼がなくてならないのです」
シャーフーチは懐から金色の指輪を取り出し、円卓に置いた。
「封印の丘と言う土地柄、通いで学ぶつもりの人は居ないでしょうが、一応伝えておきます。魔法使いの修行は例外無く住み込みです」
「だから自分で生活費を稼げ、と言う訳ですね」
そう言う赤毛の少女に頷いて見せるシャーフーチ。
「これは魔法使いの弟子になる者全員に課せられる課題です。拒否は許されません。修行に無関係な労働が嫌なら弟子にならないでください」
ふたつ目の指輪が円卓に置かれる。
「魔法使いは、今では絶滅危惧種です。一人前になったら尊重はされるでしょうが、魔法使いとして大活躍する明るい未来は想像出来ません」
みっつ目の指輪。
「更に、魔王である私は魔法使いギルドに所属出来ません。ギルドの援助は他より少ないでしょう。その点でも苦労すると思われます」
そして、よっつの指輪が円卓に並べられる。
少女達の人数分。
「それでも魔法使いになりたいのなら、本名を名乗ってください。名乗った時点で、貴女は私の弟子です」
四人の少女が指輪を見詰めている。
当然だが、かなり悩み戸惑っている様だ。
しかしここはあえて厳しい言葉を続ける。
「弟子は師匠に絶対服従です。指示や命令に背く時は、師弟関係の破棄であると覚えておいてください」
ツインテール少女が手を上げて発言する。
「それがセクハラやパワハラでもですか?」
「魔法の修行に関係が有るのなら、拒否出来ませんね」
「それ系の魔法が有るのですか?言ってしまいますが、性的な方面の魔法が」
「貴女達の素質を知りませんので、分からないと答えるしかありませんね」
「ふむ……。では、私達の素質次第では、エログロな修行をするかも知れないと言う訳ですね?」
少し考えたシャーフーチは、力強く頷く。
「この場で曖昧な事を言うのは良くありませんね。断言しましょう。必要ならします。無いと思いますがね」
怯む少女達。
しかし神学生だけは冷静なままだ。
「失礼を承知の上で言わせて貰います。貴方はかなりの面倒臭がりだ。先程出た話から察するに、この弟子入り自体、貴方は望んでいない」
神学生は一呼吸置き、聞き手の意識をより自分に向けてから言葉を続ける。
「だから訊きます。貴方は私達を一人前にするつもりは有りますか?そして、この儀式にウソは有りませんか?」
困り顔のシャーフーチは神学生の目を見た。
真っ直ぐな瞳で返答を待っている。
「なるほど。魔王を師とするには信用を確実な物にする必要が有る。そう言う事ですか」
神学生の真意を悟ったシャーフーチは低めの声で応える。
「私には誓いを立てられる存在が無いので、私の命に掛けて誓います。貴女達が諦めない限り、私は貴女達を見捨てません。儀式にはウソが有りません」
「その誓い、私が聞きましょう」
ツインテールの少女はシャーフーチに向かって右手を翳した。
その手には円に囲まれた十字星が紋章となっているブローチが下げられている。
「そのブローチ、神官の証ではありませんか?神学生が持てる物ではないと思いますけれど」
金髪美少女が目を剥いた。
「魔王のお膝元に来るのですから、魔除けは必要でしょう?だから神官の資格を取ったんです。神学校はそれが可能な場所でしたから」
ツインテール少女は、まるで遠足のお菓子を買って来たかの様に言う。
弟子募集の手紙が届いてから満月までは、約半月。
そんな短期間で取れる資格ではない。
最低でも一年は集中して勉強をしなければならないくらいの物だ。
「はっはっは。貴女は実に頼もしい」
シャーフーチが朗らかに笑う。
直後笑みを消す。
「問題は性的な方面だけではありません。例えば力の付いた貴女達に国王を暗殺して来いと私が命令したら、貴女達は拒否出来ません。弟子の内はね」
質の悪い例え話に金髪美少女が気色ばむ。
シャーフーチはそれを無視して言葉を続ける。
「魔法使いが王家に牙を剥くのは世の為人の為にもなりますしね。それが絶対服従の意味であり、目的です」
金髪美少女は我慢出来ずに口を開く。
「そんな事をしたら、ギルドは王家に潰されます!王家は常に敵を蹴散らしますから!」
「潰されません。絶対に」
「何故ですの?」
シャーフーチは神学生に目配せした。
それを受けたツインテール少女が微かに迷惑そうな顔になる。
「私は解説役ではありませんが」
「ですが、私よりは詳しいでしょう?」
ツインテール少女は「仕方有りませんね」と呟いてから金髪美少女に身体を向ける。
「王家と魔法使いギルドは太陽と月の関係である事はご存じですか?」
「はい。王家は太陽を象徴し、ギルドは月を象徴としています。そして、女神に仕える神官は星ですよね」
神学生は頷く。
「王家は、ギルドが牙を剥く事を許す誓いを立てています。国王が独裁政治をしない様に」
万が一国王が暴走したら、ギルドの名の許でクーデターが起こる。
それは王家転覆が目的ではなく、あくまでも政権交代、つまり世代交代を促す物だ。
簡単に言えば、狂った現国王を王座から引き摺り下し、王子か王女を次の国王にする為の運動である。
「だからギルドは民草を助ける仕事を主にしています。いざとなったら民衆を味方にする為に」
神学生はシャーフーチに金の瞳を向ける。
「ギルド側も、魔法使いには国王への忠誠を誓わせています。第二の魔王を生まない様に。だから先程の例え話は魔王以外の魔法使いは口に出来ない」
冗談でもそんな事をストレートに言ったら、ギルドに魔法使いの資格を取り上げられる。
もしも別の師の許で同じ儀式を受けたら、もっと遠回しな言い方をされていただろう。
内容は一緒でも、言い方次第で受け取り方が違う物になる。
「このふたつの誓いは矛盾しています。太陽と月が並んで空に浮かぶ事が無い様に。まぁ、昼間の月が有りますが、今はそれを無視しましょう」
「どうして無視しますの?」
「王家とギルドが並んで動く時。それは国の一大事です。魔王軍、つまり大量の魔物相手の戦争が起きればそうなるでしょう。が、今の私達には関係無い」
「確かに、その通りですわね」
「話を戻します。矛盾した誓いですが、国民の生活を守る為には必要な誓いです。王家は自らを律して政治を行い、ギルドは国民を助ける。不都合は無い」
「なるほど。しかし、そんな事は習いませんでした……」
「習う前にここに来たのでしょう。そして、神官は常に中立です。どちらの味方もしない」
神学生は円に囲まれた十字星のブローチを掲げる。
「しかし、月と星は夜に出る物。昼間の月が有っても、昼間の星は無い。その意味は、ご自身で考えてください」
「はい……」
金髪美少女はしおらしく頷く。
解説が終わった様なので、シャーフーチは一際大きな声を上げる。
「これまでの話を全て踏まえた上で、深く考えてください。弟子になるかどうかを。これは貴女達の人生を左右する決断です」
石造りのリビングは、闇に相応しい静寂に包まれた。