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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
107/333

36

キッチンの煙突から煙が出ている事に気付いたシャーフーチがリビングに降りて来た。

そして、円卓に着いてチェスを指している二人の少女を見て驚きの声を上げる。


「貴女達、なぜここに居るんですか?下の村の手伝いに行ったのでは?」


「一服中です。全て予定通りで、何の問題も有りません」


妙に量が多い黒髪を固く編み上げているセレバーナは、イヤナがヒマ潰しで作り置きしていたクッキーを齧りながら応える。

キッチンの小棚に入っているお菓子は、誰がいつ食べても良い事になっている。

ただし、当然のマナーとして、一人占めは無しと言う暗黙の了解が有る。

また、食べた人間が砂糖などの材料の買い足しをしておけば、小棚のお菓子の補充が早くなる。


「そうですか。それなら良いのです」


アッサリと納得したシャーフーチは、さっさと二階の自室に戻って行った。

そんな師匠を見ながらビショップを動かすペルルドールも金髪を編み上げている。


「彼は五百年もああして自室で過ごして来たのでしょうか。確か、最初に遺跡に入ったのはイヤナで、その時は生活感がまるで無かったとか」


「さぁな。秘密が多過ぎて、追求するだけで疲れそうだ。しかしヒマ潰しは出来そうだから、ヒマな時に探りを入れてみようか。歴史の証人だしな」


ルークを動かすセレバーナ。

するとペルルドールの眉が微かに上がった。


「……むむ」


今後の展開を読むと、このチェスはセレバーナの勝ちで終わりそうだ。

勿論黒髪少女はそれを承知しているので、窓の外に金色の瞳を向けた。


「さて。そろそろ下の村に行くか」


負けたペルルドールがお茶の道具を洗い、セレバーナがチェス盤を片付けた。

忘れずに日避けの被り物を身に付け、庭に出る二人。

小さなビニールハウスの内側に水滴が付いているので、不具合無く中の温度が上がっている。

それを確認してから丘を降り、農家の母屋に行く。

丁度昼食時で、農家の人達と親戚の人達が居間でおにぎりを食べていた。

人数が多いので、キッチンや廊下にまで人がはみ出している。

イヤナとサコ、大学生の男三人は、居間近くの縁側でおにぎりを頬張っている。


「お疲れ様です。調子はどうですか?」


他所行きスマイルになったセレバーナが男三人に訊く。


「ええ。順調ですよ。大丈夫。今日中に終わりそうです」


ウェンダが応える。

農家の息子だけあって、さすがに彼は平然としている。

しかし、他の二人は辛そうだ。

遺跡に来たばかりの時のセレバーナとペルルドールの様に。


「そうですか。良かった。イヤナとサコも頑張って。遺跡の方も順調だから」


「頑張るよ」


セレバーナは、イヤナが頷くのを見てからサコにテレパシーを送る。


『大丈夫か?イヤナは無理していないか?君もだ。この家に迷惑が掛る様なら、私達も畑に入るが』


『今のところ、迷惑が掛る事は無いと思う。そっちはそっちの仕事をしてて』


テレパシーを終えたサコは、大皿を仲間の二人に進めた。

それには膨大な量のおにぎりが並んでいた。

しかも一個一個が大きい。


「二人もおにぎり、どう?」


「頂くよ」


セレバーナとペルルドールは靴を履いたまま縁側に座り、大皿に並んでいるおにぎりを掴む。

お菓子を食べたので空腹ではないが、タダで取れる栄養は逃さない。


「何か?」


メガネの男性の視線に気付いたセレバーナは、オニギリを口に運ぶ前に動きを止める。


「いえ、失礼しました。何でも有りません」


大きな口を開けておにぎりを食べるメガネの男性。

その姿勢には覇気が感じられなくなっている。


『デチアンさんに私の意図を見破られた様だ。彼等が逃げる様なら引き留めなくて良い。私達を呼んでくれ。畑に戻る』


おにぎりを頬張ったセレバーナは、サコにテレパシーを送る。


『分かった』


「では、私達はお先に仕事に戻ります。みなさんも頑張ってください」


一個だけ食べてお茶を飲んだセレバーナは、同じく一個だけおにぎりを食べたペルルドールと共に縁側を降りた。

二人は小食なので、これで満腹になる。

クッキーも食べたし。


「では、苗を運ぼうか」


「そうしましょう。皆様も頑張ってくださいね」


セレバーナとペルルドールは微笑みを残して母屋を離れ、遺跡に苗を運ぶ作業に入った。

そして温度が上がった小さなビニールハウスに苗を入れる。

こうしておけば、畑の土が仕上がったらすぐに植えられる。


「柄にも無く頑張ったせいで早く終わってしまったな。さて」


時刻は三時のおやつ前と言ったところか。

少し考えたセレバーナは、ペルルドールにも聞こえる様にテレパシーを送る。


『サコ。そっちは順調か?彼等は真面目に働いているか?』


『うん。今日中に終わりそうだよ』


『そうか。では、我々はこっちで春野菜の手入れでもしておこう。終わりそうになったら戻るから、連絡をくれ』


『分かった』


そして日陰で休んだり風呂場に薪を運んだりしていると、日が赤くなって来る頃にサコから作業終了の連絡が来た。

だから丘を降りて農家の母屋に行くと、男達は居間で寝転んでいた。

余程疲れたらしい。

イヤナは程良い疲労、と言う感じの表情で縁側に座っている。

だが、サコの姿がどこにもない。


「サコは?」


「片付けの手伝いに行っちゃった。凄い体力だね」


イヤナがセレバーナに笑みを向ける。

思いっ切り働いたからか、自然な笑顔に戻っている。


「そうか。畑の方は?」


「無事に終わった。明日のかぼちゃも予定通り植えられそう」


イヤナの言葉を聞いた男衆が身体を起こした。

まだやるのか?


「さすがに男性陣は体力が違いますね。助かります。明日も手伝って頂けますか?」


セレバーナは、あえて挑戦的な視線をメガネの男性に向けた。

金色の視線を受けたデチアンは、フッと笑ってからメガネを押し上げる。


「お手伝いしたいのはやまやまなのですが、明日の朝一で大学に戻らなければならないのですよ」


ウェンダとタムラムが彼を見る。

初めて聞いた、と言う表情をしている。


「自動車の調子が悪くて。一度研究室に持ち帰り、問題個所を洗わなくてはなりません」


デチアンは目でウェンダとタムラムを納得させた。

力関係は彼が一番上の様だ。


『男達の息が合っているので、これもウソではないだろうな。言い訳だろうが』


そうテレパシーを送ってから口を開くセレバーナ。


「ふむ。それは興味深い。貴方達の研究は人々の生活を楽にしてくれる可能性が有る訳ですから。頑張ってください」


「頑張ってください、か」


諦めた様な笑顔を浮かべたデチアンは、メガネを指で押し上げた。

賢い人は話が早くて助かる。

赤いほっかむりをしているセレバーナも静かに微笑んだ。


「ひとつ、聞かせてください。セレバーナさん」


デチアンが縁側に来てイヤナの斜め後ろでアグラを掻いた。


「何でしょう?」


「その才能と神学校の地位を捨て、なぜ魔法使いになろうと思われたのですか?」


セレバーナは、いつもの無表情になって腕を組む。


「貴方達と同じく、何かに頼りたくなったから、でしょうか。一番上に居ると頼られるばかりですから。それにはもううんざりした訳です」


「……なるほど」


「貴方達の努力を、私は心より評価します。ですので、協力を惜しむ事はないでしょう。ただ、今の我々は魔法の修行中。自分の事で精一杯なのです」


そこにサコが帰って来た。

手に大きな皿を持っている。


「お昼の残りのおにぎりを貰ったよ。夕食が一品増えた。さぁ、帰ろう」


頷いたセレバーナは、男性陣に作り笑顔を向けた。


「では、ごきげんよう。明日、帰る前に畑の方に顔を出してください。お別れのあいさつをせずに帰るのは無しですよ?」


男達は諦めを前面に出した笑みを返す。


「ははは、そうですね。では、また明日」


そして少女達は、男性陣や農家の人達に頭を下げてから帰路に着いた。

夕焼けの中、封印の丘を登る少女達。


「さっきの会話、どう言う意味?今日一日テレパシーで何か話し合って、みんなで何かしてたんでしょ?」


疲れを感じさせない足取りのイヤナが訊いて来た。


「簡単に言えば、今は手は貸さない。だが、車が一般的な物になる可能性が出て来たら、将来的には協力するかも知れない、と彼等に伝えただけだ」


セレバーナは夕日を見る。

未だに雪が残っている遠くの山脈の向こうに赤い太陽が沈んで行く。

遺跡に帰ったら、まずはお風呂を沸かそう。


「もっと簡単に言えば、顔を洗って出直して来い、と言ったのだ。それと……」


ニヤリと笑うセレバーナ。


「我々に小賢しい事をしようとして君を泣かせたお返しに、ちょっと畑仕事を頑張って貰った。それだけだ」


「……そっか」


イヤナはスッキリした顔で遺跡を見上げた。

二階の窓が開いていて、シャーフーチがこちらを見ている。


「そのカチューシャ、どうする?」


夕日と元の色のせいで真っ赤になっているイヤナの頭を見ながらサコが訊く。


「貰った物を使わないのは勿体無いから、大切に使う事にする。男の人からプレゼントを貰ったのは初めてだしね」


自分の頭に右手を乗せたイヤナは、プラスチック特有のツルリとした手触りのカチェーシャを撫でた。


「初恋は実らないってセレバーナも仰いましたでしょ?あまり引き摺るのも良くないと思いますよ?」


ペルルドールが心配すると、イヤナの顔が夕日に負けないくらい赤くなった。


「そんなんじゃないってば!……まぁ、どっちにしても、最初から何も始まってなかった訳だから、もうどうでも良いよ」


イヤナは振り返り、夕飯作りの煙があちこちで上がっている最果ての村を見た。

あそこの住人になる将来は、多分これで無くなった。

でも、それで良いのだ。

ここでの生活はまだ始まったばかりなのだから、ゆっくりと修行を続ければ良い。

将来の心配はその時が来たらで良い。


「そうだな。彼等との問題は、これで終わりだ」


「うん!おしまい!」


イヤナは、いつもの裏表の無い笑顔で頷いた。

次の長期休暇で彼等が帰って来たとしても、この笑顔で会う事が出来るだろう。


「おかえりなさい、みなさん。お疲れ様でした」


遺跡の石門を潜ったら、二階の窓からシャーフーチがねぎらいの言葉を掛けて来た

笑顔で帰って来ているイヤナ達を見て問題の解決を悟ったのだろう。


「ただいま戻りました、お師匠様!」

第三章・完

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