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イヤナとサコがクワで畝を作り、セレバーナとペルルドールでトウモロコシの苗を植えて行く。
このやり方もおなじみになったので、必要最小限の打ち合わせで仕事を進められる様になった。
「こんな物が、あの美味しいコーンに変わるんですのね」
丁度良いサイズの麦わら帽子を被っているペルルドールは、知らなければただの草にしか見えない小さな苗を人差し指でつつく。
「そうだよ。遺跡の庭に植えたら、大切に育てようね」
日焼けを気にしていないイヤナが笑顔で言う。
少しぎこちなく見えるのは気のせいではないだろう。
そうして三十分か四十分くらい仕事をしていると、ようやく三人の男達が現れた。
思いっ切り寝起き顔だが、土で汚れても良い格好をしている。
『やはり畑に出る準備をしていたな。この一大行事を無視したら我々の心証が悪くなると考えていたのだろう』
家の仕事をサボる様な男の研究は信用ならない。
天才と噂されているセレバーナならそう判断してもおかしくないし、大勢の人と関わり合いになる王女も怠け者に気を向けたりはしないだろう。
彼等の判断は正しい。
『で、わたくし達はどうするんですの?この声は、魔法封じの指輪のせいでイヤナには聞こえていないんですのよ?』
ペルルドールは、無表情で苗を植えているセレバーナにテレパシーを飛ばした。
『だから、ここに来る前に言ったじゃないか。イヤナにはいつも通り作業して貰うと。ペルルドール、サコ。今後、口での質問は遠慮してくれ』
『分かりましたわ』
『分かった』
イヤナを見ると、男達に背を向けて黙々と農作業をしている。
いつもなら真っ先に挨拶するのに、今日に限っては知らないフリをしている。
やはり意識しているか。
「おはよう、みんな。朝早くから頑張ってるね。手伝いに来たよ」
ウェンダが爽やかに片手を上げた。
「おお、助かります。我々だけでこの広い敷地にトウモロコシを植えるのかと思って嘆いていたところです」
苗から顔を上げたセレバーナが愛想の良い笑顔になる。
神学校の寄宿舎生活では年上の人達との良好な人付き合いが避けて通れなかったので、様々な表情を作る練習が必須だった。
無邪気に笑うと調子に乗ってると言われるし、感情のまま泣いたり怒ったりすると生意気だと煙たがれるから。
普段の無表情も、余計な敵を作らない様にするにはどうしたら良いかと模索した結果の物だ。
その成果がここでも発揮された事になる。
「君達に助けてくれと言われたら来ない訳には行かないからね」
メガネの男が笑顔を返す。
少しだけ遅れて来た整髪料臭い男は、ちゃんと金髪が整えられている。
「ありがとうございます。では、イヤナ、サコ。予定通り、後を任せる。行くぞ、ペルルドール」
「へ?あ、はい」
黒髪と金髪の少女二人が立ち上がり、男性陣の方に行く。
「貴方達のお陰で我々は我々の仕事が出来ます。では、宜しくお願いします」
セレバーナは、赤いほっかむりの頭を下げながら畑から出る。
「宜しくお願いしますわね」
ペルルドールは困惑を顔に出さずに王族スマイルを見せる。
モンペ姿の二人はそのまま男達を素通りし、堂々と母屋の方に行く。
『サコ。我々は遺跡の方の畑をやる。君とイヤナは、交代で休みながら仕事をしてくれ』
セレバーナがテレパシーを送る。
『男達は、なるべく休ませるな。今日中に終わらせなければ我々が怒られるとでも言えば手を抜かないだろう』
『分かった』
サコからの返事を聞いてから、作戦を理解したペルルドールもテレパシーを送る。
『分かりましたわ!彼等を働かせ、わたくし達は楽をしようって作戦ですわね!』
『そうだ。彼等は我々の為に働きたがっているからな。何も問題は無い。シャーフーチに破門される事も無い。農家の人達も協力してくれた』
人手が足りないからアルバイトの少女達が救援を求めている、と彼等に伝えてくれとウェンダの両親にお願いした。
それを聞いた男達が姫を助けるナイトよろしく駆け付けた、と言う訳だ。
野心が有る彼等が少女達の乞いを無視する訳は無い。
『罰としては少々生温い気もしますが、誰も不快にならない素晴らしい作戦ですわ!』
ペルルドールが上機嫌になる。
『イヤナは報復に喜びを感じるタイプではないだろうから、彼等に痛い目を見せても悲しむだけだと思う。彼女の心にこれ以上の負担は掛けない方が良いしな』
『そうですわね』
モンペ姿の二人は、無人で寒々としている農舎に入る。
『ここで何を?』
「もう口で喋っても良いぞ、ペルルドール。私達だけ遊んでいる訳にも行かないからな。遺跡の方にビニールハウスを作る」
「えー……」
ペルルドールが不服そうな声を出す。
「心配するな。簡単な小さい奴だから、すぐ完成する。ウチの畑は、まだ土が出来ていないからな。出来るまでの間、一時的に苗を入れて置く物だ」
「春野菜の時みたいに最後に運べば宜しいんじゃなくて?」
「それだとトウモロコシ畑に戻って苗が余るのを待たなくてはならないだろう?彼等に楽をさせても良いのか?」
「それは……」
「私達は魔法の修行の為にバイトをしている。ただ、彼等のお陰で少し楽が出来るだけだ。それに甘えては自分の為にならない」
厳しく言ったセレバーナは、農舎内に有る資材を選別する。
「それに、我々の苗を残しておくと次の苗の準備に入れない。その分、農家の人の手間が増える。そんな迷惑は掛けられない」
ペルルドールは唇を尖らせてふてくされた顔をしたが、思い直して渋々セレバーナに従う。
「そうですわね。これも修行の内ですわね」
猫車に資材を積んだセレバーナは、それを押して封印の丘を目指す。
ペルルドールは固くて黒いビニール製の紐の束を肩に担いでそれに続く。
「まぁ、それは建前だがな」
「え?」
「さて、作業に取り掛かるか」
遺跡に着いた二人は、夏野菜用の畑の隅にビニールハウスを作り始めた。
竹ひごをアーチ状にして地面に刺し、それを等間隔に並べる。
それに分厚くて透明なビニールを被せ、風で飛ばない様に周囲に土を被せた。
「これで完成ですか?」
ビニールハウスのミニチュアの様な物が出来上がったので、ペルルドールは中腰になってそれを眺める。
村のあちこちに有る物とは形が違う気がする。
「まだだ。これだと強い風に負けてしまう」
セレバーナは、猫車から数本の金属の棒と一本のトンカチを取り出した。
「アーチになっている竹ひごと竹ひごの合間の部分にこの棒を刺してくれ」
「ここですの?」
三十センチほどの金属の棒を受け取ったペルルドールは、頭の方の二センチが直角に曲がっているそれを言われた場所に差す。
「棒の真ん中辺りを軽く抓んで支えてくれ。そうだ。行くぞ」
セレバーナは鉄の棒をトンカチで叩く。
頭が曲がっていたのは叩き易くする為だったのか。
狙いがずれて自分の手が叩かれるのではと戦々恐々としていたペルルドールだったが、そんな事故は起こらなかった。
「次だ」
横にずれ、同じ様に二本の竹ひごの合間に棒を差す。
両側の全てに釘を刺したら、黒いビニール紐を曲がっている釘の頭に結んだ。
ビニールハウスの天井を押さえ付ける様にビニール紐を横断させ、反対側の釘の頭にきつく縛る。
竹ひごの部分が膨らみ、紐で縛った部分がへこんでいるビニールハウスが完成した。
「これで良し」
小さいが立派なビニールハウスが出来た事に満足したセレバーナが畑から出る。
「さて。この中の温度が上がるまでお茶でもしようか。私がお湯を沸かすので、ペルルドールはお菓子とカップを用意してくれ」
「あら?怠けても良いんですの?」
ペルルドールも小首を傾げながら畑を出る。
「サボる訳ではない。作ったビニールハウスの状態を確認しなければならないのだ。とても大事な時間潰しだ」
「言い方次第で重要な仕事になりますのね。分かりましたわ」
手足に付いた土を落とした二人は、キッチンでお茶の準備をした。
その後、リビングの円卓に着いてチェス板を広げた。




