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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
103/333

32

イヤナは自室のベッドに座って赤いノートを開いていた。

やっと涙が止まったから。

そのページには、自分の下手な文字でこう書かれていた。


『がんばってしゅぎょうをして、みどりのてのせんざいのうりょくをつかって』


それで書くのを止めていた。

続きは照れ臭くて書けなかったのだ。

自分の事だから、どう書こうとしていたかを知っている。

ウェンダの家に嫁に入って、あの広い畑を切り盛りする、と書こうとしていたのだ。

今から考えると、何を舞い上がっていたんだろうか。

何を勘違いしてたんだろうか。

身分も名字も無い最下層の娘が豪農の家に入れる訳は無いのに。

ぽたり、とノートに涙が落ちた。

思い返すと、ウェンダは特別イヤナの気を引こうとしていた訳じゃない。

自分の家の畑を手伝ってくれているバイトの子をねぎらい、優しくしてくれていただけだ。

それなのに勘違いしていた自分が全部悪い。


「私、バカだから……」


涙の滴でふやけたページを切り取り、細かく千切って窓から捨てた。

無数の紙片が千尋の谷に落ちて行く。

風が吹き、不規則に飛ばされながら。

その様子を眺めていたらドアがノックされた。

不意な物音に驚くイヤナ。


「イヤナ。落ち着いたらリビングに来なさい」


ドアの向こうで男の人が厳しく言った。


「お師匠様……」


「良いですか?必ずですよ」


「……はい」


ドアの前に居た気配が足音と共に去って行く。

それで気持ちが紛れたせいか、ふと空腹を感じた。


「あ、いけない!晩御飯の準備を忘れてた!」


一旦地下に行って井戸水で顔を洗ったイヤナは、小走りでリビングに入る。

円卓の上座にシャーフーチが座っていて、キッチンが何やら騒がしい。

仲間達が料理をしている様だが、慣れていないのでひとつひとつの手順を相談しながらやっている。


「夕食は彼女達に任せましょう。イヤナ。座ってください」


「はい……」


イヤナは自分の定位置に座る。


「一般人に向けてテレパシーを使ったそうですね。話を聞く限りでは無意識の内の読心術の様ですが。まぁ、同じ物です」


「はい……私、調子に乗っちゃって……申し訳、ありません……」


頭を下げるイヤナ。

充血した目が円卓の木目をなぞる。


「それは仕方がなグエッ」


キッチンから金髪美少女が出て来ようとしたが、小さな手がワンピースの首根っこを捕まえて奥へと引き摺って行った。

その奥の方から小声の言い合いが聞こえて来るが無視をする。


「他人の心を覗く事がどんなに危険か。身に染みて理解出来たでしょう」


「はい」


「今回はこの程度で済みましたが、下手をすれば貴女の心は壊れていた。涙が止まらないのはその影響です」


「え……?」


頬を触ると涙で濡れていた。

止まったと思っていたのに。


「ショックを受ける事で、自分と他人の心と意識と記憶を区別しているんです。それで良いんです」


「良く、分かりません、けど」


イヤナは土臭くてボロいドレスの袖で顔を拭う。


「分かっていたらこんな事故は起きません。とにかく、イヤナは絶対にしてはいけない事をした。それを自覚し、同じ過ちを繰り返さない様に気をつけなさい」


「はい……」


「では、禁を破ったイヤナに罰を与えましょう。師である私と視線を合わせ、沙汰を受け入れなさい」


イヤナは涙に濡れた顔を上げた。

灰色のローブを着ているシャーフーチの顔は涙のせいで歪んで見えたが、しっかりと視線を合わせた。


「明日からも、今まで通り、下の村へ手伝いに行きなさい。そして、何も知らない振りをしなさい」


「え……?」


「貴女が心を読んだ男性三人は、その事実を知らないからです。貴女が知らない振りをすれば、その事実は無かった事になります」


「そう、なんですか?」


頷くシャーフーチ。


「それはとても辛い事だとは思いますが、だからこそ罰になります。そして、それはイヤナの心を正常に保つ効果も有ります」


「私の、心……」


「そうです。目の前に問題の人物が居れば、問答無用で彼等と自分は別人なんだと認識出来るでしょう?」


「はい……」


「そうする事によって、今回の間違いで負った心の傷が癒えるのです。良いですね?」


「はい。明日もバイトに行きます」


頷くと、やっと涙が止まった。

さすがお師匠様だ。


「では、夕飯にしましょうか。みなさん、もう入って来ても良いですよ」


最初にペルルドールがリビングに入って来て、レースのハンカチをイヤナに渡した。


「これを使ってください」


「ありがとう」


次に大皿に盛ったガーリックラスクを持ったセレバーナと、干し肉の塩スープの鍋を持ったサコがリビングに入って来た。


「コラ、ペルルドール。皿を出さないか」


セレバーナに叱られたペルルドールが「いけない」と言いながらキッチンに戻る。


「料理は調理実習でやっただけだからな。味に自信は無い」


大皿をテーブルに置いたセレバーナは、無表情で腕を組む。


「私もこんなのしか作れなくて。サバイバル料理みたいで恥ずかしい」


イヤナが鍋敷きを円卓に置き、その上に鍋を下すサコ。

食器を持って来たペルルドールが皿を並べ、いつもより遅めの夕食が始まる。


「この恵みを女神に感謝します」


セレバーナとペルルドールは、習慣である食前の祈りをする。

それが済んでから、五人はラスクを齧る。


「どうだろう……?」


セレバーナは、珍しく不安そうに全員の顔色を伺っている。


「美味しいよ。ガーリックの香りが凄く生きてる」


イヤナが微笑んで言う。

しかし、物を食べた事が引き金になって再び涙が流れ出す。


「ホントだ、美味しい。私のスープはどうかな?」


サコは、ハンカチで顔を覆っているイヤナを気にしない様にしてスープを食べる。


「ちょっと、しょっぱい?でも美味しいですわ」


ペルルドールもイヤナを気にしないで食べる。

そうして、どうにも居心地の悪い夕食が進んで行った。

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