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バケツからクワに持ち替え、せっせと耕していたセレバーナが腰を伸ばした。
白い粉が混ぜられた庭の土は、このまま放置すれば畑の土に生まれ変わるだろう。
「さて、こんなところか。畑はこれで良いが、イヤナはどうしようか。中途半端に慰めるのは逆効果だろうし」
サコとペルルドールも無言でクワとバケツを片付ける。
応えたくても言葉が出て来ない。
微妙な雰囲気に包まれている少女達は、あらかじめ用意しておいた水で手を洗った後、遺跡の中に入る。
イヤナの部屋は廊下の一番初めに有り、その中は無音。
気まずいので、足音を立てない様に抜き足差し足で進んで自分の部屋に戻る少女達。
そして普段着に戻り、思い思いにリビングに戻って来る。
「困ったな」
「どうしたら良いでしょう」
「さっぱり分からない」
セレバーナとサコは円卓に着き、ペルルドールはリビングの端に置かれている籐椅子に座る。
口を開いても妙案が出る訳ではないから、少女達はここでも無言になって行った。
「何ですか、この雰囲気は。何が有ったんですか?」
灰色のローブを着たシャーフーチがリビングに入って来た。
しかし空気の淀みに驚いて一歩下がる。
「いらっしゃったのですか。二階の窓が閉まっていたので、お忙しいのかと思ったんですが」
円卓に肘を突いていたツインテール少女が顔を上げる。
「ちょっと買い物に。それより、イヤナは?普段ならこの時間には竈に火が入っている筈でしょう?」
セレバーナは背筋を伸ばし、前髪を掻き上げた。
窓の外では太陽が沈みかけている。
「ああ、しまった。夕食を忘れていた。私は昼の残りのパンでラスクを作ろう。サコは干し肉でスープでも作ってくれないか」
「分かった」
セレバーナの指示に頷くサコ。
「シャーフーチ。イヤナの事で相談が有ります。大きな声で言える事ではないので、キッチンまで来て頂けますか?」
「はいはい。これ、そろそろ足りなくなるかもと思って。一人一冊ずつ持って行って下さいね」
のんびりと頷いたシャーフーチは、赤と青のノートの束を円卓に置いた。
「ありがとうございます。ペルルドールもキッチンに来て料理を覚えてくれ。今後、君に料理をして貰う事が有るかも知れないしな」
一瞬不服そうな顔をした面倒臭がりな金髪美少女だったが、思い直して立ち上がった。
「そう、ですわね。今までイヤナに頼り過ぎていましたわ」
少女達は、料理をしながら何が有ったのかを師匠に話す。
最後にセレバーナがこの事態に関するレポート提出の許可を求めた。
「事情は分かりました。そして今、イヤナは自室に閉じ籠っている、と」
キッチン入り口の柱に凭れ掛かりながら話を聞いていたシャーフーチが状況を把握する。
「私達ではどうにも出来ません。どうしましょう」
セレバーナが師匠に丸投げする。
柱から離れてキッチンを出たシャーフーチは、伸びるに任せている長い黒髪を撫でた。
色恋沙汰は魔法の師匠の管轄外では?
とは当然言えず、しかもペルルドールが潤んだ瞳で期待しているので、大人の威厳を示すしかなくなった。
もしも少女達に丸投げ返しをしたら、考えられる最低レベルよりも酷い軽蔑を受ける事だろう。
「やれやれ。柄にも無い事をしなければなりませんかね。まぁ、師匠として言わなければならない部分も有るので行って来ますか」
シャーフーチは重い足取りでリビングを後にした。




