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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
100/333

29

能面の様な表情のイヤナが遺跡の庭に入った。

そこでは三人の少女が新しい畑の土を作っていた。


「おかえり。どうした?元気が無い様だが」


穿いているモンペを白い粉で汚しているセレバーナが顔を上げた。

それは消石灰で、植物が育ち易い環境作りの為に撒く物だ。

綺麗な金髪をポニーテールにしているペルルドールもモンペ姿で消石灰入りのバケツを持っていて、少々雑な手付きでそれを撒いている。

サコはいつも通りの格好で、白い粉が撒かれた場所を耕している。


「その、ね。ちょっと、みんなに相談したい事が有るんだけど、良いかな。イメージなんだけど」


「イメージ?何だろう」


セレバーナは白い粉を撒く手を止め、背筋を伸ばした。


「作業しながらで良いから、テレパシーで受け取って」


イヤナは目を瞑り、全員にイメージを送る。

長時間の演劇を一瞬に凝縮した様な感じの映像。


「これは……随分抽象的だな」


セレバーナの眉間に皺が寄る。

サコとペルルドールの手も止まる。


「何ですの?」


「訳が分からない」


戸惑っている金髪美少女と茶髪少女を一瞥したセレバーナは、少し考えてから重々しい声を出す。


「イヤナ。大学生達の頭の中を覗いたな?一般人に対してテレパシーを使うのは禁止されていたと思うが」


「……そんなつもりはなかったんだけど、勝手に頭の中に入って来たの」


「調子が良さそうだったからな。そう言う事も有るのだろう」


セレバーナは顔を上げて遺跡の二階を見る。

木の窓が閉まっているので、シャーフーチは読書中か。

もしくは、魔法ギルドに行っている。

今は彼に質問出来ない。


「どう言う事か、分かる?セレバーナ」


泣きそうな顔のイヤナに質問されたセレバーナは、白い粉塗れの手を見る。


「ふむ。そうだな。男性と言うのは、こう言う風に野心を夢想するのかと思ったな。想像だが、軍歌で高揚する感じに似ていると思う」


「野心……?」


「考えを纏めるのに時間をくれ」


「うん」


イヤナもクワを持ち、四人で畑仕事を再開させる。

数分後、セレバーナが口を開く。


「イヤナ。イメージの解析結果をハッキリと言っても良いのか?」


「うん」


「それがショッキングな内容でも?」


「うん」


「そうか……」


持っているバケツから白い粉を素手で掬い上げたセレバーナは、満遍無く畑に撒く。

ペルルドールも、ツインテール少女を気にしながら白い粉を撒く。

一般人よりは頭の回転が速い金髪美少女でもイメージの解凍は無理だった。

情報量が多いのに一瞬で全体が知覚出来るので、そのイメージに意識を向けると何が何だか分からなくなる。


「耕した後は、一週間くらい放置するんだよね?」


サコに訊かれたイヤナが必要以上に驚く。


「フェッ?え?あ、うん。前の畑の時と同じ」


「大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ、サコ」


イヤナとサコは、白い粉が撒かれた土を掻き混ぜる様に耕して行く。


「簡単に言うときつくなるが、オブラートに包むと意図が通じなくなるな。だからイメージでは意味不明なんだな」


遺跡裏の崖から爽やかな風が吹き上げて来た。

それを切っ掛けにしてセレバーナが呟く。


「簡単に言って欲しいな。私にも分かる様に」


そう言うイヤナを横目で見るセレバーナ。

師匠の許可を得たいところだが、すでにイメージを受け取ってしまっているので関係無いか。


「始まりは噂だな。ここに来てすぐに起こった、私と王女がここに誘拐されたと言うアレだ。時間的にはそのクエストが大々的に発表されたくらいか」


「ウェンダさんはその事を知らなかった様だけど」


彼と出会った最初の日に、勇者騒ぎの話をイヤナが彼に教えている。


「彼が知っていたかどうかは分からない。今回の事の発起人は、貴族の方。金髪で整髪料臭い方だな」


全員がタムラム・コンファネンスの顔を思い描く。


「彼がこのアイデアを思い付き、最果ての村出身の男に接触した。ふむ。となると、ウェンダさんが勇者騒ぎを知らなくても不自然ではないか」


セレバーナは、自分の考えに頷いてから話を続ける。


「イヤナが持って来たイメージは、もう一人の男の物だな。メガネの方。かなりの野心家で思念が強かった。だからイヤナが受信してしまったんだろう」


「デチアン・ニジハクの方ですわね?」


確認するペルルドールに頷くセレバーナ。


「金髪の男は、メガネの男に計画の全てを語っているな。ウェンダさんには一部のみ、だな。やはり身分的に格下に見られている」


「そんな……じゃ、ウェンダさんは利用されてるって事?」


イヤナはまた泣きそうな顔になる。


「いや。そうでもない。自分達が何をしようとしているのかは全員が知っている。ただ、使う者と使われる者の差が有るだけだ」


何と言えば分かり易いかな、と独り言の様に呟くセレバーナ。


「例えば、今、我々はイヤナの指示に従って畑を作っている。イヤナが使う者、我々が使われる者だ」


他の三人の少女が頷く。


「我々は、知識の有るイヤナに従っていれば、何も知らなくても野菜を得る事が出来る。そんな関係だ」


「……良く分からない」


「そうか。まぁ、本筋には関係無いから、彼等の立場関係は無視しよう。あの三人が同じ目的を持った仲間である事には間違い無いからな」


問題は金髪が思い付いたアイデアだ、と言いながら白い粉を撒くセレバーナ。


「そのアイデアとは、私、そしてペルルドールと顔見知りになる事。あわよくば友人関係になる事、だ」


「それが野心?大した事じゃないんじゃない?」


サコが眉を上げる。


「サコもパトロンとして目を付けられているがな。私はともかく、ペルルドールと友人になれたら途轍もない収穫だぞ」


「……そうですわね」


ペルルドールが不機嫌そうな顔で頷く。


「国王になる可能性の有る者と顔見知りになりたい人間は大勢居る。ここが封印の丘でなかったら、絶対に野心家が大勢押し寄せていた」


セレバーナは、消石灰を撒いてから口を開く。

喋りながら撒くと口の中に白い粉が入って来て不快になる。


「わたくしがお忍びでここに来たのは、それが嫌だったからと言う理由も有りますわ。一般人が入れる場所でしたら魔法の修行どころではなかった筈です」


「つまり、どう言う事?」


クワを下して訊くイヤナ。


「金だよ、カネ。王女と友人になれれば、王家の援助で研究が出来る事になる。昨日言っていた自動車を作るのに、どれくらいの金が掛かると思う?」


金色の瞳で見られたイヤナが首を横に振る。


「下の村をまるごと買ってもまだ余るくらいの金だ。そんな大金、出せる所は銀行か王家くらいだろう」


「そんなに?アレが?」


イヤナは目を丸くして驚く。


「アレと言う事は、実物を見たのか。どんな奴だ?イメージを送ってくれ」


「私も見たい!」


ペルルドールも希望したので、先程見たオープンカーの光景を全員に送るイヤナ。


「ボンネットから巨大なエンジンがはみ出しているな。耐久テスト用の自作機か」


さすがセレバーナ、映像から全てを知る事が出来る。

イヤナは感心する。


「黒い煙を上げていてボロボロですけれど、これもお高いんですの?」


ペルルドールが訊くと、セレバーナはバケツを平手で叩いた。

中の白い粉を片方に寄せて掬い易くするために。


「勿論だ。むしろこちらの方が高い。研究室の予算数年分、って所だな。ペルルドールが頑張っても捻出出来ないくらいの金が使われている」


ほほー、と感心の声を上げるペルルドール。

王族でも無理な金額となると、国家事業クラスの資金が出ているのか。

自動車が一般的になれば流通の世界がまるで変わってしまう事になるから、それほどの巨大事業になっても不思議ではない。


「セレバーナの方は?セレバーナと友達になると車が作れるくらいのお金が出るの?」


クワを杖にし、袖で頬の汗を拭っているイヤナが訊く。

すると、セレバーナは微妙に嫌そうな顔をした。


「私には金は無い。自分で言うのも何だが、私の頭脳が欲しいんだろう。ブルーライトと言う名字も有名だしな。私が阿呆だったとしても使い道は有る」


「使い道って……人は道具じゃないんだから……」


サコが苦笑したが、セレバーナは至って真面目だ。

冗談を言ったつもりは無い。


「野心家にとっては、使える人間は道具だよ。そう割り切れなければ成功しない」


「そう言う人種の目線では、王族だって政治の道具ですわ」


ペルルドールは青い瞳を細め、白い粉を畑に叩き付けた。


「そんな思惑を持って王女に接触する人間は暗殺されても文句は言えない。なので、彼等が友人なのはウソではないだろう――は、は、ヘプちゅン」


白い粉を鼻から吸い込んでしまったセレバーナは、背の丈に合った可愛らしいくしゃみをした。

袖で鼻の下を拭う。


「命懸けの作戦を見ず知らずの相手と決行するのは厳しいしな。彼等も必死だと言う訳だ」


「暗殺って、彼等が殺されますの?わたくしではなくて?」


「当たり前だ、ペルルドール。私だってそうだぞ。件の勇者パーティの作戦が成功していたら、どさくさに紛れて殺されていたかも知れない」


「何の為に?」


「王家の金庫も国の財源も無限じゃない。魔王に誘拐された縁で私達が仲良くなり、私の研究に予算をたんまりと出してくれる事になったらどうなる?」


「どうなりますの?」


「シーソーの様に他の所の予算が減らされる。人生の全てを掛けた研究の予算が減らされるなら人だって殺すさ」


「だから、私にも分かる様に言ってよ……」


俯き、赤い前髪で目線を隠しているイヤナが静かに言う。

珍しくイラついている?

セレバーナは仕方ないな、と言う顔になる。


「では、彼等の行動を順を追って纏めてみよう。誘拐騒ぎを知った金髪で整髪料臭い男がこの作戦を思い付き、仲間を集めた」


「そしてあの三人組になるんですわね」


そう言うペルルドールに頷くセレバーナ。


「彼等は地元民であるウェンダを一人で帰らせ、村の噂を集めさせた。私達が本物かどうかを確かめる為にな」


帰ってみれば、四人の内の一人が自分の家で働いている。

だからウェンダはその娘に近付き、仲良くなった。

そうすれば、私達に警戒心を抱かせないで仲良くなれる。


「わたくしたちは、その作戦にうまうまと乗せられた訳ですね。そうでなければ、彼等とサーカスに行く事もありませんでしたし」


ペルルドールが唇を噛む。

王族が他人の思惑に乗せられるのは恥にあたるだろう。

そんな金髪美少女を横目でみながら消石灰撒きを続けるセレバーナ。


「あのサーカスが来たのは彼等がパトロンだったからかも知れない。予想でしかないが、一番良い席のチケットを人数分持っていたから可能性は有る」


「つまり、ウェンダさんが私に話し掛けて来ていたのは、みんなの警戒心を解く為、なの?」


イヤナは俯いたまま訊く。


「そうだ。サコの家から帰って来てからしばらく、イヤナは毎日村に行き、私達は殆ど遺跡を出なかった」


この世界には、女神の力が集まるパワースポットが複数個所存在する。

少女達が暮らしている石造りの遺跡はそのひとつだ。

なので、ここで生活すれば、自然と魔法力が身に付くらしい。

肝心な事を言い忘れるクセが有る師のせいで、少女達はその事を知らなかった。

なので、出稼ぎに行った三人は、空白の期間を埋める為に遺跡に引き籠っていたのだ。

ペルルドールが写生や遊びの誘いに積極的だったのは、そのストレスのせいだった。

それを全員が承知していたからこそ、怪しいと思いつつも誘いに乗ってしまった。


「こちらの事情を知らない彼等は、我々を村に呼び出すにはイヤナを取っ掛かりにするしかなかったんだろうな」


「このカチューシャも、私にじゃなくて、目的の為に、なの?」


「ああ。イヤナを喜ばせれば、イヤナは私達に彼等は良い人だと言うだろう。言わなかったとしても、喜ぶイヤナを見た我々はそう思う。そう見越しての事だ」


「セレバーナ。そんな言い方は」


背の高いサコがイヤナのつむじを見ながらオロオロする。

彼女の赤い頭には今も黄色いカチューシャが嵌っている。


「だが、真実だ。まぁ、イヤナが持って来たイメージが真実なら、だが」


「エヘ。そっか。やっと納得行ったよ。なんで私みたいな普通な子に優しくしてくれてたのかが。ずっと不思議だったんだ」


微かに震えているイヤナの声。


「やっぱり、みんなみたいな、特別な子の方が、ん……ごめん」


抑え切れない衝動に襲われたイヤナは、クワをその場に残して遺跡の中に戻って行った。

全速力で石の廊下を走り、自分の部屋に飛び込む。


「は……」


一人になった途端、両目から涙が零れ出した。

悲しくない。

嗚咽も無い。

だけど、涙線が壊れたかの様に涙と鼻水が流れ続けている。

イヤナは石の床にへたり込み、茫然と宙を眺めながら涙に身を任せた。

セレバーナがテレパシーで話し掛けて来ている気配を感じたが、声が聞こえる事は無かった。

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