10
日が暮れて薄暗くなったリビングに戻ったローブの男は、四人の少女を椅子に座らせた。
自分も上座に座る。
「さて、と。これから名乗りの儀式を始めるんですが、その前に……」
ローブの男は、弟子希望者達の表情を窺った。
左から、緊張した顔の赤毛の少女。
その右隣に、高貴に微笑んでいる金髪碧眼の美少女。
更に隣に、黄金の瞳を持った黒髪の無表情神学生。
右端に、声が妙に可愛い、引き締まった表情の大柄な女。
全員がローブの男を見詰めている。
「みなさん、大分若いですよね。これは重要ではない質問ですが、みなさんはおいくつですか?」
「私は十五歳です」
赤毛の少女が即答した。
「お?同い年だ。私も十五です」
可愛い声で発せられた言葉に全員が驚いたので、大柄な女は不機嫌な顔をする。
「何ですか、その反応は。まぁ、地元以外で買い物に出掛けると、奥さん安いよ、とか言われますが」
声が可愛いくて若いので、ウソではないだろう。
「わたくしは先日十三の生誕日を迎えました」
金髪美少女が緩やかに笑む。
「十四です」
黒髪の神学生が短く言うと、再び全員が驚いた。
「わたくしより、年上、ですか?」
堅苦しい制服を着ている神学生は、金髪美少女の青い目を見詰めながら頷く。
この反応は予想済みなので、予め用意していた言葉を使う。
「九歳の平均身長と同じこの背丈ですから、私服ですと良く幼等部に間違えられた物です」
「年上に見られる私とまるっきり真逆ですね」
大柄な女が言うと、ツインテールの少女は無表情で頷いた。
「そうですね。まぁ、知らない相手は見た目で判断するしかない訳ですから、そう思われるのは仕方が無いと諦めるしかありませんね」
「じゃ、お師匠様はおいくつですか?」
赤毛の少女が手を上げて明るい声を出した。
ローブの男は、それに笑んで応える。
「秘密です」
「えー、ずるいですー」
赤毛少女がむくれる。
「まぁ、名乗ったら有る程度はバレますけどね。――では、名乗りの儀式を始めます」
男は、おもむろにフードを取った。
長い黒髪が男の鎖骨辺りを流れる。
すると、リビング内で灯っていたロウソクの全てが一気に消え、真っ暗になった。
窓は閉められ、部屋の入り口も布で覆われている為、月明かりさえ入って来ない。
少女達は、闇に対する本能的な恐怖を感じて息を飲む。
直後、円卓の上に置かれていた四本の細いロウソクに火が付いた。
「火種も無いのに、勝手に……。これが魔法ですか?お師匠様」
赤毛の少女が感心した風に訊く。
「そうです。それぞれ一本ずつ、手元に引いてください。火を消さない様に気を付けて」
少女達は、言われた通りに燭台を自分の近くに置いた。
よっつの顔が淡い光に照らされる。
「それは貴女達の決意の火です。弟子入りを断りたい時は、名乗る前に自分で吹き消してください」
「こんな最果ての地まで来ておいて、今更断るとは思いませんけど」
赤毛の少女がそう言うと、ツインテールの少女が厳しい口調で諌める。
「これは儀式なので、無駄口は失礼に当たります。許可が有るまで迂闊な発言は慎むべきです」
「あ、うん。そうだね」
年下のツインテール少女に叱られた赤毛の少女が力無く俯く。
「まぁ、そう固く捉えずに。さすがに雑談されたら困りますが」
男はひとつ咳払いをして場の空気を引き締める。
「貴女達の師となる私から名乗りましょう。私の名は『シャーフーチ・ロマンソリオ』です」
金髪の美少女と黒髪の神学生に緊張が走る。
「この地でその名前を名乗るとは……。まさか、本物では、ありませんよね?」
金髪美少女は、恐れ慄きながら椅子から立ち上がった。
「薔薇の人ですから、さすがに知っていますね。紛れも無い本物、本人ですよ。神学生である貴女も、ご存じですよね?」
「勿論です。予想はしていました。が、こんなにも普通にお話し出来るとは思っていなかったので、この地の魔力を利用している他人かと」
ツインテール少女は冷静に応える。
「なるほど。――座ってください。まだ儀式の最中です。退席される場合は自分のロウソクを吹き消してからにしてくださいね」
金髪美少女は恐る恐る着席する。
ロウソクはまだ吹き消さない。
「私は意味が分かりませんけど」
「私も」
赤毛の少女と大柄な女は金髪美少女の狼狽ぶりに驚いている。
「お師匠様って、もしかして有名人?」
赤毛の少女は、細いロウソクの淡い光の中で好奇心が籠った笑顔を浮かべた。
「歴史の教科書に名前が載っている、かなりの有名人だ。説明しても?」
「して貰えるなら助かります」
神学生に求められたので、シャーフーチは迷い無く許可する。
頷き、語るツインテールの少女。
「今からおよそ五百年前。エルヴィナーサ王家の王女が誘拐された。誘拐犯の名前は、魔王シャーフーチ」
「って事は、お師匠様は五百歳?」
「いや、驚く所はそこじゃないでしょうよ」
話の最中に言葉を発した赤毛の少女にツッコミを入れる大柄な女。
神学生は、そのやりとりを無視して話を続ける。
「その後、魔王シャーフーチは大量の魔物を使って全世界を混乱に陥れた。小国は次々と壊滅して行き、人々は無残に殺された」
「じゃ、どこに驚けば良いの?」
「え?いや、五百歳ってのも凄いけど、魔王が目の前に居るって事ですよ」
「人々が絶望すると、女神は五人の勇者を地上に遣わされた。勇者達は強大な魔物を次々と打ち倒し、その末に魔王は倒された」
「そっかぁ。でも、魔王って物凄く悪い人なんでしょう?お師匠様、優しいですよ?」
「そんな事私に言われても……」
「この遺跡の裏の崖は崩壊した魔王城の跡地。魔王はこの丘に封印されている。貴女達、話を聞いていましたか?」
ドスの利いた神学生の声に驚き、赤毛の少女と大柄な女は背筋を伸ばす。
「はい。勿論です!」
「よろしい。理解したんですね?」
「お師匠様は魔王で五百歳で本人で悪い人です!」
赤毛の少女が早口で言う。
金色の瞳で睨みを利かせたツインテール少女は、脱力しながら目を伏せた。
「簡単に纏めると、そう言う事です」
「違うでしょう……」
シャーフーチは苦笑いする。
「一言で表すのなら、彼は王家の敵と言う事ですわ。誘拐された王女は行方不明のまま。魔物を召喚する為の生贄にされたのでは?と言われています」
金髪美少女が厳しい目付きをシャーフーチに向ける。
「わたくし達を集めた目的は何ですか?何を企んでいるのですか?」
「みなさんがここに来たのは、貴女達それぞれの意思でしょう?誰が来るか分からないのに、一体何を企むのですか?」
「そ、そうですけれど……。ですが、誰にも気付かれずにわたくしの自室に勧誘の手紙を送るのは、明確な意思が無いと不可能です」
「その手紙は、資格が有る者限定ですが、無差別に送られている筈です。特定の個人を狙っては送られていません」
その言葉を聞いたツインテール少女が鋭く訊く。
「では、手紙を受け取っていても、来ていない人が居らっしゃる訳ですね?ちなみに、どれくらいの人数に送ったのですか?」
しかしシャーフーチはとぼける様に遠い目をした。
「さて、分かりません。貴女達に手紙を送ったのは、実は私ではありませんので」
「ほう。それは誰ですか?」
「おっと、それを訊くのは当然ですね。口を滑らせてしまいました。その人物について語るのは今ではありません。忘れてください」
神学生はシャーフーチの言葉の意味を数秒考える。
「つまり、弟子を募ったのは貴方の意思ではないと?」
「忘れてください」
憂いの籠った魔王の表情を冷静な顔で観察した神学生は、呼吸の様な溜息を吐いた。
「……深い事情がお有りの様だ。なら、それについては敢えて訊きません。絶対に答えてくれない質問は時間の無駄ですから」
「すみませんね、こんな私が師匠で。嫌ならロウソクを吹き消してくださいな」
「まだ、その判断は出来かねます」
神学生の言葉を受け、表情を引き締めるシャーフーチ。
「そうですね。まだ本題に入っていませんしね。――儀式に戻りましょう」