「ティシューの職場訪問」
★★★
レディ・メイドのメイド服
★★★
ティシューに館の案内をされながら、君は考える。
ちなみに携帯は鳴りっぱなしだが、とりあえず対応は後回しにすることにした。
親兄弟友人に心配をかけるとは君はなんてひどい奴なんだ。
放置をすることに君は多少ながら心苦しい気持ちはあったが、自分のことを考えることで精一杯だからしかたないと正当化することで電話を無視した。どうせ電話をとっても話すことは一緒だしね、その解答は花丸。
とりあえずここが異世界だとしよう、異世界と言う言葉自体普段の生活ではそうは使わない言葉だ。
そもそも世界とは何か、その辺りの定義はめんどくさいので後回しにした。
君にとって異なる世界と言ったら、まぁ、二次元の世界がイメージしやすいかもしれない。
特に、ゲームの世界だ。剣や魔法やドラゴンやモンスターが飛び交う世界観、君がいた科学と文明とは相反するファンタジーワールド。
君にとっての異世界とは、その世界だ。君は、その世界にいるのだよ。
男爵に見せられた魔法、ああいうのが普通にある世界なのだろうか、ならば何故、君はここにいるのかを考える。
異世界に呼ばれた?飛ばされた?その辺りの理由はわからない、考えてもしかたない、たまたまかもしれない。
偶然君であっただけで、君であったことに理由はないのかもしれない。
それはまるで雷に当たったかのようなきわめて天文学的な確率で君はこの世界にやってきたのかもしれない。
かもかもかもかも。過程だらけで答えは出ない、思考の袋小路に君は入り込もうとしていた。
君が今いるこの世界について考えるよりも、目の前にいるティシューの美しさを目に焼き付ける方が有意義かもしれない。
「えっと、まずはこちら、被服室です」
そんな君の思考をティシューが引き戻してくれた。
ティシューが扉を開くと、ずらりと並んだメイド服がまず眼に飛び込んだ。
「私たちの衣服は全てこちらで作っております。あなたの服も同様です。着心地はよろしいですか?」
ティシューの質問に君はうなずいた。肌触りは上々、通気性も良く吸水性も良い。
「申し遅れました。私は名をティシュー・デラ・フォンテルメアと申します。僭越ながら被服室の長を勤めております」
やっぱり長なんだと思う前に、君は失礼にも覚えにくい名前だな、と君は思った。
「ティシューとお呼びください」
そんな君の心中を察したかのようにっこりと笑って一礼。君はバツが悪そうに目をそらした。
そしてティシューが手を叩くと、それまで部屋の中に響いていた裁縫の音が止まった。
異世界にもミシンはあるのだろうか、と君はそんなことを思ったりする。
電動ならばともかく、足踏み式のミシンならばある程度の技術があれば発明することは可能である。全員起立。
「彼女がベーグル・マッ・ペルタ、被服室の副長です」
ティシューが示したのは金髪にぐるぐる眼鏡、頬を赤くした彼女だった。はにかみながら笑顔を見せてくれた。
ベーグルの髪はそれは見事な黄金で、その毛の一つ一つが明かりに照らされて艶やかに波打っていた。
「そして、右手から順に、アルト、イーノ、ウェス、エラーラ、オディナ、カナン、キキ、クリコ、ケマリ、コココ」
一人ひとりティシューが順番に示して名前を教えてくれる。ティシューとベーグルを合わせて総勢12名。しかし顔と名前を覚えるには何度か顔を合わせて会話を重ねないと無理だろう。
ティシューがスカーフをつくるのが得意なように、彼女たちに各々得意とするものはあったりする。
「まずは私とベーグルをまず覚えて頂けますようお願いいたします」
君は被服室のメイドを覚えるのを後回しにした。身長や顔のパーツ一つ一つの差異を比べて覚えるのはかなりの気合いを要する。
君もそうだが人の記憶力というものはそれなりでしかないのだから。
扉を閉めて被服室を後にする。ティシューが居ない間の責任者はベーグルである。
「あなたの服を仕立てたのは私たちではあり、ベーグルの技術も私に負けず劣らずなのですよ」
もちろん他の被服室のメイドも技術的には申し分ない、服の一着や二着数時間でつくれるだろう
もし気になるのでしたら服を作るよう命じてください、と言ってティシューはトコトコと先導する。
長い廊下を歩きながら窓から眼下に緑が見える。中庭であった。




