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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
6/39

「普通が一番」

 ★★★

 なんでもないようなことが幸せだったと思う

 ★★★



 君は、ぽんぽんと肩を叩かれて目を覚ました。

 それは、穏やかな夢の泉の底から、気泡がゆっくりと水面へと浮かび上がっていくように。


「ご無礼をお許しください、お目覚めの時間です」


 ……だれ?

 君はぼんやりとした眼で起こしてくれた彼女の顔を見た、寝起きの頭では名前が出てこない。


「ティシューと申します。お目覚めですか?」


 君の脳がゆっくりと覚醒する、きのうのことを思い出した。夢じゃなかった。


「お目覚めですか?」


 三度目のティシューの問いに君はようやくうなずく事が出来た。


「おはようございます、よい天気ですよ」


 ティシューはベッドから離れ窓へ行き、豪奢なカーテンを開けた。

 小鳥たちのさえずりと朝の日差しが室内を照らし、君は周囲を見回した。

 君の部屋の三倍は広い部屋、大量にある調度品はほとんど使用されていないにもかかわらず手入れが行き届いているようだった。

 君は思いっきり背伸びをする、ずいぶんな快眠だった、夢も見なかった。


「一日は限りある時間しか存在しないのですから、大切に使わなくてはいけませんよ」


 寝起きに大きなあくびをしたら、ティシューにそんなことを言われてしまった。

 ベッドの傍らに置かれたカートからティーセットを取り出す。


「どうぞ」


 きのうと同じようにティシューは服を持ってきた。


「どうぞ、お召し物です。よろしければお使いください」


 三着目。一応君は着替えることにした。


「お召し替えにお手伝いは必要ですか?」


 着替えるのを手伝いますかと言うティシューの申し出。君は丁重に断った。

 子供じゃあるまいし、着替えくらい一人で出来る。


「かしこまりました」


 と一礼して部屋の中で直立不動。あれ、外に出ないの?

 君はティシューの目を見た、ティシューも君の目を見た。

 すると察したようで、ティシューは君に背中を向けて退室した。

 ほっと一息を付いて、君は手に持った服を見る。

 またしても君が着ている服と同じデザインの服だ、一体何着用意してるんだろう、と君はふと思ったりする。

 着替えを終え、脱いだ服をたたんでいると、ティシューが入ってきた。


「ありがとうございます」


 唐突にティシューにお礼を言われた、君は訳がわからず首をかしげる。


「それでは朝食に案内いたします」


 君がたたんだ服をティシューは拾い上げる、洗濯するつもりなのだ。

 ちなみにさっきのお礼はわざわざ君がたたんでいたことに対するお礼であったのが、君はそのことに気づいただろうか。

 もっとも、コレより洗いにに出すだから服をたたむことに何の合理性もないのだが、君という客人に気遣いに対しての礼である。

 君の世話はティシューの仕事、お世話するべき相手に何かしてもらったのならば、礼をしなくてはならない、

 まぁ、ようするに君は服をたたむ必要はなかったと言うことなのだ。




「こちらへ」


 先導するティシューに付いていく、その時、君はあれ?と思った。

 ティシューの歩く先は、きのうの夜食堂から来た方向とは逆方向だったからだ。

 気のせいかな?と君は思うことにした、館の間取りには詳しくない、ティシューに付いていけば良いだけの話だから。


「こちら、浴場となっております」


 道中、ティシューが扉の前で立ち止まりそう説明する。

 浴場、と言うことは風呂場と言うことか。


「あとでご案内いたしますね」


 君は大賛成だった、2日も眠っていたというならばその間の風呂は入っていないと言うことだろう。

 暑い湯船に全身つかって汗を流したい、君はそのようなことを言った。

 そうするとティシューは穏やかに笑い。その要望には全力で対応させていただく所存であります、と言った。

 そして、ティシューは君に外で待ってもらい、服を持って中に入る。


「シャワータイム、いますか?」


 ティシューの声が扉越しの君まで聞こえた。


「いるよー」


 ティシューの声に返事をしたそれも君の耳に届いた。


「浴槽に湯を張っておいてください、あとで使います。それとこちら洗っておいてください」

「ノープロブレム。あわせて了解、お任せあれ」


 ティシューのお願いに室内の声は快く承諾してくれた、ティシューが出てきた。

 今の声は?と君が聞くと、「給湯室の長、シャワータイムです」との答えが返ってきた。

 シャワータイムが名前なの?


「そだよー、よろしくね」


 肯定の声が飛んできた。

 そしてティシューが服を置いてきたことに気づいた。

 ティシューは君がそれを見ていることに気づく。


「彼女にお願いしました。この分野に関しましては彼女が専門ですから」


 分野?専門?と思ったところで、給湯室の長と言っていたことを思い出した。

『給湯室』の『長』と言うことは、他の部屋もあって、長がいたりするのだろうか。

 君はそう考えながら、歩き出したティシューのあとをついていった。

 何度か他のメイドとすれ違う、すれ違うメイド達は立ち止まって会釈をするが、ティシューは前を見据えたまま一瞥もしない。

 その堂々たる佇まい、ぴんと伸びた背筋に汚れのないメイド装束。

 この時点で君は彼女が何らかの長をしているのではないかと予測をたてていた。

 そうしている間に、食堂に着いた。


「どうぞ、今回はちゃんとした椅子をご用意いたしました」


 促されて入室。きのうと同じ内装の食堂、部屋の最奥には玉座と呼ぶに相応しいほど堂々と鎮座する男爵の椅子。

 壁に掛けられた風景画、清潔なテーブルクロス、豪奢な絨毯。

 ティシューが椅子を引いて着席を促す、着席。

 きのうのティシュー椅子に比べれば最高の座り心地だ。何も気にせずおしりの位置を調節できるのが君的にはよかった。

 テーブルにはきちんとクロスが掛けられていて、その上の編み籠の中に果物が山盛りになっていた。

 君はきょろきょろと、改めて食堂を見渡す。

 目の前の玉座に、頭上の照明、壁に掛かった絵画に、男爵の出て行った窓。

 おいしそうな果物。


「どれか召し上がりますか?」


 ティシューが籠を拾い上げながら聞いてきた。君はせっかくなのでお願いした。

 かしこまりました、と言ってティシューは赤い果物を手に取った。

 リンゴかな?と思った、大体正解。

 籠に備え付けられていた小皿とナイフを取ると、ティシューはそのまま切り始めた。

 まず半分にカット、その後3つに切って皮を取り除く。

 種を取ってお皿において君に差し出した。


「少々雑で申し訳ありません。それでもよければお召し上がりください」


 すまなそうな顔でティシューは剥き上がったリンゴを君に手渡した、ナイフの扱いはあまり上手じゃないらしい。

 だが、君の目から見てティシューの手つきに何ら問題があったとは思えなかった、君は喜んでリンゴを受け取った。

 しっとりとした果汁が中にたっぷり詰まっていることが判る、君はかぶりつく。

 うん、普通のリンゴだった、普通に美味しい。


「気に入っていただけたようで幸いでございます」


 実はこの果物もごくありふれた果実で、コレよりもっと高級で美味な果実は館にいくつもストックされてある。

 だが、一般大衆に愛されているが故に、リンゴが籠に入っていたのだ。

 君がリンゴを食べている間に、朝食が運ばれてきた。

 暖かいコーンスープと、こんがりきつね色に焼かれたトースト、堅焼きの目玉焼き。

 大体それくらいだった、朝食にあまり重い物を好まないのはこの世界でも一緒である。

 ミルクでつくられたバターとジャムをトーストに適量塗り、さくさくもっちり、焼けたトーストの香りが何とも言えない。実に美味しそうである。

 二枚目のトーストには堅焼き目玉焼きを乗せている。

 黄身の部分が半熟とろりになるような目玉焼きを好む人もいるが、そちらの方が好みであったとしても、君は文句を言わずそれを食べる。人に用意してもらった食事に文句を付けてはダメなのだよ。

 コーンスープもあったが、君はまだそれにを付けていない。

 代わりにつがれたお茶を飲んだ。

 お茶をついだのはティシューだが、お茶を煎れたのはティシューではない、別のメイドだった。

 給湯室、と言う単語があったのを君は思い出した、そう言う意味ではお茶を煎れる専門のメイドがいると言うことなのだろうか。

 君は咀嚼しながら考える、もぐもぐ、食堂にいるメイドはティシューを含め四人。

 トーストやスープを持ってくるメイドが二人、ティーポットを含めたセットを持ってきた一人。

 持ってきたトーストにジャムを塗ったり、カップに茶を注ぐのはティシューの役割らしい。

 朝食はとても美味しかった。


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