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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
30/39

「町の被害状況確認」

 

 ★★★

 パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。

 ★★★



 ぱちんと指を鳴らすと、景色の全てが男爵の背後に吹き飛んでいった。

 体感速度によって一瞬平行感覚が乱れ、少し足がふらりとしたが倒れるほどではない。

 男爵はハンモックから降りた、というより景色はハンモックごと背後に吹っ飛んだ。

 そして君たちは豪奢な絨毯の上に立つ。

 男爵の後ろには繊細なタッチで立たれた風景画、風になびく草原とハンモックが吊られた樹。

 そう、今まで君たちは男爵と共にその絵画の中の世界にいたのだ。

 ざわざわと騒がしい街の人々。見渡してみるとなるほど、今いるこの場では少々手狭のようだ。

 どうやら男爵は来客全てを収容するための場所として絵画を使用したらしい。ちなみにタイトルは君には読めなかった。

 ツナとシュリンプはスカートに未だにパンと果物を山積みにしている。

 既に食料は行き渡っているようである。もう誰も取りに来ようとしない。

 すっと男爵が手をかざすと、二人のスカートから食材が消えた。掴み挙げる手を離してスカートを下ろす。

 ぱんぱん、小麦の粉を払い落とす、果汁が滲んで染みになる。

 男爵がティシューを指さし、くんっ曲げると、ティシューの手からパンが離れて飛んでいった。

 飛んできたパンを男爵はつかみ取る。ふかっとした焼きたてのパン。小麦の匂いが香ばしい。

 男爵がパンを食いちぎる、むしゃむしゃごくん。

 食糧の問題はとりあえずは問題ないだろう。館には被害がないし、備蓄は十分ある。

 次の問題点は倒壊した建物の瓦礫の撤去と下敷きになっているであろう人々の救出作業だけだ。

 でもそれって、男爵じゃなくて街の住人で何とかすべき事柄な気がするのだけれど。

 男爵に嘆願しに来る暇があるのなら、街の自警団とか保安員などに助けを求めるのが先ではなかろうか。

 ある程度頼りにされることは致し方ないとしても、食料をある程度融通してやってもいいが、それもずっとというわけにもいくまい。

 財産を失った等と言われても赤の他人だ、どうこうしてやる義理もない。

 男爵にとって街とその住人は、軒下に猫が住み着いたようなモノだ。

 だが猫のように可愛らしく愛嬌があるのならエサもやるが、世の中そんなに甘くない。

 ちなみに猫とは猫である、君の世界で言うキャットのことである。断じて『ネコ』ではない。

『ネコ』という魔獣がいるのである。そのうち目にする機会もあるだろう。白と黒とつがいの魔獣で。

 ともかく、際限なく施しを与えてやるほど男爵はお人好しではないのだ、が。

 男爵は残りのパンを口の中に押し込み、ハムスターのようにもごもごしながら決断したようだ。

 街を元に戻す程度、男爵ほどの実力があればさほどの労力にすらならない。

 今回はパンを融通してやったが、どうせそのうちその要求はエスカレートするに決まっている、それならば最初から最高を与えるに限る。


「喜べ諸君。君達の望む通り街を襲撃のあった前まで戻してやろう」


 すると被災者達はわぁっと快哉を上げた。


「だがその作業はちょちょいとできるモノではない、ある程度下調べをしないといけないのでな。せっかく来たのになんだがコレから街へ向かおう」


 もちろん、徒歩で。




 中略。

 徒歩というのはさすがになかった。

 最初から最高を与えるのであれば、彼らを歩かせては街に着くまでに非常に時間がかかる。

 結果、男爵は魔法で浮遊移動を行った。君たちも一緒である。

 総勢100を超える人間がぷかぷかと宙に浮いたまま移動する光景はなかなかシュールだった。


「で、何故貴様まで付いてきた」

「さぁ……なんでだろう」


 愛想笑いで苦笑するのはマイルスだ。


「貴様にはメイド諸君の治療を任せていたはずだが?」


 ぽりぽりと後頭部を掻いてマイルスはばつが悪そうにする。


「治療を行うにしても街の現状を把握するのは必要なことさ。あたしはさっきも街には来たけれど見落としがあるかもしれないしねぇ」


 ふぅん、と男爵は適当に相槌を打った、あまり興味がなさそうだ。

 街の現状はなかなかひどいものだ、火災よりも天山大剣が放った悪魔の輪による破壊の被害が大きい。

 ちょっと通りがかりの倒壊した建物に、男爵が手をかざす。全ての瓦礫が宙に浮く。


「今のうちに大事な物を確保しておけ」


 吐き捨てるように男爵は建物の前でなにもせず呆然としていた家主に言った。

 ぽかんとする家主だったが、男爵はあくびしながらあくまでも無関心な様子だった。


「要らないのか? ならば下ろすが、よいな」


 男爵がそう言うと家主は慌てて家の中に飛び込んでいった。

 そんな滑稽な様子を見ながら男爵は少し笑っていた。


「今解除してみたら彼はどうなるだろうか。少し興味が沸いてこないか?」


 君に投げかけられた言葉だった、君は男爵の目を見た。男爵の目は本気だった。

 君は、絶対にやめてくださいと言った。男爵は笑っていた。


「ちなみに私は蟻を潰すのが好きなのだが。君はどう思うね?」


 君は察した、首を振って好きじゃないですと言った。男爵はその答えを予想していたようで薄ら笑いだけを浮かべる。

 家主が出て来たのを確認して男爵はかざしていた手を下ろす、と同じくして浮いていた瓦礫が音を立てて地面に転がる。


「さて、どうしたものか?」


 どうって、なにが?

 視線を巡らせる、倒壊した建物はざっと見た限りで数十を超える。

 しかもそれは見える範囲の話だ。一つ一つやっていくのは少々手間がかかる。

 そして、もう一つ今のを見ていた人たちが我も我もと縋り付くかのように懇願してきた。


「まぁ待て。瓦礫の下に取り残されている者はいないか!」


 男爵が声を上げると、挙手が上がった。


「こっちです!」


 男爵がその声の方へ歩こうとしたが、すがりつく街の人たちがその邪魔をした。

 君は男爵が舌打ちしたのを明らかに見た。突然浮き上がる街の人たち。

 まるで路傍のいしっころを蹴っ飛ばしたかのように、道の両側へ吹き飛んだ。

 魔法使いでもあり魔術士でもある男爵の進行を邪魔するなど愚かとしか言いようがない。


「ううう」「ギギギ」


 受け身も取れず地面に転がり、身体を打って呻いている人たち、慌てる乞食は貰いが少ないとはまさにこのことだろう。

 くやしいのう、くやしいのう。

 呻く街の人たちを尻目にしながら、君は男爵の後を追う。マイルスも一緒だ。


「ここです!」


 これはひどい。二階建てだったはずの建物は二階が一階になり屋根が消滅している。

 道向かいの家に突き刺さっている木材がこの家の木材の一部のようだった。


「みいちゃん!助けが来たよ!しっかり!」


 声を張り上げて瓦礫の下に呼びかける青年。


「あぁどうしよう。もう声を出す元気もないみたいです。さっきまで返事をしてくれたのに……っ」

「私の館に来るまでの間に力尽きたのではないか?」


 街から館までは徒歩で一時間ほどかかる。館から街に来るときは男爵の魔法ですぐだったが、人命救助の場合はこの時間は致命的だ。


「縁起でもないことを言わないでください!いくら貴方でもぶっとばしますよ!」

「ほほう……やってみるか?」


 面白いオモチャを見つけた子供のように男爵の目が細くなった。彼は「ひぃっ」と縮こまった。

 男爵が彼に向かって手をかざす。その手の先に魔法陣が浮かぶ。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ふん、なんだつまらん」


 ぱしゅんと軽い音を立てて男爵は何かを発射した。それは青年の横をすり抜けて建物を貫通する。


「ふむ、喜べ、生きているようだ」


 魔術で中に生命反応があることを確認したようだ。どうやらそんな便利な術も使えるらしい。


「ほ、本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございます!」


 何故か何度も礼を言う青年だった、どうやらさっきの恐怖で頭の中が混乱しているようだ。

 ふっ、と男爵は魔法を鼻で笑って発動させた、瓦礫の全てが持ち上がる。


「あぁっ、みいちゃん!」


 青年は一心不乱に瓦礫の中に飛び込んだ。可愛い娘の無事を願い、その元気な姿を探す。


「みいちゃん!よかった!無事だったんだね」

「にゃーーーーーっ」


 そしてみいちゃんこと、猫のみいちゃんは瓦礫の山の中から飛び出し、飼い主である青年に飛びついた。


「……なんだ猫か」


 猫ならしょうがない。よかった、瓦礫に押しつぶされて今際の際に立たされている可愛い女の子はいなかったんだね。


「それが貴様の娘か」

「はい!うちのお姫様です」


 どうやらオスのようだが、幸せそうなのでコメントは控えた方がよさそうである。




 たかが猫ならそんなに急ぐ必要はなかったのではないかと男爵は思っているようだ。

 当然だ、たとえその人がどんなにその猫を大事に思っていようと、人命などに比ぶべくもないのだから。

 とりあえず君たちはその場をあとにする。みいちゃんの救出が終わったのならばその場に用はない。

 君は男爵を見る、なにやら考え事をしているようだ。


「貴様ら、他に瓦礫に閉じこめられているヒトはいないか! 猫などを家族と思う気持ちはあるだろうが。まずはヒトの救出を最優先にする!」


 ヒトとは、亜人種を含めた上での男爵の呼びかけだ。

 たとえばベルウッドなどの半獣、メイドにはいないがねこみみやいぬみみやエルフといった人間に近い姿形をした者どものことを指す。

 ちなみにローズマリーは草人で、リードマンはゴーレム、インデックスは人形だ。彼女たちはヒトとは違う。

 遠巻きに見ていた街の人たちはお互い顔を見合わせる。

 ざわ……ざわ……どよ……どよ……、ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ。

 ざわめきとどよめきが町中に広がる。男爵の呼びかけは人々の言葉を伝言ゲームのように伝わっていく。


「静かに」


 そして男爵は指を鳴らすと、町中の音が一切消えた。

 まさに無音、針を落とした音や、隣の人間の鼓動の音ですら聞こえてしまいそうなほどの静寂。


「咎めるわけではない、正確な情報が欲しいだけだ。いないのか?」


 しーん。

 男爵の眉が顰められる。


「いないんだ。男爵」


 口を開いたのは、マイルスだった。


「いない? どういう事だ」

「さっき、素材が足りないって報告に言ったよね? ロベルタの修復に素材が足りないって。だからあたしは無心に行ったんだ。天山大剣とナパームの襲撃で、街は壊滅的な被害を受けてる。だからあたしもロベルタの修復はすぐにできると思っていた。素材はいくらでもあると思ったんだ。いくらでも確保できると思ったんだ」


 男爵はあからさまに不快そうに表情を歪めた。


「予測は付いてる、はっきり言え」




「うん。今回の襲撃。いや、災害でのこの街の死者はゼロなんだ」



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