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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
29/39

「おもてなし」

 

 ★★★

 メイドの心得その1

 ご主人様にとってのお客様は誠心誠意おもてなしをしなくてはならない

 ★★★



 どんがらがっしゃんと、バケツを蹴っ飛ばしたかのような音が上から聞こえてきた。

 マイルスが白衣を翻して急いで階段を駆け上がる。君もティシューと共に部屋を後にした。ベッドの並ぶ保健室に出る。

 するとナース姿の女性が三人、組んずほぐれつ床の上でじたばたとしていた。


「いったいどうしたのさ」


 マイルスがぱたぱたと近づくと、ナースに取り押さえられている女性が一人居た。

 Q:さてだれでしょう?

 A:ヴァンデミールでした


「……なにしてんの」


 ナース達からの状況説明、来客を告げる鐘が鳴った瞬間、ヴァンデミールは目を見開いて起きあがった。

 そしてベッドから転げ落ちながら出口へと向かい、その途中で取り押さえられたのだ。


「はなしてーーー、はなしてくーだーさーいー」


 じたばたじたばた、取り押さえるナース達も困っている様子。

 だが、病み上がりのヴァンデミールの力では三人の力をふりほどくことはできないようだ。


「花実」


 頭をがっちりと掴んで、思いっきりゴキッ。


「ぐげっ」

「まったく。能力があるのも考えものだね」


 呆れた口調でやれやれと首を振るマイルス。君の目の前では首の骨を折られたヴァンデミールがぐったりと脱力した。

 先ほど梔子によって注入された鎮静剤は、どうやら魔術で取り除いたようだ、さすが序列二位のヴァンデミールである。


「すみませんドクター、お仕置きですか?」

「しないよ梔子」


 ぐったりとしたヴァンデミールを花実が抱っこして、すこし残念そうな梔子がベッドを整え、鞭は転がっているボトルを手洗い場に置いた。

 花実はヴァンデミールをベッドに寝かせると、ベッドの上に登った、ちなみに土足。

 足を軽く開き、ぴったりと揃えられたヴァンデミールの膝の両側に置いて屹立。

 そしてそのまま腰を下ろして四つんばい、その手をヴァンデミールの肩に置いたかと思うと、その身体が毛糸のようにほどけて、ヴァンデミールの身体を包み込んだ。

 君があっと思う間もなく、ほどけた毛糸からにゅっと花実が元の姿で現れる、だがヴァンデミールの姿はそのままだ。

 全身真っ白いなにがしで包まれている、首から足まで全て。両手の袖は長く、腕を動かせないように腰の位置で止められている。

 いわゆる拘束衣(ストレイトジャケット)である。自傷癖等がある患者を守るために身体の動きを封じる衣だ。


「ふぅ」


 一仕事終えたように息をついて、花実は自分の髪を手櫛で梳いた。君と視線が合う、にこりと笑った。

 健康的な褐色肌、エメラルドのような透き通った瞳、細く引き締まった長身、ふわっふわの髪はお昼寝をしている子猫のよう。


「花実、ご苦労さん」

「お安いご用だよドクター」


 今のは一体何か君が尋ねると、マイルスがナースたちを改めて紹介してくれた。


「今見せたようにこの子たちは普通の人間じゃないんだ。道具が命を持った『生きている武器』なんだ」


 生きている武器とは、この世界に存在する種族の一つである。

 草人が人の形をした樹木だとしたら、生きている武器は人の形をした武器ということになる。

 とは言っても全てがそうというわけではなく、人の姿をしてないものもある。

 生きている武器リヴィング・アームだとか、意思を持つ武器インテリジェンス・ウエポンだとか呼ばれ、武器自体が意思を持つものと定義づけられていて、その総数は決して多くはない。

 草人がその辺の草木の中から出現するのに対して、生きている武器はその名の通りつくられた武器の中のごく一部に意思を持たせることで成立するからだ。


「もっとも、この子たちは武器が人の形になったわけではなく、人の姿を道具に押し込められたんだけどね……」


 押し込められた? と穏やかではない言い方に君は興味が湧いた。


「詳しく話すと長くなるから短くまとめる、んーと……」


 30秒ほど考えて、マイルスは要点をかいつまんで説明した。

 かつてこの3人は普通の人間だった。

 しかし突然遭遇した白銀の異能者によって、そこに転がっていた道具に肉体を魂ごと融合させられた。

 それ以来3人は道具としての姿と人としての姿とを共有して生きることを強いられた。

 もっとも、それで何かしら不便があるというわけではないし、恨みがあるわけでもない。

 むしろツールとしての個体差が顕著になったので、それによって専門が分けられたとのことだ。


「ちなみに私は人間(ヒューマン)だよ」


 とマイルスは言った。




 保健室のナース、梔子、鞭、花実はそれぞれ専門分野が異なる。

 花実が筋肉、骨格担当。体を動かしたり、今のように身体を固定するのが彼女の役目。

 梔子が臓器、薬物担当。体内で合成した薬品を、噛みついて注入するのが彼女の役目。

 鞭が皮膚、感覚担当。体の表面をビシビシと叩き、悪いところを見つけるのが彼女の役目

 施術に関してはマイルスが全て行うが、それ以外の補助的作業、検温や包帯交換、触診や床ずれ防止の寝返りなどはナースの役目である。

 そのほかにも、鞭がやっていたように、器具の洗浄や書類の整理整頓も彼女達がやっている。

 前述したように、メイドたちはあまり保健室に世話になることがない、故にマイルスは館を留守にすることが多い。

 そんなときに医療が必要になったときはナースの3名が手当を行う。

 大がかりな手術は無理だが、お薬を出したり、冷えピタを貼ったり、絆創膏を貼ったり、ピンクの小粒を渡したり、体をマッサージしたり、具合が悪いときにベッドを貸したりする程度だ。


「さてとそれじゃあちょっと男爵のところ行ってくるかな。あんたたち留守番よろしくね」

「はい」

「はーい」

「はぁぃ」


 問題児のヴァンデミールは完全に拘束したし、他の患者は抜け出すことはないだろう。

 先ほど言ったように、マイルスは何かしらを男爵に報告に行くつもりのようだ。

 何を報告しに行くかは、館への来客とヴァンデミールのどたばたで流れてしまった。


「それで、あんたたちも一緒に行くでしょ?」


 マイルスがそう呼びかけてきた。基本的な治療はすでに終わっているし保健室にいても見るものは特にない。

 むしろ一番気になるのはロベルタの状態だ。なぜロベルタの治療はされていないのか、男爵に報告することとは一体何か。

 そもそも、今の館の状況でティシューは行かざるを得ない。


「ヴァンデミールもロベルタも動けない上にツナやシュリンプはああいう性質ですし、私が行かないわけにはまいりませんね」


 とティシューが言った。

 序列二位がロベルタ、三位がヴァンデミール、四位がツナ、五位がシュリンプ、そして六位がティシューだ。

 ツナやシュリンプは厨房担当、シェフに来客の対応をさせるわけにもいかない。

 これは館の都合であり、君には一切関係ないことだが、保健室にいてもしかたないし、部屋に戻ってもすることはない。

 ここは流れのままに同行することにした。


「それじゃあ行ってくるよ」

『いってらっしゃい』


 見送る3人の声が重なった。






 食堂の扉を開けると、外だった。

 君は一瞬だけ思考停止した。本当に一瞬だけである、男爵がすることだからと思うと納得した。

 見渡す限りの大草原、吹き抜けるそよ風の優しげな囁き、なびく青葉の草の匂い。


「やぁ、よく来たね」


 入ってきた君たちに気付いた男爵がハンモックに揺られながら挨拶をした。その背後にはメイドたちを侍らせている。

 視線が君へと集まる。草原に立つのは数百人もの人たちだ。地味な服を着ている、街の人たちだろう。

 男爵が視線をティシューに向けるが、すぐ街の人たちへと戻した


「ふむ。さて、どこまで話したか。街の救済に関してだったな」


 人々の視線が男爵に戻る。

 男爵は、草原の真ん中に屹立する立派な木々に括り付けられたハンモックをゆらゆらとしながら大きなうちわでぱたぱたとされている。

 隣にいるのはツナとシュリンプか、燃えるような蒼炎色(ファイアブルー)と凍てつくような薄氷色(アイスブルー)の髪。

 そのどちらかが飲み物を男爵に差し出した。ツナかシュリンプか君には判断が付かなかった。男爵はストローに口を付けてズゾゾッとすすった。

 なんだかんだでこういう状況で男爵のそばに控えるのは序列上位の彼女達の役目のようだ。


「どうか食べる物を……」

「家も財産を失ったんです」

「この子に薬を……」

「瓦礫の下に娘が!」


「しかたないな。ツナ、シュリンプ」


 と男爵がその名を呼ぶと「はい」とリンと響く鈴のような返事があった。

 長いスカートの裾をシュリンプが掴むと、そのまま持ち上げた。ちなみに下着が見えるほどではない。

 そして男爵が指を鳴らすと。そのスカートの上にどこからかパンと果物がどっさりと出現した。

 シュリンプにパン、ツナに果物。ツナは少し重そうだ。


「今日の夕飯のつもりで用意させたものなのだが。すまんね」


 男爵が君に視線をやりながら言った。君は首を振る、とんでもない、これで町の人が助かるならいいことだ。


「ちなみに残りはメイド諸君の夕飯の予定だったのだが。まぁそれは気にするほどのことでもあるまい。な?」

『左様でございます』


 男爵の同意の「な?」に背後のメイド達が声を揃えて言った、君は少し吃驚した。

 シュリンプがちょこちょこと歩いてパンを差し出す。街の人たちはパンを受け取って感謝を口々にしている。

 そんな時だ。


「どけっ!」


 他の人を押しのけた男がいた。あっと目を見開くツナの目の前で、男はパンをむんずと掴んで口へと運んだ。

 街の富豪だ、男爵には遠く及ばないモノの魔術士としての実力も申し分ない。


「おやおや、どうした。君がここに来ているとは少々驚いたよ」


 どうやら本当に驚いているようだ。いたことに今気付いたらしい。


「うるさい! 金なら払う! コレで文句はないだろう!」


 男爵の言葉に富豪は過敏に反応して銀貨のつまった袋を引っ張り出して男爵に投げた。

 別に咎めたわけではないのだが。


「ふむ」


 男爵は眉ひとつ動かさないものの、少し困っている様子だった。

 ちなみに投げつけられた銀貨の袋はベルウッドが空中でつかみ取っていた。さすが猫。

 金を払ったのだからと言わんばかりに、富豪は人々を無視してパンを選別しはじめた。

 さすがにあっけにとられて人々は彼の行動を見守るばかりだ。

 ちなみにパンはシュリンプのスカートに、果物はツナのスカートに盛られている。

 シュリンプのスカートからパンを掴み二つに折る。焼き加減が気に入らなかったようでパンの山にもどして別のパンを手に取る。今度は焦げ目が気に入らなかったようだ投げ捨てて、次のを取る。

 放られたパンはころころとティシューの足下へ。そのあまりの無礼さに思わずティシューが詰めよろうとした、しかしどういうことか男爵に手で制された。しかたなしにパンだけ拾った。

 次に富豪はツナのスカートの果物の吟味を始めた。

 富豪はメロンに似た果物を手に取る、外皮に傷を見つけたようだ。元に戻し、パインに似た果物を手に取る、葉っぱに虫食いを見つけた、後ろに放り捨てて見向きもしない。

 ギリッとベルウッドがすさまじい歯ぎしりをした。当然だ、丹精込めてつくった作物なのに、金を払ったからといって看過できるものか。

 ヂャリ、とベルウッドの持つ袋から硬貨がこすれる音がする。ベルウッドが握る手に力を込めたのだ。次に富豪が果物になにかやろうものなら、全力で袋を投げつけるだろう、誰もがそう思った。

 それを制したのはローズマリーだった。ベルウッドの肩に手を置いてもみもみ、ベルウッドがローズマリーを見上げる。

 穏やかなローズマリーの微笑み、その笑みは語らずとも我慢をベルウッドに促していた。

 ふにゅうとベルウッドの瞳が潤む。体を反転させてローズマリーに抱きついた、ぐりぐりとお腹に顔をこすりつけて声を我慢している。

 今この場で最も偉いのは誰か、それは当然メノウ男爵だ。

 その男爵が何も言わないのだから、誰にも何も富豪の行動を咎めることはできない。


「金銭の問題ではないよ。君が何故ここに来ているということだ。使用人はどうしたね」


 魔術士としても力量も、貴族としての名声も男爵に遠く及ばない彼が街にいるのは、自己顕示欲の塊だ。

 魔術士であるにもかかわらずその技術を後世に伝えようという気概も低く、魔術士であるが故に手に入れた資産を持っていばりちらす、よくある話だ。

 まぁ要するにプライドの塊である富豪がお供もつれずに男爵の支援物資を受け取りに来たという事実を、男爵はただただ不思議に思っているだけなのだ。


「貴様には関係のない話だ!」


 富豪は選別に満足したのか、パンと果物をしこたま服の中に詰めてその場を後にしようとした。

 パンを焼いたのは2人を中心とした厨房のメイドだが、2人はベルウッドほど食材には愛着はないようだった。

 しかし一人で沢山持って行こうとする富豪に、ツナもシュリンプもさすがに困ったような表情をしていたが、


「使用人はどうしたね」


 ゾッ、とするほどの魔力に空気が凍り付いた。

 富豪も魔術士故にそれを感じた、だから足を止めざるを得なかった。

 富豪は男爵に背を向けていた、だがゆっくりと首を振り返る。その首の動きはさながら錆び付いたブリキのおもちゃのようだった。

 見ずともわかる、肌に感じる、男爵の身体を包む絶大なる魔力が部屋全体を満たしている。


「どうしたね?」


 男爵は笑顔だった、だが有無を言わせぬ迫力があった。

 しかも男爵に取り巻く魔力は明らかに富豪を脅迫している。答えないとなにをされるかわからない。


「……使用人共はみなクビにした!あの役立たず共め!」


 どうやらナパームの砲撃によって富豪の屋敷が全壊したらしい。

 柱が倒れて骨折した者、油が燃えて火傷をした者も全てクビにしたらしい。

 それで富豪はどうするのかというと、このあと船で大陸に行くとのことらしい。

 逃げるのかと男爵は思ったがなにも言わなかった。致し方ない、この惨状ではそういう判断を下す人は大勢いるだろう。


「だが一人占めは感心しないな。君一人ならばそんなには要らないだろう。置いていきたまえ」

「金は……!」


 払っただろう、と言おうとした富豪の眼に飛び込んだのはでっかい羊だった。

 ぐんにゃりとねじ曲がった角は禍々しく、黄色い目は目の前の富豪をにらみつけている。

 察しの通り、男爵が召喚した羊で、名をメニー・メリーと言う。通称メリーだ。


「ブフォー、ブフォー」(ザッ、ザッ)


 そのメリーは鼻息荒々しく、その前足で地面を掻いていた。まるで走り出す寸前の雄牛のように。


「そんなに食べる物が欲しいなら特別にプレゼントしよう。ほらどうした、最高に鮮度がよい素材だぞ。遠慮することはない」


 富豪は悲鳴を上げて走り出した、するとそのメリーも反射的に追いかける。


「きっ、きっ、貴様ぁあああ。覚えていろおおおおおお!」


 遠ざかる悲鳴とメリーの蹄の音は次第に遠くなり、この空間から消えた。


「ははは、覚えていろとは、少々難しいな。そう思わないかリードマン」


 名を呼ばれたメイドが顔を上げる、図書室で君が出会ったあのリードマンだ。胸ポケットからメモ帳を取り出してさらさらと何事かを書き記している。


「メモった」

「うむ、ご苦労。さて」


 ぱちんと男爵はまた指を鳴らした。


「ずいぶん脱線してしまったな、彼から食べ物を返してもらったことだし。配るのを再開したまえ」


 未だにスカートを掴んだままだったツナとシュリンプの元に、元通りに果物とパンが出現した。ついでにベルウッドの手の銀貨の袋も富豪に返す。

 街から来た被災者達は、男爵の力を目の当たりにしながらも、ざまあみろといった様子でパンを受け取った。



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