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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
26/39

「白衣は医士の戦闘服」

おまたせしました、25話です。

 ★★★

 痛みは命のバロメーター

 ★★★



 保健室へは問題なく到着した。

 しかし君は、扉の前でティシューと並び、そのシンボルマークを眺めていた。

 そこにあったのは、病院の象徴とされる赤十字。



 病院の象徴とされる赤十字は、それはスイスのジュネーブで生まれたアンリ・デュナンという人物が作った物である。

 アンリ・デュナンは、ソルフェリーノの戦いの激戦で、戦場に放置された死傷者の姿をみて、

 その救援活動をしている地元の女性達と共に自らも救援活動に参加した。

 なぜ敵味方分け隔て無く救済するのか、と尋ねられた時、「人類はみな兄弟」と答えたのは有名だろう。

 赤十字社を設立し、「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」の7原則を掲げて、世界各国に存在する人道的活動団体である。

 全く持って無駄なことをしていると言わざるを得ない、自らの意志でヒトという種の数量調整を行っているのだから、そのままにしておけばよいのに。

 まぁ、そのような救援活動も数量調整の想定内と言えるのかもしれない、死ぬ者は死ぬし生きる者は生きる。

 命とは常にその繰り返しで、強く儚い物である。



 さて少し話がずれたが、そう言った経緯のある赤十字というシンボルが、いま君の目の前に存在する。

 先述したとおり、赤十字が医療とシンボルとされるのはそう言う経緯がある。

 アンリ・デュナンが祖国であるスイスの国旗を転じて作られた赤十字だ。そんなシンボルが何故この世界にあるのだろう。

 それはともかく、保健室の扉はスイングドアになっている。

 ドアノブがなく、どちらからも押すだけで開けることができるドアだ。

 君の世界ではスーパーマーケットや倉庫などでよく使われるドアだ、台車に荷物を積んだ状態で体当たりするだけで押し開けることができる便利なドアである。

 そう言えばと君は思い出す。図書室もスイングドアだった。本を沢山持っているとドアを開けるのに難儀するのだ。当然といえる。

 たとえスイカを持っていて両手がふさがっていても、ドアに身体を押し込むだけで中にはいることができるだろう。


「いかがされましたか。入りますよ」


 ティシューにそう促されたが、君は部屋の前で入室を躊躇している、その理由は中から聞こえる声だった。


「いやぁっ、いたい!いたい!いたい!ごめんなさいごめんなさい、ゆるしてっ、ゆるしてっ」

「こわいよっ、いたいよっ、やだやだやだっ、おかあさんっ、おかああああさあああんっ」

「いやああああああっ、いやああああああっ、いやあああああっ」

「ぎぎゃがやがあがうあがあああいあいあぎぎぎぎぎぎ」」


 と、平和な世界で暮らしていたら決して耳にすることのないであろう壮絶な悲鳴だった。

 君に与えられた選択肢は2つ。、

 1:呆然として立ちつくしていた。

 2:保健室の中に飛び込んだ。

 まぁ、言うまでもなく1だ。

 ドアには磨りガラスがついていたのだが、ビシャっと真っ赤な液体が飛び散ったのが見えた。明らかに返り血としか思えなかった。

 目の前のこの部屋で一体何が起こっているのか想像するのも恐ろしい。

 その時だ、ガラスにべたっと手が置かれた。ガラスに手を置いたことで返り血の中にくっきりと手形が生まれた。

 ドアが君に向かってゆっくりと開いてくる、中から誰かが押し開けているようだ。

 それをみたティシューが、ドアに手を伸ばしている。君はとっさに、逃げよう、と言った。


「何をおっしゃいますか。この館の中で危ないことなんて起こりませんよ」


 そう言ってティシューは君の忠告を聞かずにドアに手をかけて引き開けようとした。

 その瞬間、ドアに触れたティシューの腕にシュルリと何か黒い細長いものが巻き付いた。


「ひっ」


 反射的にティシューが悲鳴を上げて腕を引くも間に合わない。

 半端に開いたドアの隙間から飛び出してきたのは、何か黒い触手のような物がいくつも。

 それはティシューの反応速度を遥かに上回る速さで動きを封じ、全身にからみついた。

 両足から首筋までミイラのようにぐるぐる巻きにされたあと、触手はぎゅっと締めてきた。

 ぐぇっとなったのもつかの間、両足が気をつけをするかのようにくっつけられたため、バランスを崩し後ろに倒れた。


「きゃぁっ」


 後ろに倒れたのは触手がティシューの身体を保健室の中へ引っ張ったからである。


「イヤアアアアアアアア」


 と叫んだものの反応できる者はおらず、ティシューはあっというまに引きずり込まれたのであった。

 見捨てるわけにもいかず、君は慌ててそれを追った。

 小脇に抱えていた袋をティシューが落としていったのでそれを拾った。





 君が保健室に飛び込んで最初に目にしたのは、触手がするりとティシューを解放するところであった。

 ティシューは起き上がる。眉間にしわを寄せて女をにらんでいた。

 保健室に引きずり込まれても、『まもりのスカーフ』は維持したまま、赤紫のスイカを保持したままなのはさすがである。


「ちっ、ハズレか」

「ハズレとはなんですか」


 触手は保健室の中にいたその女の手から伸びていた。

 逆の手にはグラス、中に入っているのはまるで血のように赤いトマトジュースだ。グラスの半分も入っていない。

 すぐそばには彼女のデスクだろう、カルテらしき書類が乱雑に積まれている。彼女は書類の上にグラスを置いた。

 女の格好は、赤い斑模様に染まった白衣。それが女性だとわかったのは、服の上からその確かな胸のふくらみが見て取れたからだ。

 彼女は床にこぼしたジュースを、あろうことかティシューの『まもりのスカーフ』で脱ぎ取った。スカーフにべっとりと赤い液体がついた。これも血だ。

 どうやら入り口の磨りガラスに飛び散ったのは彼女の飲んでいたドリンクらしかった。

 ここは保健室の彼女のデスクのようだ、奥にはさらに部屋がある、シャワータイムやヴァンデミールはそこだろうか。

 女はマスクを外した。しかしマスクはマスクでも、顔全体を覆う返り血のべっとりと付いたアイスホッケーのマスクだった。

 オールバックの藍色の髪、純白だった白衣は見る影もない。

 メノウ男爵に金の無心に来ていた、B/J・マイルストーン、その人だった。


「どういうつもりですかドクター。保健室に引きずり込むなんて」


 ティシューが抗議の声を上げるが、マイルスは蛙の面に水といった様子で平然と聞き流していた。


「私はどこも悪くありませんよ」


 え、そっち?

 君はティシューに、彼女が落とした袋を渡した。


「いや、部屋の前で突っ立ってるからつい」


 言い訳にもならない言い訳を言いながら、マイルスは腰に差していた黒い棒を抜いた、君は彼女のその動作を見る。

 ティシューに巻き付いていた触手のような物体、そしていま床に横たわっているそれは、マイルスの腰のその棒から伸びていた。

 彼女がその棒を軽く振るうと、触手の全てがしゅるんと震えて瞬く間に縮んでいく。

 そしてマイルスは、棒を放り投げた。君の目の前の床にこつんと音を立てて落ちたその瞬間、その姿を変えた。

 細い棒から伸びる触手は、まるで木々のツタのように細く細かくなったかと思ったが、それが瞬く間に闇夜で紡がれた糸のようになった。

 そしてその糸は華麗に編まれ、編みぐるみのように少女の姿を形作る。

 夜のとばりのような漆黒の黒髪、アゲハチョウのようにひらひらとした舞踏服(ドレス)、星屑のような髪飾り、水晶のように透き通った瞳。

 細くしなやかな腕、ふんわりとしたスカートから伸びる素足。

 ふう、と小さな吐息をこぼして、幼い少女はスカートをちょこんとつまんで丁寧にお辞儀した。

 そして少女は右手を差し出した。反射的に君はその手を取る。


「大丈夫でしか?痛いところはないでしか?」


 見た目取りの幼く甲高い声で少女は君に聞いた。少女は君の手をぎゅっと握りしめる。


「手荒なことをしてごめんなしあ。せっかく来たならのんびりしていくでし」


 少女は君の手を握りながらぶんぶんと振った、親愛の表示、握手である。

 彼女の手は普通に温かく柔らかい、さっきの棒の姿はなんだったんだろうと君は思った。

 ぺこりと一礼して手を放し、次いでティシューに視線を向けた。

 正確には、『まもりのスカーフ』が保持している赤紫のスイカだ。

 少女が手を差し出すと、ティシューがスカーフをほどき、彼女にスイカを手渡した。

 ずっしりと重い、中身が詰まった上質なスイカだ、少女はおへそにぐっと力を入れて支えた

 ペタペタと足音を立てて奥へと引っ込んでいった。


「めんそーれ、にへーでーびたん。わんがくぬへやんぬしやいびーん」


 改めてマイルスが君に挨拶をした。

 ぽかんとする君の表情を見て、彼女は少しバツが悪そうにした。


「あぁ……申し訳ない、普通に喋る、うん、普通に」


 んんっ、と咳払いをして、医者は普通に喋った。


「君とは男爵の部屋で会ったね、見ての通り医者だ。名前はB/Jマイルストーン。マイルスと呼んでくれて構わない。実は私も客分扱いでね、館でメイド達の体調管理を担っているよ」


 君はぽつりと沖縄弁?と呟いた。

 すると、マイルスはその瞳を少女のように輝かせた。


「そうかぁっ、やはり知っているのだな! 君の世界からの物品であろうと推測は立っていたのだが、いやぁ、嬉しいぞ」


 マイルスは鞄の中から一冊の本を取り出した。『よくわかるウチナーグチ【入門編】』と書いてある。


「私も仕事柄世界中を飛び回っていてね。これは君の居た世界の言葉なのだな?」


 医士でもあるマイルスは男爵に同行して島を出ることが多い。

 男爵の目的は天山大剣の痕跡の調査だが、マイルスは『医士』であるため、『戦闘医療術』向上のためのあらゆる人体の構造を開いて閉じての繰り返しだ。

 マイルスはさらに鞄の中から本を取り出した。ちなみに本と言ってもそれほど厚くなく、大きくはないものだ。

 天山大剣の通り道に落ちていたこれらの本は、男爵が目を通し、図書室に補完し、メイドによって複製されたものだ。

 マイルスが出したものは、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語と言った各国の語学入門書がメインだった。

 どうやらマイルスは君の世界の言語に興味があるらしい。


「他にもいろいろあるんだけれど、わかるかな……」

「マイルスその前にこれを」


 さらに何かしらの本を嬉々として取り出そうとするマイルスに、遮るような形でティシューが袋を押しつけた。


「あぁ、そうだったね」


 カバンから取り出すのをひとまずやめて、マイルスはティシューから袋を受け取った。

 そしてマイルスは今来ている白衣を脱いで、ティシューに渡す。

 白衣を脱いだマイルスの格好はきわめて普通だった。

 ぴったりとしたパンツスーツに引き締まったヒップ。引き締まった足はズボンの裾が余るほど。

 ゆったりとした薄い青色のブラウス、胸ポケットに差されたペンは異世界からの拾得物だろう。

 きりっとしたまなざしに細い眉、つんとした鼻、朱も差してない素のままの唇。

 マイルスのその髪が藍色をしていなければ、地球にいてもあまり違和感がない格好だ。

 指輪やネックレスなどのアクセサリは一切つけていない、飾り気のないあくまで実用主義といった風情だ


「ポケットの中身は確認しましたか」

「あ、してないや。ちょっと貸して」


 デスクの上の書類を、ティシューから受け取った袋ごと引き出しに雑に放り込んだ。

 そしてティシューから白衣を返してもらう。そして白衣の内側をごそごそとまさぐった。

 まずメスが3本出てきた。皮膚を切開するための道具だ。デスクの上に並べる。

 よく見ると1つずつ大きさが異なるようだ。用途が異なるのだろう。

 次いで鉗子がごろっと6本くらいでてきた。これもまた形状が異なる。用途も異なるようだ。

 大小のビーカー。注射器。薬瓶。針と糸。はさみ。ガーゼ。聴診器。スポイト。体温計。水温計。温度計。湿度計。ガイガーカウンターなどなど。

 白衣の内側からあれよあれよとでてくる道具に目を丸くする君を尻目に、マイルスは道具をデスクの上に広げていく。

 やがて置き場所の心配が必要になってきた頃、袖口を内側からも外側からも手を突っ込んでごそごそ、白衣を掴んでばさばさと振った。


「これで全部だね」


 そこまでやる必要があるらしい。

 そして引き出しを開けて袋を引っ張り出す。個包装をびりびりと雑に破って広げた。マイルスの白衣だ。

 袋にはあと2つ入っている。


「ああこれかい?」


 君が白衣に注目してると、マイルスが説明してくれた。

 白衣の内側に道具を収納できるアイテムらしかった。

 白い布そのものが魔術用に編まれていて、その模様そのものが魔術の発動を担っている。

 その身1つで戦場へ飛び込み治療が行える、『医士』としての必須アイテムなのさ、とマイルスが胸を張った


「いつものことなんですからちゃんとしてくださいよ。シャワータイムが困ってましたよ」

「ごめんごめん、ついね」


 もう、とあきれた様子でため息を吐きつつ、ティシューはマイルスから白衣を受け取った。

 そして対するマイルスは、たった今取り出したぴかぴかの白衣をばさっと翻し、デスクの器具の上にふぁさっと広げた。

 そしてしゅばっとひいて肩に羽織る、一瞬のうちにデスクの上に詰まれていた器具が消失している。どうやらマイルスが白衣の中に納めたようだ。

 腕を袖に通し、少し袖口を折り曲げた。

 白衣の丈はマイルスのふくらはぎまである、ボタンは留めない。


「これでよし、じゃあ話の続きをしようか」

「ちょっとドクター。治療が途中だよ」


 奥からマイルスを呼び止める声、そして姿を見せる1人の女性。スイカを持って行った少女とは別の人間だ。


「ちょっと今手が放せないんよ。そっちはあんたらでやっててよ」

「そう言われても医療用道具を使えるのはドクターだけだし」


 すらりと伸びた足、ホットパンツに白のレギンス。

 褐色の肌、猫っ毛のベリーショートの髪に白のナースキャップ。


「もう、いいところだったのに、しかたないなあ」


 わしゃわしゃと頭を掻きながら、マイルスが奥へと向かう。

 そんなマイルスをティシューが驚いて呼び止める、まさかまだ未着手なのかと。


「ちょっとマイルス。治療はまだなのですか? シャワーやヴァンデミール、ロベルタも?」

「いや、ロベルタはともかくとしてシャワーとサーシャは治療終わってるよ。花実が言ってるのは別の話」


 サーシャとはヴァンデミールのことだ。館でヴァンデミールのことをサーシャと呼ぶのはマイルスだけである。


「あー、しゃあないなあ、さくっとお客さんも来てることだしかっこいいとこ見せちゃおうかな」


 そしてマイルスが、おいでおいでと君を手招きする。君はそれについて奥へ向かう。

 それにティシューもついてくる。


「え、ティシュー用事終わったでしょ。帰らないの」


 ティシューの用事は予備の白衣の配達だ。その用事はすでに完了している。


「最優先は旅人さんのお世話です。お付き合いしますよ、不都合ですか」

「ふーん、まあ別にいいけど(ちっお邪魔虫め)

「聞こえてますよマイルス」


 あきれた様子で、ティシューはため息をついた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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