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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
25/39

「ローズマリーさんじゅうななさい」

 

 ★★★

 うめよふやせよちにみちよ

 ★★★



「ごきげんよう」


 保健室へ向かう途中、中庭に足を踏み入れたとたん君はそう声をかけられた。

 挨拶に垂れる頭は緑色の髪。それは生命の息吹を感じさせる双葉色。そこに咲く一輪のバラ。

 ベンチに座って休憩中のローズマリーだった。その手には|栄養ドリンク(防虫剤)。

 君がその名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「お一人ですか?」


 ローズマリーにそう言われて君はうなずいた。

 部外者が勝手に1人でうろついて迷惑かな、と今更になって君は思った。

 しかしローズマリーは笑いながら首を振って否定した。


「なるほど、この館は広い上に部屋がたくさんあって探索するだけでも楽しいですよね。かくいう私も動けるようになってからは毎日のようにうろうろしたものなのですよ。それにご主人様にとって大切な客人ですから、自由に見て回ってかまいませんよ」


 ローズマリーにそう言われて君はほっと胸をなで下ろした。

 しかし、自由に見て回ってもいいと言われると逆に何をしたらいいか悩んでしまう。


「もしよかったら、座ってお話しませんか」


 そう言いながら、ローズマリーはぽんぽんとベンチを叩いた。

 君はまるで花の香りに誘われるミツバチのように、ローズマリーの隣に座った。

 中庭は緑があふれていて。空間の真ん中には噴水が設置されていてとても涼しげな空間だった。

 噴水のたたえた水の中に、上で見たあの赤紫の縞模様のスイカが浮かんでるのが見えた。

 自由に見て回ってもいいとのことなので、とりあえず君は目の前のローズマリーをじっと見つめることにした。

 蔓草のように生命力あふれる緑髪は、全ての髪を3つに分けて綺麗に編まれている。

 ふわりと広がるスカートの丈は足首まであり、ひらひらと揺れるフリルは白い花のようだ。

 今は彼女は休憩中なので手ぶらだ。両手はフリーで、箒もじょうろも持っていない。軽く握られ、彼女の足の上で揃えられている。

 庭仕事に従事しているからか、ティシューやヴァンデミールが身につけていた白のグローブは彼女はつけていない、形の良い爪がつやつやと細い指先を彩っている。

 そして何より目を引くのが、ローズマリーの胸元に突き刺さった一本のナイフ。


「えっち」


 君の視線に気付いたローズマリーが、からかうような口調でそう言った。

 ナイフが刺さっている位置は喉の真下、胸と言うよりは胸骨の位置と言ったほうが正確だろう。

 胸に刺さってるといったらおっぱいに刺さっていると想像するものもいるかもしれない。

 君はおそるおそる尋ねてみた。


 それって痛くないの?


 するとローズマリーはきょとんとした。


「『痛い』って何でしょう」


 あまりにも平然とした様子のローズマリーに、むしろ君があっけにとられた。


「ああ、これは失礼。私はご覧の通りの『草人』ですので、『人間』の言うような感覚がいまいち理解できないのですよ」


 そう言いながら、ローズマリーは刺さっているナイフの柄をがしっとにぎり、そのままぐいぐいと動かした。

 残念ながら、ローズマリーが激しく動かしても、体ごと前後左右に動くだけで、一切抜ける様子はなかった。

 むしろ見ている君のほうが、痛そうに顔をしかめてしまった。


「失礼。私のことを知っていただくにはこうするのが一番だと思いまして」


 ローズマリーがナイフから手を下ろした。

 君はほっと胸をなで下ろした。いくらなんでも、人の胸にナイフがささってて、しかもそれをぐりぐり動かすとか想像するだけで痛い。


『草人』って何。


 ローズマリーの言葉の中に出てきた特殊な名称が気になったので質問してみた。


「『草人』というのは。私のような動けるような草木のことを指します」


 そう言いながら、ローズマリーは君の手をぎゅっと握った。

 その瞬間君はどきりとした、ローズマリーの手の質感は柔らかかったが、まるで日なたのベンチのように温かかったからだ。

 そして、ローズマリーの顔が君の顔に近づいてくる。君は反射的に顔を引こうとしたが、手をローズマリーに握られて動けない。

 ローズマリーの瞳に君の戸惑う顔が映り、鼻と鼻が触れ合うほど顔が近づく。

 どんなに押さえた吐息ですら相手にかかるほどのその至近距離、ローズマリーが君の瞳をのぞき込んだ。


「あちらの世界の人間の瞳はこうなってるのですね」


 ローズマリーがそう言って、君はどきどきしながらその瞳を見つめ返す。

 まつげはある、眉毛もある。

 二重まぶたに大きな瞳、そしてその瞳が人間のものとは全く異なることに気がついた。

 眼球は白樺のように白く、しっとりと濡れている様子だがその表面に赤い毛細血管は一切なく、その虹彩は桃色がかった黒色をしている。

 鼻はある、唇もある。

 だがローズマリーから一切の呼吸音がしないことに君は気付いた。


「ほかのものはわかりませんが。基本的に『草人』は髪が全てです」


 そう言いながらローズマリーは体を戻し、顔を君から遠ざける。

 そして自慢の編んだ緑髪を体の前へ持ってくる。

 この世界に存在する種族の1つである『草人』は、植物の特徴をもった生物だ。

 見た目は一貫しておらず、ローズマリーのようにちゃんとした人間の姿形を持ったものはきわめて稀だ。

 なにしろ、ローズマリーですら自分以外に知らないのだから。

 そもそも植物が人の形をとること自体がエネルギー的には非効率なのだから。


「どうぞ」


 とローズマリーが自身の三つ編みを差し出した。

 ローズマリーに促されるままに君はそれに触れる。

 その細い一つ一つの髪の毛がとても強い生命力を持っているように感じた。

『草人』は光と水さえあればどこででも生きていける。

 ローズマリーの髪の毛は、綺麗に整えられ、梳かされ束ねられているが、草人にとっては実はこのようなトリートメントは実はデメリットが大きい。

『草人』の髪は木々の葉っぱだ。編むことによって不要な接触部分が増え呼吸や光合成が阻害される。

 それにも関わらず、ローズマリー髪を編んでいる理由はただ1つ。

 髪の毛は、梳いて整えたほうが美しく綺麗だということを、この館で学んだからである。




 ローズマリーは37年前にヤパという大陸から男爵によってナイフが刺さった木の実がこの地へ持ち込まれた。

 今のような姿になったのは今から32年前。成長しある満月の夜に変化したものだ。

 自由に動けるようになってからはメイドとして従事している。

 樹木として成長してもなおナイフは刺さったままで、最終的にローズマリーの胸に刺さっている状態だ。


「そんな私を見て、ご主人様はなんて言ったと思います?」


 なんて言ったの?


「『その位置なら邪魔にならないだろう』ですよ。確かにここなら邪魔じゃないですけど」


 そう言ってローズマリーはクスクスと笑った。

 確かに胸の真ん中なら、肩や腕や腰にはあまり影響がない。だが全くないというわけでもない。


「うつぶせで寝れないんですよ」


 ローズマリーにそう言われると、君は確かにそうだと思った。

 胸にそんなものが刺さっていては、うつぶせになるなんてもってのほか。寝返りすら満足にできないだろう。


「抜きたいかと言われると別にそうでもないんですけどね」


 他人から見たら異物だが、本人にとっては生まれてからずっと一緒でもはや体の一部みたいになっている。

 不便なこともあるけれど、慣れてしまえばどうということはない、とローズマリーは笑った。


『草人』は不思議な生き物である。

 そもそも草木などの植物は、動物とは異なる生存戦略を選択し、生存圏の拡大に風や水などの流動を使用するために自分たちで動く必要がない。

 移動のためのエネルギーを自前で用意することがないため、生命活動に集中できる。

 大量の果実を用意し、それを目当てに動物をおびき寄せ、動物の体に付着して移動する。それが植物の生存戦略なのは周知の事実だ。

 結果、植物はこの地上の7割を生存範囲としている、他の生物とは段違いの生息範囲だ。

 植物の生存戦略は既存のもので大成功していると言えるだろう。にも関わらず『草人』という非効率で、非生産性きわまりない種族が地上に存在しているのは、とても謎なことである。


「そこで言われたんですよ。『お前は何で動いてるんだ』って。ひどいですよね」


 過去に男爵から言われたそんな話をローズマリーは笑いながら言った。

 その口調は軽く、その言葉の裏には特に含むところはない。

 ひどいですよねと言ったものの、ローズマリー自身は言われたことは全く気にしていない。わからないのだから。

『草人』ゆえに、植物のことは十分理解している。

 だからこそ自分のような『草人』が存在している理由はローズマリー自身にもわからない。しかし、ローズマリーはあまり自身のゆえんにはあまり興味がない。

 ローズマリーはよく笑う。

 しかし『草人』たる彼女には痛覚がないように、その笑いも感情も人間が示すものとは全く方向性が異なる。

 ローズマリーさんじゅうななさい。

 彼女はようやく人の感情が理解できるようになってきた。




 日は傾き、すでに中庭からは見えない。

 君たちが座っているベンチも日陰に入ったところで、ちょうどよい区切りだと判断したローズマリーが立ち上がった。


「さて、それでは……おや?」


 立ち上がり作業を再開しようとしたところで、ローズマリーが中庭にやってきた人物に気付いた。

 とことことまっすぐこちらに向かってくる。

 黒い髪にシックなメイド服、頭の上にひらひらとしたメイドカチューシャ。

 脇に小さな袋を抱え、手には長い布を掴み、頭上に浮かびながらゆらゆらとゆらめいているのはまもりのスカーフだ。


「ご苦労様です。ローズマリー」


 目の前までやってきて止まり深々と一礼。ティシューだ。

 そして次にティシューはベンチに座っている君に視線を向けた。君は思わずどきりとして立ち上がった。


「ここにいらしたのですね。お部屋にいないのでどこに行かれたのかと思いましたが」


 ティシューの言葉に、君は思わずごめんと謝った。


「謝ることはありませんよ」

「はい。私はただ咎めていただけです」


 そんなティシューの口調にローズマリーが苦笑する。

 ティシューの言う「咎める」とは気にしていたという意味で、「非難する」という意味ではない。

 しかし生真面目なティシューの言い方だとさらに萎縮してしまいかねない、ローズマリーがまあまあと間に入ってなだめた。


「それで私は保健室へ向かう途中なのですが、何かご用はありますか」

「あるよ。ちょうどマイルスから頼まれて持ってくるように言われてるものがあるよ」

「あれですか」

「あれですよ」


 2人の間では何かしらの意思疎通がすでに成されているようだったが、君にはさっぱりわからない。

 そしてローズマリーはとことこと移動し、噴水の前へ。その目の前にはぷかぷかと浮かんでいる赤紫の縞模様。

 君はまさかと思った。

 そしてローズマリーは両手でそのスイカをざばっと持ち上げた。着ている服で表面の水滴をふきふきして、とことこと戻って差し出されたティシューの腕に手渡す。

 ティシューは受け取ったスイカを自身の操作するスカーフで包み持ち上げる。

 シャワータイムを持ち上げた護りのスカーフだ。スイカの一つや二つ問題ではない


「これだけですか?」

「それだけだね」


 するとティシューは君を見た。


「私はこれから保健室へ行きますが、もしよろしければご一緒しませんか」


 君はローズマリーに視線を向ける。


「旅人さんは保健室に行くとのことでしたね。お引き留めして申し訳ありません。お話できて楽しかったです」


 ローズマリーはそう言って深々と頭を下げた。彼女にはこれからまだ行うべき作業がある。


「それではまた、いつでもいらしてください。私やベルウッドや中庭の草花はいつでもあなたを歓迎いたします」


 穏やかな風がそよそよとローズマリーの髪を撫で、その頭上の花の花弁を一枚落とした。


お読みくださりありがとうございます。

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