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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
2/39

「私が男爵です」

 ★★★

 ──捨てる神居れば拾う神有り──

 ★★★




 窓から差し込んできた日差しに君が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。


「お目覚めですか」


 横からの声に首だけそちらを向くと、綺麗な女の人がいた。

 美しい黒髪を短く切りそろえられ、長いまつげに少し太めの眉、艶めく瞳に柔らかそうな頬。


「おはようございます、お体の具合はいかがですか?」


 落ち着いたその口調は、まるでベルのように唇を震わせる。

 首をかしげる女性、そんな仕草は彼女の美貌に比べてずいぶん子供っぽく見えた。

 ……誰?

 至極もっともな言葉を、君は開口一番彼女に投げた。

 彼女の顔に見覚えがなかったからだ。

 黒い髪は日差しに照らされ、まるでシルクのような艶やかさをたたえていた。

 そして、彼女の頭の上には白いレースの波模様の飾りが一つ、汚れ一つない純白でその存在を主張している。


「はい、私は貴方のお世話係として仰せつけられました。ティシューとお呼びください」


 彼女はそう言って、君に背中を向けて窓へと向かう。

 カーテンを大きく左右に開くと、陽光が部屋の中へ、ベッドの上の君の顔に差し込んできた。

 君は思わず目を細め、上体を起こして彼女を見た。身体が重い。

 日差しに照らされる彼女の身体、白と黒のゴシック調のメイド服。

 下品でなく地味でもなく、素朴で可憐でとても華麗に見えた。

 窓ぎわに置かれていたカートを押して、彼女が戻ってくる。


「なにかお飲み物を飲まれますか。もし空腹でしたら、食堂へと案内いたします。私どもの主がお待ちしておりますので」


 あるじ?と聞き慣れぬ言葉に君は聞き返す。


「はい。ヴェイサイト七公が一人。メノウ・アウララッハ男爵です」


 ティシューは、コーヒーとお茶、どちらがいいか、君に問うた。



 状況はよくわからなかったものの、とりあえず危険はなさそうだったので、君はティシューに紅茶をお願いした。

 かしこまりました、と鈴のような返事を返して、ティシューはカートからとても豪華なティーセットを取り出した。

 一目見ただけで高価なものだとわかるティーセットだ。

 ポットと、カップが2つ。

 そのうちの1つを取り出して、ポットからお茶を注いだ。

 濃く煮出されたお茶の水面にできた湯気を、ティシューはふぅと小さく息で吹いて払った。


「どうぞ」


 ティシューからカップをソーサーごと渡される。

 不思議な香りのお茶だったが、嫌いな香りではなかった。

 一口飲んでみるが、味の善し悪しは君にはよくわからなかった。

 ただ、何となくこれはよいお茶なのだろうなという感想を持った。

 君にお茶を渡し終えたあとは、ティシューは両手を前に組んで、じっと君を見つめていた。

 君はティシューに視線を返す。


「何か?」


 君は「ティシューとお呼びください」ティシューさん「ティシューと」……はメイドなの、と君は質問した。

 ティシューはうなずいた。

 聞いたあとで、君はバカなことを聞いたと思った。

 落ち着いた物腰に、清楚でシックな黒い服に、合わせられた白いエプロン。

 手首まで覆う長袖に、膝下丈のフレアスカートで肌の露出は多くはなく、手も白い手袋が覆っていた。

 なにより、ティシューはさっき、主がいると言っていたではないか。

 どこからどうみても、メイド以外のなにものでもないではないか。

 君がお茶を飲み干すのを確認して、ティシューはカップを回収した。


「先ほどお伝えしたように、私たちはメノウ男爵に仕えるメイドです。主にご主人様のこの屋敷の管理を行っています」


 そう言ってティーセットを片付けて、今度はカートから衣服を取り出した。


「お召し物です。お使いください」


 君はそれを受け取って見てみると、驚愕に目を見開いた。

 今君が着ている服と同じモノだったからだ。

 君がこれはと問うと、ティシューは答える。


「あなた様がお休みの間にお作りしたモノです。お気に召しませんでしたか……?」


 驚いている君の顔色見て、ティシューは不安げになった。

 あわてて君は否定する、気に入らないわけではなく、ただ驚いただけだと。

 君がそう言うと、ティシューはほっと胸をなで下ろしたようだった。


「それでは、ご案内いたしますので。外でお待ちしております」


 ティシューは深々と一礼すると、カートをころころと押して、部屋唯一のドアから外に出る。

 ティシューの後ろ姿を見送りながら君は考える、最後に何をしたか、自分の最後にしていたことはなんだったのか。

 しかし思い出せなかった。

 仕方なく君は手の中の服をじっと見つめていたが、やがて着ていた服を脱いで、着替え始めた。



 部屋の外で待っていたティシューに連れられて歩く。


「大丈夫ですか?」


 寝起きでおぼつかない足取りの君を見かねて、ティシューが手を引いてくれた。

 ティシューに連れられて、君は食堂に入った。

 そして、中の光景に圧倒された。

 床には上質な真っ赤な絨毯が一面に敷かれ、長いテーブルが部屋の真ん中に鎮座していた。

 靴の下からでも感じる感覚はとてもふかふかしていて、君はこれがとても上質なモノなのだろうと感じた。

 そして、部屋の両壁にずらりと並ぶ、ティシューと同じ服を着た女達。

 彼女らは入ってきた君達を一瞥することなく、壁に背中を預けているお互いを見ていた。


「やぁ、ようやく目が覚めたかね、気分はいかがかな」


 君が顔を前に向けると、食堂の再奥の階段の上で、何ものかが椅子に座っていた。

 漆黒の髪に深い闇色の瞳、楽しそうに君を見下ろしている。

 君は、彼が男爵なのだろうと思った。


「いかにも、私が男爵だ」


 男爵は君の心を読んだかのようにそう言って、立ち上がる。


「まぁ、聞きたい話は多々あろうけれども、まずは腹ごしらえからだ。随時質問を受け付けてあげよう」


 男爵はかつかつと階段を下り、バカ長いテーブルの前に立つと、ぱちんと指を鳴らした。

 その瞬間、テーブルの上に作りたての豪華な料理が湯気を立てつつ出現した。


「遠慮なく食べたまえ、これは君のために私が用意させたものだ」


 そう言って男爵はテーブルの前に腰掛ける。

 しかし、君は困惑する、男爵がいったい何をしたのか、料理が何故出て来たのか、理解ができなかったからだ。

 それに、料理はたくさんあるが、座るものがない。

 君がそのことを言うと、


「ふむ、普段は必要ないのでね……まぁ、それならば好きなものを使うとよい」


 男爵は言った、どれでも好きなものを使えばよいと。

 その手が指し示したのは壁に一列に並んだメイド達。

 君は男爵の意図がわからなかった、そして男爵は君が理解していないということを理解した。


「ご主人様、私が」


 ティシューが名乗りを上げると、男爵はうなずいた。


「そうだね、ティシュー」

「かしこまりました、ご主人様」


 名を呼ばれたことで命令は効力を発し、ティシューは即座に従った。

 机の手前まで来ると、その場でしゃがみ、その両手の平を絨毯に押しつける。

 いわゆる四つんばいの格好。


「さぁ、座りたまえ」


 当然のように言い放った男爵に、君の視界はくらりと揺れた。

 ようやく男爵の意図がわかった、ティシューがテーブルの前で四つんばいになっている、椅子はない、ティシューが椅子だ。

 君は狼狽する、訳がわからない、さあと言われても対応に困る。

 意味がわからない、なぜメイドを椅子にするのか、何故その命令に躊躇なくティシューは従うのか。


「あの、お気に召しませんか?」


 ティシューが四つんばいのまま、捨てられた子犬のような目で君を見上げる。

 君は言った、気に入るとかそういう事じゃなくて、人の背中に座るなんて事できないと。


「わかりました、では」


 そう言ってティシューは四つんばいをやめた。

 君はやめてくれたことにほっとした、しかしそれもつかの間、君の見ている前で今度はお腹を上に向けた、いわゆるブリッジであった。


「お腹の上ならお気に召しますでしょうか」


 大の大人がブリッジをする、そんな光景など見たくても見れるモノではない、

 そもそも君にとってブリッジなんて小学校の体育の時間くらいしかやる機会はなかった。

 ティシューのブリッジはそれは実にすばらしいモノだった。

 両足はしっかり地面に根ざし、また両腕もその細さに反して全く震えていない。

 華奢に見えるティシューの体躯だが、相応に鍛えられているようだった。

 しかし、そんなブリッジを見せられても君は困ってしまう。お腹の上に座れと言われても、事態はさっきより悪い。

 ティシューに座るくらいなら立ったままの方が……。

 そう君は思ったそのとき、言葉が投げられた、ブリッジをしたままのティシューからであった。


「申し訳ありませんが、ご主人様が着席しておられる以上、あなた様を立たせたままにするわけには参りません。


 どうか私めに腰掛けるようお願いいたします」

 君はティシューと男爵を見比べる。切実そうなティシューと、にやにやとしている男爵。

 とうとう君は根負けして、さっきの四つんばいになるようティシューにお願いした。

 ティシューは君の命令に従った。

 君は覚悟を決めて、テーブルに近づき、ティシューの背中に腰掛けた。


「ぁん……」

 腰を下ろした途端、ティシューの口から小さな喘ぎ声が上がり、君はものすごくびっくりした。

「相変わらずティシューは好き者だな。あぁ気にすることはない、彼女らは総じて奉仕をするのが好きなのだ、君が気を病む必要はない」

「はぃ……そのとぉりでございます……」

 君の人生史上最高に座り心地の悪い椅子だった、物理的ではなく精神的な意味で。

 ティシューの身体は細い見た目の割りにしっかりと引き締まっていて、君が腰掛けたときも全く崩れる事はなかった。

 そして、食事を終える頃には、君はティシューに座っていることを忘れることになる。


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