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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
18/39

「館のメイドの有効活用」

 

 ★★★

 生命の蝋燭、お値段銀貨5枚也

 ★★★




「お帰りなさいませ。ご主人さま」

 気付くと君は館のエントランスにいた。

 出迎えたのはベーグルだった。しかし美しかった金色の三つ編みがなくなっている。

 ところが男爵はそれに触れることなく、翼にしていたクロスをベーグルの頭にふわりと掛けた。


「戻しておきたまえ」


 とだけ言って先を歩き始める。

 ベーグルの髪がなくなっている理由は、君にはわからなかった。

 ただ、昨日持っていったテーブルクロスを、渡すならともかく頭にわざわざ掛けたということは、ひょっとして男爵はベーグルの髪の毛を隠してあげたのではないだろうか、などと君はちょっと思ったりする。

 ベーグルは「かしこまりました」と小さくお辞儀をして従った。

 そして、男爵がすっと腕を横に伸ばすと、ティシューが、ベーグルが、ローズマリーが、ベルウッドが、ぱたぱたと足早に立ち去った。


「さて、食事の用意ができるまで君と話をしようか。お互い、聞きたいことが多いだろう?」


 マントを優雅に翻し、男爵が館の廊下を歩く。

 さて、聞きたいことと言っても何を訊けばいいものやら。

 先を歩く男爵に付いていきながら、君は考える。

 どうやら男爵は質問権を先に君に差し出したようだ、男爵は無言のまま歩みを止めない。

 ふと君は通路の暗さに気付いた。見上げると、通路を照らしていた蝋燭が一つ残らず消えていた。


「ふむ」


 事もなげに男爵は指をぱちんと鳴らすと、館全ての蝋燭が同時についた。

 いつまで灯っていたのか、いつから消えていたのか、それは君にはわからなかった。


 今のは一体。


「この蝋燭の名は『生命の蝋燭』と言って、術者のマナを吸い取り燃焼を続けるという代物だ。術者の生命活動が止まらない限り消えないし、生命活動が止まるまでマナを吸い続けるという能力を持っている。魔術学園などで、才能のある物のマナを引き出すために使用するのが主な用途だ」


 男爵からそんな説明を受けても、君にはよくわからなかった。

 ただ、聞き覚えのある単語が気になった、君はそれを聞いてみる。


 マナってなんですか?


 すると男爵は君に背を向けたまま両手を横に伸ばし、上に向けた手のひらに、ボッと炎を灯した。

 マナとは、世界の全てに宿る根本となる力のこと。

 魔力、妖力、霊力、気力、オーラ、アニマ、エナジー、覇気、世界によって呼び名は多々あるらしいが、基本的にそれらは全て同じ物である。

 重要なのはその力を一体何に使うか、何に使えるか。

 男爵がその手のひらを握ると、現れた炎はぎゅっと潰れて指の隙間から零れて消えた。

 君はそれを見た、何もないところから現れた炎。男爵曰く、コレが魔術だ。


「魔術とは、自身に内在するマナより式を構築し発揮させる技術だ。その汎用性はまさに多岐にわたる」


 戦闘手段から日常のお供まで、その活用方法は枚挙に暇がない。

 さらに魔術には幾つかの分類が存在する。


「私は赤、青、緑、黄、白、黒、鉄、灰と分類しているが。まぁ適当だ」


 適当って……。


 男爵の言いぐさに君は困ったように愛想笑いをするだけだっった。


「たとえば、コレ」


 そう言って男爵は手のひらに炎を生み出した、かと思えば炎は手のひらの上で渦巻きはじめ、まんまるくなった。


「フレイムボール。赤の初歩の魔術だ」


 炎を放つ魔術だ、まぁありがちな分類だろう。

 男爵はぽいっとその炎を、なんと後ろに放り投げた。

 放物線を描き炎が床に着弾、と同時にドウンと鈍い音を立てて爆発が起こった。


「そしてこれが」


 爆風が君のところに届く。君は唖然とした。なんでわざわざ館が壊れるような行為を行うのか、行動理由がわからない。


「ん? あぁ、君は気にしなくともいい、あとでメイドの誰かが直すだろう」


 つくづくメイドの扱いがひどい男である。


「話を戻そうか。次にコレだ」


 男爵は手早く式を完成させると術を発動させた。

 男爵の手の上に浮かぶのは複雑な造形の形をしたリングのように君は見えた。


「これがさっき使った太陽レンズという術……あぁ、そう言えばさっき見ていなかったか」


 天山大剣の上部にいたとき、太陽からの熱を集めて放射したあの禁術だった。

 もっとも、その大きさは先ほどと比べてずいぶん小さいものではあるが。

 君は手の先に浮かぶレンズをじっと見つめた。

 するとレンズが急にくるんと動き。起き

 上がった。

 込められた魔力によって空間が歪む、輪の中に入った蝋燭の炎がゆらゆらとゆらめきジュッ。

 ぎゃっ、と声を上げて君は飛び上がった。顔を押さえて倒れ込む、床にゴロゴロと転がる。

 一体何があったのか、簡単に説明すると、レンズを通して見えた蝋燭の炎が、蝋燭の炎から溢れる魔力が、レンズを通して君に届いたのだ。

 君はひりひりとする鼻の頭を撫でた、確実に火傷している。


「これが太陽レンズという術なのだが、コレは未分類だ。赤とするには媒介となる空からのマナを必要とするものでね」


 要は、この太陽レンズという術はマナを媒介にして威力を発揮する術だから赤に属する魔力として分類したものかどうか、悩んでいると言うことらしい。

 だからといって、魔術の効果を人に放って実感させるのはやめてほしい、と君は思った。

 瞳に当たったら失明しかねない。

 男爵は悪びれる様子もなく歩いてゆく。君は少々不快そうに眉をひそめながらも、仕方なく立ち上がりその後を追う。


「さて」


 男爵が一つの扉の前で止まった。


「まずはここで汚れを落としたまえ。いろいろなことがあったので忘れているのかね?すごい格好だぞ?」


 そう言いながら男爵が振り返る。君はそう言われて思い出した。

 ベルウッドに箒で吹っ飛ばされ、果物の山につっこんで果汁まみれ、雨に打たれてずぶ濡れ、走ったり転んだりで泥まみれに油まみれ。

 まぁ、果汁などに関しては土砂降りの雨に流されてある程度は落ちているが、それでもかなりひどい有様なのは変わらない。季節が冬でなくてよかった。

 男爵に促されるまま君が扉を開くと、今朝も来た大浴場がそこにはあった。

 そう言えばここでシャワータイムに会ったんだった、と思いだした。シャワータイムは重傷を負っていたことを。

 君はシャワータイムのことを男爵に尋ねた。


「あぁ、アレのことは君が心配することはないよ、何も考える必要はない」


 男爵に言われて君はほっと胸をなで下ろした。

 あれほどの力を持つ男爵のことだ、ファンタジーでありがちな回復魔法を使えば何とかなるのだろうと、君は思った。


「墓なら既に作ってある」


 男爵がニヤリと笑った、君は笑えなかった。






 どろどろになった服を脱ぎ捨て、君はシャワーを浴びた。

 頭から熱いお湯をかぶり、肌を流れていくことで体中の汚れが溶けて流れていくようだった。

 館の風呂は、町のあの惨状にもかかわらず平常運転だった。

 ただ一つ違うのが、風呂の管理人たるシャワータイムが負傷により不在だということだが。

 シャワータイムの代わりに君を迎えたのは彼女、磁器のように白い肌と宝石のように透き通ったエメラルドグリーンの髪。

 すこし垂れ目な目尻に、太めな眉毛、背中までの長さの髪をシャワータイムを習ってくくり上げている。

 君がちらりと振り返ると、その仕草をじっと見ていた彼女が首をかしげながら微笑んだ。


 ↓ここから回想。

 数分前のことだ。


「セイント・リリス・エヴァンジェリンと申します。不慣れですが精一杯ご奉仕いたします」


 と言って、彼女は大浴場で君を出迎えた。

 君がセイントの姿を見て、最も驚いたのはその身につけている服だった。

 彼女が着ている服は、服と言うにはあまりにも装飾が少なく、ティシューやシャワータイムが着ていたメイド服とも装いが異なっていた。

 要するに、端的に表現するならば、彼女はスクール水着を着ていたのだ、しかも白の。

 だが、君が最も驚いたのはスクール水着がこの世界に存在していると言うことではなかった。

 彼女の胸元、本来であれば名前やクラス番号が書かれて居るであろう布地の部分には「せいんと」とくっきりはっきりと書かれていたのだ。少なくとも君にはそう読めた。

 君はセイントに水着の事とかその文字の事とかを訪ねたものの、セイントは少し首をかしげながら答えたが、その回答はあまり要領を得なかった。


「この服は泳げないわたしのために作っていただいたものです」


 泳げないからってスク水を着せるというのも関連性が君にはわからなかった。

 文字に関しては、東の方からやってきたという女の人が書いたといった旨をセイントは教えてくれた。

 幸せを呼ぶと言う文字らしいんですよ、すごいですよねと、同意を求められ、君は仕方なく頷いた。

 セイントは嬉しそうに微笑んで、手を差し出した。

 君はセイントの手に持ってる荷物を渡した。

 ↑ここまで回想。


「なんですかっ、おしごとですかっ?」


 振り返った君の視線に、セイントはすわお仕事かとばかりに拳を握った。そんなセイントの覇気に、君はなんでもないと言ってシャワーに戻る。

 するとセイントはがっかりしたような、少し安堵したような表情を浮かべながら元の位置に戻った。

 セイントは館の水源の管理人である。序列としては十五位でシャワータイムの下、マイルスの上である。もっとも、マイルスはメイドというよりは医者としての客分扱いなので、実質の最下位はセイントである。

 ところで、水源の管理と言ったらそのお仕事の範疇は風呂だけに止まらない。調理のための水、洗濯のための水、庭の苗木の水まきと、生き物に必須と言えるだろう。

 そんな重要な要素を一挙に担っているセイントが、序列としては最下位と言うことは、やはり序列がなんのためにあるのかわからない。適当なのか、単なる惰性か、早い者勝ちなのか、気にするだけ無駄かもしれない。

 それはそうと、君は再びちらりと背後を見た。すると両膝を揃えて正座をしていたセイントのおしりがちょっと浮かんだ、手のひらをぎゅっと握りしめていた。すわお仕事か、とばかりの臨戦態勢である。

 君は、じっと見られてると落ち着かないから出て行ってもらえないか、と言った。


「そう……ですか……わかりました……」


 すっくと立って、セイントはてくてくと脱衣所の方へと歩いていった。

 君は横目でセイントを見送った、セイントは片腕を顔の位置まで上げていた、背中を向けているので何をしているのかは判らない。

 セイントが出て行くと、大浴場には君だけが残された。

 だばだばと湯を吐き続けるライオンと、湯を注ぎ続けるシャワーの音のみが響いている。





お読みくださりありがとうございます。

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