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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
16/39

「世界三奇人が一人、メノウ・アウララッハ男爵」

 ★★★

 いのちってなに?

 嬉しいこと。悲しいこと。ムカつくこと。たのしいこと。

 ご飯を美味しく食べられること。

 幸せであること。

 ★★★



 シャワータイムの脇の下から両手を差し込み、ティシューがその身体をがっちりと支える。

 そしてさらにティシューはまもりのスカーフを操り、ヴァンデミールの身体を支えた。

 ヴァンデミールは手首の先まではシャワータイムの胸の中に沈み込んでいる。

 血の気の無いシャワータイムのその傷口からは、錆びた鉄のように黒ずんだ血がこぼれ落ちていた。

 ヴァンデミールはシャワータイムの体内で必死に手をにぎにぎしていた、だがシャワータイムの心臓はまだ動きそうにない。

 額に脂汗を浮かべるが、手は一切止めることはしない。


「まったく、人間はこれだから……」


 魔力のほとんどを消費をした後で音による衝撃をもろに食らってしまい、シャワータイムは心停止に陥った。

 しかし、改めてよく考えてみると、被害が大きいというならばロベルタの方が重傷なはずなのだ。

 しかし、等のロベルタは残っている片腕を真横に伸ばしてうなだれていた。五体満足であればさぞや立派な大の字になっていただろう。

 どうやら嫌な音による魔力障害はロベルタには効果がないようだ。

 元々嫌な音はある程度魔力を有する生物の魔力をこねくり回すものだから、それが効かないということはロベルタは人間ほどの魔力がないということだろう。

 町やメイド達に降りかかった突然の事態に君にはなすすべもない。ただ呆然と頭上の漆黒を見上げているだけだ。

 何か頭上遠くでキラキラと光っているのに気付いたとき、「こふっ」と咳き込む音が聞こえた。


「げふっ、かはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 シャワータイムが息を吹き返していた、胸から手を引き抜くヴァンデミール。

 未だ切り開かれているシャワータイムの胸の切り口からは、心臓のとくとくと言う鼓動と共に血が零れてきている。

 ヴァンデミールは手首を振って血を払う。だがねっとりとした血はその程度で全て落ちるわけではない。

 すぐそばで待機させてあった水の玉で手を洗い、スカーフで手をふきふき。

 そして手のひらにふっと息を吹きかけると手首から先に炎が宿る。

 ぴとっ、とシャワータイムの傷口にその手のひらを当てるとジュッと音がして血液が蒸発した。


「ぎゃぅっ……」


 ビクンと大きく跳ねるシャワータイムの身体を、ティシューががっちりと掴んで押さえる。


 時間にして十数秒、炎によってシャワータイムの胸の切り傷は丹念に焼き潰されていた。

 白い肌にぐずぐずと残った火傷が非常に痛々しい。


「ご苦労様です、ヴァンデミール」


 ティシューがヴァンデミールにねぎらいの声をかける。


「ふー……」


 一仕事終えたヴァンデミールはころんと転がって大地に寝そべった。

 とりあえずシャワータイムはこれでいいはずだとヴァンデミールは思っていた。

 だが事態は何ら好転していない。

 ぐいっと首を動かすと、昏倒していたドラゴンが身体を起こそうとしていた。

 それに遥か頭上には黒き天井として天山大剣が今もなお鎮座している。

 ヴァンデミールは次に君を見た、呆然として頭上を見上げている君だ。

 何故君は無事なのだろう、とヴァンデミールは考えたりする。

 旅人だからかしら、他の世界の人間にはそんな特殊な力を持っているのかしら。

 それとも魔力を一切持っていないのかしら、などと考えているようだった。

 その時だ、ヴァンデミールは君が口を間抜けにもぽかんと開けて見上げたままなのに気付いた。


(何を見ているのでしょう)


 などと思いつつ、ヴァンデミールもその視線に沿って天を見上げる。

 そうそれはとても綺麗なキラキラ。黒い空に白い光がぴかぴかとちかちかと光る、星のようだ。

 ぞわり。

 何も知らない人間ならばそんなのんきなことを思うに違いないだろうが、ヴァンデミールの全身の毛穴が総毛立った。

 そもそも天山大剣は空を移動するが、その際の衝撃波で大地をえぐりこそすれどもそれだけだ。

 普段なら館の防御装置で諸島全体を守っているのだが、要となるヴァンデミールがドラゴンの襲来で町に出ているのでそれもできない。

 外部からの侵入を防ぐ防衛機能は一度中に侵入したものをどうこうすることはできないのだから。

 ヴァンデミールは泥だらけの手の平を大地に伏せた、そして自身の体に巡る全ての魔力を集中させる。

 頭が痛い→知ったことか。

 お腹が痛い→毎月のことだ。

 主に全身が痛い→いつものことだ。

 片足を失ったままの彼女の周囲の泥の地面に魔法陣を描く。

 まるで透明人間が木の枝で泥の上に絵を描くように豪快で緻密な魔術式、凡人には不可能なまでの人の身でこれほどの魔術を行使できるとは凡人には不可能だ。


「支天覆うは素の華輪!」


 そして完成された魔術を発動。先ほど放った大輪の花だが、今度の花びらは全部で7つ

 多大なる魔力によって発揮された魔術は、ヴァンデミールの眼前、天に向かって昇っていく。

 男爵が「これならお前たちにでもできるだろう」と、どこからか仕入れてきた魔術を見本だけ与えてつくらせたもの。

 歴代のメイドたちが必死になって研究し、使用可能にした防衛魔術。

 そして、その一つ一つにヴァンデミールの渾身の魔力が込められた、歴代のメイドが行使できる最強の防衛魔術。

 街を、島全体を覆い隠すように広げた花びらに、天山大剣から舞い降りた光が降り注ぐ。

 その花びらの一つ一つが城壁に匹敵するほどの防御力、が。

 パパパパン、パリーン。


「は……………?」


 光が花びらに着弾すると同時に、まるで大量の爆竹のような音と共に七つの花びら全てがあっけなく散った。

 呆然と、愕然となって空を見上げるヴァンデミール。

 それは凡人には不可能なまでの魔術構築、絶大な防御力をもつ誇るべき彼女たちの防衛魔術。

 人が扱った魔術の中では他に類を見ないほどの難易度の高いものだったのだ。

 しかし、その程度のもの、空に浮かぶ天山大剣からしてみれば紙切れも同然だった。




 ★★★

 最後の切り札

 ★★★




 ヴァンデミールの全魔力をかけて放った防衛魔術をまるでアメ細工の如く破壊したものの正体を見てみよう。

 最初は星のようだと表現したが、その正体はそれは光の輪だった。シャワータイムが天に向けて放った輪と見た目は酷似している。

 それは、物体に接触すると同時に衝撃波を周囲に発生させるようだ。花びらに触れた瞬間パリーンと大爆発した。

 輪の直径は3メートル程度で、大きさこそシャワータイムが全力で放ったエンジェルハイロウの直径には遠く及ばない。

 一つや二つならヴァンデミールの魔術で防げただろう。だが実際は数百もの光の輪が上空に存在する。

 対するヴァンデミールの華輪は、その花びらの一つ一つの大きさはとても巨大で、上空に浮上しながら広がり続けていた。

 諸島群全てを覆う為の防衛魔術で、最大効果範囲はなんと東京ドームの278万440個分!

 このように広範囲を護る為の高度防衛魔術だったのだが、前述したとおり数百もの光の輪がなおも飛来している。

 きらきらちかちかと光っていた全てが光の輪だ。

 名前を付けるのならば悪魔の輪エビルハイロウ、シャワータイムの宝具が天使の輪エンジェルハイロウならばそんな感じの名前がしっくり来るのでは無かろうか。

 で、星々の瞬きのようにキラキラしていた無数のエビルハイロウが、ヴァンデミールの華を散らせてしまったのだ。

 華輪は展開途中であったとはいえ、それでも面積は港町をすっぽり覆う程度の大きさはあったのにも関わらず。

 それはさながら、虫に食われた野菜の葉っぱのように、花びらはパリパリ穴だらけにされ、維持できなくなりあっけなく砕け散ったのだ。

 そして、護るものがなくなった町に、一つめの悪魔の輪が石造りの鍛冶屋に着弾、轟音と共に粉々に吹っ飛んだ。

 発生した衝撃破によって大小様々な瓦礫が円周状に飛び散って、そこにいた人たちに重軽傷を負わせる。

 落雷は止まった、雨は止んだが異なる災害の発生だった。輪はドラゴンにも着弾する。

 しかし、強靱な甲殻をもつドラゴンにとっては衝撃波がほどよい目覚ましになったのか、目を覚まして身体を起こしだした。


「きゅろろろろろ」


 天に向かっての咆哮。その頭に輪の着弾。発生する衝撃波が大気を振るわせる。

 ぶっ壊れる建造物に吹き飛ぶ瓦礫。人々は縮こまって頭を抱えてとつぜん降って湧いた災厄に震えるしかない。

 天を覆い尽くす漆黒の天山大剣に、復活し翼を羽ばたかせ舞い上がるドラゴン。

 ここが世界の終わりか、誰もが絶望に飲まれかけていたその時だ、ティシューが遠慮がちに君に声をかけた。


「電話を取ってください」


 は?と君は反射的に返す。

 君は、ティシューが何故自分に急にそのようなことを言い出すのかがわからなかった。


「取ってください」


 言うべきことは簡潔にとばかりにティシューは復唱する。

 君は電話を鞄の中に放り込んだままだった。届き続けるメールと鳴り続ける着信に相手していられなかったからだ。

 ごそごそと鞄をまさぐって携帯電話を取り出した。

 ドラゴンは空に舞い上がって手当たり次第に油をばらまいている。

 君たちのほうへ飛んできた油はティッシューがまもりのスカーフで防いだ。

 どうやらメイドたちを相手しても旨味ないと判断したようだ。それならとっとと逃げてしまえばいいのに、腹を空かせたドラゴンは逃げまどう人間を捕食しようと頑張っている。

 君は、燦然と輝く携帯の画面に見入っていた。見覚えのある電話番号ではない、非通知ですらない。

 ただ携帯は着信があることだけを主張し続け、着信メロディを延々と歌い続けている。


「電話を取ってください」


 ぴっとしてもしもし。


『やぁやぁ、ようやく繋がった。どうしたね、何か忙しいことでもしていたのかね?』


 飛び込んできた男の声、君は一瞬誰だと思った。

 このようなときにこのような声でこのような電話をしてくるような人間、コレまでの話の中で一人しか出てきていないはずだ。


『私だよ。メノウ男爵だ』


 君は言葉を失った、何故男爵が電話をかけてくるのか理解不能、理解不能。


『いやぁ、遠距離通話魔術の式を把握するのに手間取ってね、今ようやく完了したところなのだよ』


 昨日言っていた遠距離通話魔術、男爵は携帯の機能をそれと同じもののように見ていた。

 男爵はその推測を素に魔術を構築して、君の持つ電話に干渉して通話を行っている寸法らしい。

 君は大声を出した、いま一体どこにいるんですか、と。


『今どこと問われると、【ペイルードである】と答えよう』


 ペイルードとはトワレヤ諸島より遠く離れた大陸の名前である。

 そんなことよりどこにいるんですか、大変なんですよと君は電話口に叫んだ。


『そんな大声を出さずとも聞こえているよ。大変って何がだね?天山大剣が来てることかね?』


 え?と君は間抜けな声を出した、知っていたんですか?


『知っているというよりも「見ればわかる」と言った方が正しいね。大地に影を落とす空を行く大剣。どうだね?圧巻だろう?』

 男爵はけらけらと笑った。

 何をのんきなことを言ってるんですか、みんな大変なんですよ。


『君こそ、何をそんなに慌てているのかね?天山大剣はその巨体故に通過に時間はかかるがそれ以外は特に何も……』


 発生する衝撃波も、館の防衛機能ヴァンデミールを用いればなにも問題はない、と男爵は思っている。


 ティシューしか立っているものがいないんですよ!?

 と、危機的状況を理解しようとしない男爵に、君はいらだちをあらわにして叫んだ。へらへらとしていた男爵の言葉が止まる。


 そして問う。


『天山大剣は頭上にずっといるのか?』


 君は肯定した。


『頭上にいるまま何も起こってないのか?』


 君は否定した、ドラゴンがいることを説明した。


『ドラゴン?その姿形の特徴は?』


 白銀色に輝く甲殻、きゅろろと言う鳴き声、口から吐き出す燃性と粘性の高い液体、ガスによる爆破と落雷を呼ぶ力。


『落雷?雷を落とすというのは初耳だが。油を吐いて火を付けるというなら、そのドラゴンの名は【ナパーム】だ』


 ナパーム、それがあのドラゴンの種の名前だった。


『頑強な甲殻を持ち空を飛翔するが、私のメイドにかかればさほど苦ではない相手のはずだが……』


 君はロベルタが落雷の直撃を食らったことを説明した。


『ナパームには落雷を落とす能力はないよ。要するに街は危機的状況と言うことでよろしいのかね?』


 君は肯定した。


『助けが必要かね?』


 君は肯定した。


『ティシューに替わりたまえ』


 君はティシューに電話を渡した。


 ティシューはまもりのスカーフを維持したまま直立不動になった。


「はい。ティシュー・デラ・フォンテルメア。替わりました」

『ずいぶんな体たらくだね』

「はい。申し訳ありません」

『お前たちは私のメイドたる自覚があるのかね』

「はい。申し訳ありません」

『お前たちはそこまで無能だったのかね』

「はい。申し訳ありません」

『再教育の必要がありそうだね』

「はい。申し訳ありません」


 携帯から聞こえるかなり理不尽な男爵の叱責に君は目を丸くした。

 だが男爵にとっては、預けたペットが粗相したようなものなのだ。


『躾直す必要がありそうだね』

「はい。申し訳ありません」

『では今すぐそちらへ行くとしよう、手順はわかっているね』

「はい。問題ありません」


 普段と変わらぬ口調でティシューは応え、携帯電話を耳に当てたまま、スカーフを維持したまま逆の手を前へと伸ばした。


「か『ちょっと待て』………?」


 男爵を呼ぶための呪文を詠唱しようとしたのだが、ティシューの詠唱はその当の男爵の言葉によって遮られた。


「いかがされましたか」

『いや、おもしろいものを見つけた。ちょうどいい、使ってみるとしよう』


 ティシューは携帯を耳に当てたまま首をかしげる、男爵が何をしようとしてるのかわからないのだ。


『さん・にい・いち、飛べ』


 ぷつっ、と通話が切れた。



 ★★★

 ゼノンのパラドックス

 ★★★



 気付くと、男爵は青空の下にいた。

 ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。

 雲一つ無い青空、青と黒の織りなす地平線。

 男爵は真下を見た、自分が今立っているものがなんなのか、踵をならして確かめる。

 そして、その顔がみるみる間に笑顔になっていった。


「クククク……ハハハハ………ハァーハッハッハッハッハ!」


 そして高らかな哄笑。その笑い方はロベルタとそっくりだったが、さすがは主従というところか。

 こつこつと黒い地面の上を歩きながら両手を開いた。

 そして男爵の全身から常軌を逸する魔力がどばっとあふれ出した!

 ぴたりと足を止めて、詠唱を開始する。


【ディ・ヴムー・ステイン!】


 男爵は、見て覚えたばかりの、異世界の魔術士が使用していた魔術を、その描写からそれっぽいものをでっちあげた。


【大地と大気の精霊よ】


 男爵は自らの魔力を最適な方法で十全にコントロールする。


【古の契約に基きその義務を果たせ】


 辺り一帯の空間に働きかけるほどの魔力と、魔術式により、魔術を完成させ、


【天地爆裂!】


 構成された破壊の奔流を、男爵は真下に向かって放った。

 瞬間、全ての音と光がかき消えるほどの轟音と閃光が炸裂した。

 巻き起こる爆煙に周囲一帯が包まれ、男爵の視界をも覆い尽くしたす。

 男爵が煩わしそうに腕を払うと強風が発生し、煙はあっという間に空の彼方へと吹き飛ばされる。

 煙が晴れたそこには、少しばかり服装が乱れた男爵が立っているだけだった。

 チッと男爵は舌打ちすると、魔力を再放出、再現VTRのように式を再構築し術を放った。

 二発目、閃光・轟音・爆煙・強風、立っている男爵。

 男爵は、自分が何をしているのかわかっているようだった。自分が一体どこにいるのか察しているようだった。だからこそ男爵は全力でもって足下を破壊してみせようとしているようだった。

 だが、壊れない、たとえ男爵が化け物じみた魔力と魔術の技術を持っていたとしても、


 天山大剣の上部装甲は破壊できない。


 それは人の身に到達できる領域ではないはずだ。天山大剣の外部装甲は「アキレス時間延滞防御」が備わっている。

 この兵装は、物質・現象が接近すると同時に展開され、事物の位置に反比例して事物の規模を半減させるというものだ。

 物理的にも魔力的にも、天山大剣に接触できるものなどあるはずがないのに!

 だが、実際に男爵は到達した、今彼は天山大剣の上部装甲に屹立している。

「アキレス時間延滞防御」は、接近た事物に対して発動する兵装で、今現在接触している事物には対応できない!なんたる欠陥兵装だ!

 男爵は、右手を挙げた。一体何をするのかと思いきや、その指をぱちんと鳴らした。

 その瞬間、男爵が纏う魔力の量が増大した。


【デ・フォー・ラ・ド・リー・ラ・マ・レータ・ディンス・レ・フォルーナ・キシス】


 そして詠唱。その力たるや、人の領域を超えている!一体何があったらこれほどの力を手に入れられるというのか。


【天に座す気高き星々よ、儚き瞬きを我に委ねよ】


 化け物。そう形容するしかないほどの絶大なる魔力だ。この魔力に比べればヴァンデミールの魔力など野に咲く一輪の花程度でしかない!


【白馬の騎士よ・女神を導き・蹄を鳴らし天に嘶け!】


 長い詠唱ががおわり、魔術の構築が完了した。

 男爵の顔には歓喜の笑みがいっぱいに貼り付けられている。


【我は放つ光の白閃!】


 全ての魔力を炎へ変換、その膨大な熱量は白き閃光をほとばしらせ、眼下へと照射。

 男爵にみなぎる魔力は、魔術に注ぎ混まれてなおあふれ続けている。まるで海上に発生した大竜巻が、水を大量に吸い上げるかのように。


「うわーーーーーははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 衝撃の余波で男爵の纏うマントが激しくはためく、髪がぼさぼさになる、ただ笑顔だけが変わらない。

 執拗に足下を破壊しようと躍起になっている。

 たっぷり五分、男爵は照射を止める。


「ふむ……さすがというか、忌々しい」


 眉をひそめる男爵の視線の先は、魔術を放射した天山大剣の上部装甲。

 装甲は健在、損傷は軽微。

 兵装の一つが無効化されたからとはいえ、天山大剣の装甲はその程度では破壊できない。


「もう少し力を込めてみるか……」


 男爵はそう独りごちて再度魔力を放出する、枯渇?限界?そんなもの自分の辞書にはないと言わんばかりの魔力量。

 人の繰る言葉では表現がしがたい、まさに化け物だ。

 当然だ、「アキレス時間延滞防御」を突破したのはともかく、装甲に攻撃をしてみせたのだから。


【日輪よ】


 男爵は頭上に魔力を放出して、巨大な魔法陣を描き始めた。

 ん?と男爵が周囲をきょろきょろと見回した、だがすぐさま詠唱に戻った。


【ルー・ラー・エム・リル・デ・フォン・テ・ラ・グード・サン・オー】


 術士という存在が魔術を使用する方法はいくつかある。

 最もポピュラーなのは、魔力を放出し、詠唱によって魔術を構築して放つことだ。

 しかし、魔術にとって重要なのは、魔力の量と詠唱という魔術の設計図の存在だ。

 つまり、設計図はなんでもよい。詠唱でも、泥に書いた魔術式でも、このような空中に描いた魔術式でも。

 魔術式そのものが魔方陣だ。術士にとって式をこのように書くことはさまざまな用途や目的があるが、主な目的は術の発動と維持を容易にすることである。


太陽レンズ!シティ・オブ・ウェルダン


 が、男爵が構築した魔術はその前提条件を破綻させるようなとち狂った魔術だった。

 きゅるるん、と魔方陣が実体化する。形容するならば豪華な枠組みの虫眼鏡、ただその大きさが尋常じゃない。

 枠の中の空間が歪む。空洞だったそこに光を屈折させるレンズが出現したのだ。

 蒼天に君臨する太陽から降り注ぐ無尽蔵のマナを取り込み、膨大な熱と光量に変換する。

 それは、既に失われているはずの【禁術】だった。





 魔方陣は術の発動と維持を容易にすると前述したが、それはヴァンデミールのように地面に横たわったままの状態や、自身が万全な状態じゃないのを補うためのものだ。

 体調が不調な時は魔力の放出の効率が下がる、それを補うために魔方陣を使用するという概念だ。

 しかし男爵が使用したこの「太陽レンズシティ・オブ・ウェルダン」という魔術は、天より降り注ぐ太陽光から魔力を吸収して放つ魔術。

 この魔術は、太陽レンズの魔術は街一つ容易く焼き尽くせるほどの禁術故に、維持と発動に街一つもの設備とそれを扱う人材が必要なはずなのに!

 要求する設備と効果において、その効率の悪さ故に失われてしまったはずのものを、こうも容易く……!

 天からもたらされる魔力はあまりにも膨大、それ故にレンズの維持が難しく、レンズの保持が難しい。

 そのクリア条件が果てしなく遠い、遠いはずなのだ。

 収束された太陽光が天山大剣の装甲を炙る。焦点温度はなんと一万度を突破した。

 温度はまだまだ上がる、燦々と降り注ぐ太陽からのマナは涸れることはない。

 だが、恐るべきは男爵の魔力だ。際限なく降り注ぐマナをレンズで受け止めているその状況。喩えるならば、決壊した堤防を轟音を立てて濁流が流れ込んでいるが如く。

 そんなものをたった一人で支え続けるという常軌を逸する魔術の行使!


「二つ」


 二つめの太陽レンズを出現させるのと同時に、レンズをゆっくりと移動させる。

 焦点は常に天山大剣の装甲に当てられているが、数万度もの熱量でも融解していない。


「三つ」


 男爵は数を増やし、熱を拡散させたり集中させたりして弱いであろう場所を探すつもりのようだ。

 あいにく上部装甲にそのような場所はないが、さすがにこれ以上照射が続けば多少なりとも変化が起こる。


「四つ……ちっ」


 四つ目の召喚を行おうとしたとたん、男爵は纏っていたマントを純白の翼に変化させて舞い上がった。

 港町のメイドたちへ放った「魔力レンジ」が今男爵に向けて放たれているが、男爵はわずかに不快そうに眉をひそめただけで平然と防いだ。こうかはいまひとつのようだ。

 蒼天に大量のマナを供給してくれた太陽が燦然と輝いている。

 男爵が見下ろす天山大剣、地平線は相変わらず黒い、視界の彼方まで今の男爵の大地は天山大剣の装甲だ。

 三つの太陽レンズが移動しつつ装甲を灼いているが、飛び上がった男爵の目の前でレンズからの熱線が尻すぼみになっていく。

「アキレス時間延滞防御」の発動、男爵という接触する存在がいなければ太陽レンズの照射などなんの問題もない。

 無意味を悟り、男爵は太陽レンズの魔術を解除した、とたん魔方陣が崩壊し、レンズは大量の魔力と爆散した。

「魔力レンジ」を真っ向から跳ね返した男爵の魔力防御は、レンズの崩壊による爆発の衝撃をたやすく防御した。そして天山大剣は健在だった。

 レンズの爆砕により、霧散するマナを男爵は8割程度回収する。

 そして、これが最後と言わんばかりにありったけの魔力を込めて、詠唱を省略して魔術を構築。


「天地返し!破ァ!」?


 天山大剣の上部装甲に、一瞬激しく火花が閃光のごとく走ったが、天山大剣には何の影響もなかった。

 男爵が発揮した魔術、それは「天地返しフロンティア・フィールド・オブ・ビュー」と呼ばれる魔術だ。

 かつてファムという開墾奇人と呼ばれた存在が編み出し使用した、「地面」を対象に、縦横無尽に無数に切り刻むというものだ。

 キューブ状に切り刻み、土の塊を浮かび上がらせてひっくり返す。その用途はただ農地をつくるためだけというトンデモ魔術である。

 使用者の魔力次第ではあるが、山1つどころか、島1つ更地にできるという性能もあって、これも現在禁術扱いだ。

 維持と発動に、設備と人材なのは『太陽レンズ』と同様だ。

 そんな魔術を詠唱を省略して放つなど、尋常ではない。

 しかも、その魔術が対象とするのはあくまで「地面」であることが大前提で、生き物は魔獣は切り刻めない。

 しかしその前提が今回の場合は男爵にとっては都合がよかったようだ。今の男爵にとっての地面はこの天山大剣なのだから。

 それでも天山大剣は健在である。


「……ふん」


 先ほどまでの嬉しそうな笑顔は男爵にはもはやない。男爵はただ翼を羽ばたかせることなく宙に止まりながら、黒き天山大剣を見下ろしていた。





 上空をくるくると旋回していたドラゴンは、運悪く悪魔の輪エビルハイロウに被弾して落下した。

 打ち所が悪かったのだろう、目を回している。

 ティシューの手の中で携帯の通話が切れたのと同時に、上空の輪は全てかき消えた。

 ティシューは携帯からもう一度声が聞こえてくるのを待っていた。

 見かねた君が携帯を返すように手を差し出すと、ティシューはその手に携帯を乗せた。

 そして君は耳を当てて音を聞く、確実に切れている。

 不安げに君を見つめるティシューに、君は通話が途切れていることを説明した。


「では、その機械を使ってご主人様と通話することはもうできないのですか?」


 ティシューのその問いに君はちょっと考えた。

 男爵からの着信が来たとき、電話番号は表示されていなかったからこちらからの送信は無理だろう。

 だが携帯が故障しているわけではないから男爵の方から何らかの手段を用いて送信することは可能だろう。

 遠距離通話魔術によって君の携帯に電話をかけたのだ、悉く非常識なことをしでかす男である。

 ちなみにティシューが君に電話を取るように言ったのもその遠距離通話魔術が理由だ。

 男爵は遠距離通話魔術で君に電話をかけていたのだが、君が電話を取らなかったからティシューに伝言を命じたのである。

 ちなみにティシューも通話魔術は使うことが可能である。距離は諸島内限定ではあるが。

 ともかく、男爵が来るとわかった以上、ティシューは事の心配は不要だと判断した。

 とりあえず、壊滅状態に陥ってるメイド衆をスカーフでくるんで館へと帰投するのが最良であろうと判断をする。

 まず呼吸は戻ったものの意識が戻らないシャワータイムをスカーフぐるぐる巻きにしてすぱっと切り離し、スカーフで持ち上げる。


「立てますか?」


 ティシューはヴァンデミールに手を差し出しながらそう尋ねた。


「はい」


 差し出されたティシューの手を、ぎゅっと握ってヴァンデミールが起き上がる。片足がなくよろめいたところをスカーフに支えられる。

 するとティシューは、スカーフをヴァンデミールの足にするするぎゅっと巻き付ける。

 巻いたスカーフはまるで金属のように硬くなり、螺旋を描くバネのようになった。長さを残った足に合わせる。即席の義足である。

 スカーフを切り離し義足の方に体重をかけると、バネのように強い弾性が返ってきた。義肢義肢ぎしぎし

 ふぅ、とヴァンデミールは一息ついた、とりあえずコレで自由に歩けるようになった。

 バネをしならせながらヴァンデミールは妙に満足げだった、生身の肉体よりこの義足の方が高く飛べそうだと思ったからである。

 ぴょんっ、と義足ヴァンデミールは跳躍した。


「ふぬっ!?」


 ロベルタのお腹の上に飛び乗った。

 ロベルタはとっさに腹筋に力を入れる。


「うん、いい感じですよティシュー、ありがとうございます」


「もうちょっといたわって……」


 ロベルタの呪詛をどこ吹く風で聞き流しながら、ヴァンデミールは屈んで、ロベルタをだっこした。

 ぐいっと持ち上がるロベルタの体やたら軽い。


「あ」

「あ」


 かろうじて残っていた腕も炭化してしまっていてぽろっと落ちた。

 両手両足もない状態ならずいぶんと軽い、子供ほどの体重しかなくなったロベルタをヴァンデミールは肩に担いだ。

 そしてもう一度屈んで落ちた腕を拾うが、今度は手首の先からぽろっと落ちる。

 落下の衝撃で手が砕けた、もはや修復不可能である。


「……どうしますこれ」

「……直せないしもういいとおもうけど、とりあえず回収してあとは踏みならしていいと思う」


 人の身体の一部をそのまま置いていくわけにも行かない、という理屈のようだ。

 とりあえずヴァンデミールは形だけでも整えることにした。

 呪文を唱えるとぼろぼろに崩れていたパーツがころころと転がって手首の形になる。


「ありがと」

「いえいえ」


 自分の腕のはずなのにほとんど執着を見せなかったロベルタだったが、捨て置いてもいいといったにもかかわらずとりあえず形だけ整えてくれたことに対し感謝を表した。

 呪文を唱えてロベルタに腕を近づける、なんとかくっついた。だが神経は死滅しているためロベルタの意志で動かすことはできない。

 そして次にヴァンデミールは、放置していた自分の足のところへとぴょんぴょんと跳ねていった。

 バネのようになってる義足が思ったより面白いなどと思いつつ、ヴァンデミールは自分の足を拾い上げる。

 ロベルタにしてやったように自分の足にくっつけるかと思いきや、そうはしなかった。

 あいにく、ヴァンデミールに治療に関する魔術の才能はないようだ。できることといったら元の形に戻すだけで元の機能へ回復させるかどうかとはまた別の問題である。

 とりあえず部品があれば後で何とかなる。


「ご主人様は?」


 ロベルタはヴァンデミールに訊いた。

 ヴァンデミールはティシューと男爵の会話を聞いていたわけではないので把握していない。

 ロベルタのつぶやきはティシューにも届いていたようで、ティシューが答えた。


「わかりかねます。あれよりご主人様からの連絡はない状況ですし、すぐ来るとは仰っていたのですが」


 ティシューのその言葉を聞いて、ヴァンデミールはきょろきょろと周囲を見回す、目標発見できず。

 おかしいな、ご主人様がすぐ来ると言っていたのであれば、すぐ近くに来ていることは間違いない。少し探知魔術を発動させるが反応なし。

 ヴァンデミールにとって男爵は永遠の目標なのだ。自分には不可能な魔術でも男爵なら容易くやってのけると信じている。

 だから来ているはずなのだとヴァンデミールは頭の中で考えていた、その時だ。

 突然の上昇気流が発生した。ティシューはとっさにスカートを押さえる。

 しかし肩にロベルタを担ぎ、右手で支え、左手で片足を持っているヴァンデミールのスカートがぶわりとまくれ上がった。しましま。

 突然上昇気流が起こったかと思いきや、周囲のみんなの耳がきーんとした。

 山登りをしているときなどに起こるあの耳鳴りだ、突然の気圧の変化によって引き起こされるそれを、きみは唾を何度か飲み込むことで回復させる。

 上昇気流はまさに暴風と言わんばかりに吹き荒れだした。ナパームがまき散らした油が吸い上げられる。

 そして、いくつもの竜巻が巻き起こった、メイドの誰かが起こしたものではない、吸い上げる風に吹き飛ばされないように気をつけたほうがいい。

 油ごと炎を巻き上げる竜巻、炎の柱のようになって辺りを照らす。

 遥か彼方の地平線に、青いものが見えだした。天山大剣が、諸島の上から上昇をしているのだ。

 巨大な天山大剣が上昇しているならば、それによって押し寄せる大気の量は尋常ではない。それによる暴風の発生だ。風はやまない、天山大剣はさらに上昇を続ける。

 水平線の青がみるみる広がっていく。


 天山大剣が去っていくのだ。君たちにはなぜ天山大剣が移動を始めたのかわからなかった。

 天山大剣はこの世界の空を航行する黒き大剣だ、その巨大さ故に通り過ぎるだけでも時間がかかる。

 天山大剣は最初からこの上空を通り過ぎようとしていただけなのだ、何らかのきっかけがあったから上昇を始めたというわけではない。

 天山大剣は、上昇を続けながら、空に解けるようにその存在がうっすらと溶けていき、見えなくなった。


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