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君と男爵、ときどきメイド  作者: みつ
第一章 ようこそ異世界へ
15/39

「第二級災厄級生物と」

少々長いです。

登場人物がひどい目に遭います。ご注意ください。

 ★★★

 人は旅をして、ついにわが家へもどる。

 人は生きて、ついには大地へもどる。

 ★★★




 さわやかな風が君たちの間を通り抜け、ガスと炎を吹き飛ばした。

 ガスと炎は遥か上空で念願の口付けを交わした、とても綺麗とは言い難い花火だった。

 そして彼女は、まるでダンスをするかのようにくるくると箒を振り回し、ぴしっとポーズを決めた。


「おまたせっ、助けに来たよ」


 ローズマリーだった、手に持っているのはさっき使っていたストームブルームだ。

 援軍が到着した、君はほっとしながらティシューを見た、ところがティシューは苦い顔をしている。


「ずいぶん遅い到着でしたね……」

「道が混んでたんだよっ」

「あの道私たち以外ほとんど通りませんよね」

「雨が降ってきたんだよっ」

「それで空飛べますよね」


 それとは箒のことだ、確かに飛べる。


「雷が怖かったんだよっ」

「あなたが?」


 見つめ合うローズマリーとティシュー、目をそらしたのはローズマリーだった。


「ごめんなさい」

「よろしい。誰の差し金ですか」


 ローズマリーは素直に謝った、なぜならば彼女はとっくに到着していたのだ。

 実際のところ雨が降り始める前からとっくに着いていたのだ。にも関わらず傍観していたことになる。

 ローズマリーから箒を受け取ったベルウッドは、ローズマリーの後頭部から緑色の髪をべしべしと叩いている。

 彼女が早く助けてさえくれればベルウッドは油まみれになることはなかったのだ、ベルウッドの怒りももっともだろう。


「わたしですっ」


 視線を石造りの建物の上に向けるといつの間にやらそこに一人のメイドが立っていた。

 炎と風に揺らめく長い髪、その真紅の色は町に燃える炎に照らされなお朱い。

 めらめらと燃える炎のような美しい髪に君は思わず見とれていた。

 そして額に巻かれた真っ白のバンダナは、髪の毛との対比でなお白く見える。


「とうっ」


 と屋根から跳躍。無駄に空中で三回転して着地。

 かっこよく着地、その際決めポーズを忘れない。


「果報は寝て待て! わっ」


 その瞬間、横から来た人物にすぱぁんと華麗な足払いを当てられ、彼女は地面に倒れ込む。

 とっさに両手を突いたため、体の全面が泥まみれという自体はさけられた。そのまま彼女は腕の力で倒立前転して起立。

 ちなみに雨は未だに降り続いている。

 君たちの住む現代日本のアスファルトのような上等なものはこの町にはない。

 雨が降ると土が解けてぐちゃぐちゃのぬかるみがあちこちにできる。

 手を突いた際に跳ねた泥が、真っ白なバンダナに一点染みを付けてしまった。

 泥の付いた両手をスカートで拭こうとしている。


「お遊びはほどほどにとあれほど言っているでしょう」


 足払いをかけた彼女がつらつらと詠唱、空中の水滴が集まって水の玉を作り出した。

 泥だらけの彼女はそれを差し出されると、ジャブジャブと両手を洗った。

 こうしている間にも放たれるガスや油は、ローズマリーから受け取った箒でベルウッドが風でガードしてくれている。

 どうやらドラゴンは君たちを先にしとめるつもりのようだ、獲物が増えたとでも思っているのかもしれないが、町を護るのならば都合のよいことである。

 この人達は?と君はティシューに訪ねる。


「序列第二位のロベルタ・ヒーヒロ・ディアマンテです」


 真紅の色の髪に泥の化粧をした方がロベルタだ。


「そして彼女が……」

「序列第三位のヴァンデミール・フランソワーズ・サーシャと申します」


 ロベルタの足払いをしたのがヴァンデミールとのことだった。名前が長すぎる、君が覚えきれるわけもない。

 メイド服のスカートをつまんで恭しくお辞儀をするヴァンデミール。

 雪のように真っ白の髪、つややかな光沢を誇る様はまるで真珠のようだった。


「ロベルタの希望に依り皆様を助けるタイミングを見計らっておりました。申し訳ありません」


 ここから城まで徒歩で1時間程度、箒で飛べばあっという間の距離だ。

 襲撃を受けて軽く30分は経っている。鎖から逃れてから今の時間まででも十分間に合う時間なのだ。


「ヒーローはここぞというタイミングにこそ登場するべきだと思うのですよっ」


 ぐっと拳を握って力説するロベルタ、その考え方には共感できるかもしれないが、命の危機に陥っていた側からしてみれば冗談じゃないだろう。


「だって久しぶりの活躍の機会だしねっ」


 握った拳を天高く突き上げるロベルタ、どうやらうずうずしているようだった。


「ティシュー、念のためにコレを」


 ヴァンデミールが大きなバッグを手渡した、ボストンバッグほどの大きさだ。

 ティシューは受け取って中を改める、君ものぞき込んでみると、大量の布が入っていた。


「まもりのスカーフです」


 コレは何かと君が訪ねると、ティシューはそう答えた。

 そしてティシューはバッグの中から布を引っ張り出す。

 君は驚いた、長さにして数十メートルはある1枚の布だったからだ。


「大丈夫ですか、ティシュー」


 ティシューはその布を引っ張り出しながらその場で1回転した。

 空っぽになったバッグ、ティシューの握る極長の布。けれど布はその長さと重さに反するように宙に浮いたままだった。


「この程度、問題ありません」


 まもりのスカーフ、術者の意図により自在に動かせる攻防一体の布。

 ティシューは館で唯一この布を作ることができるメイドだ、この布があればベルウッドも自らの身体を盾に油から君たちを護る必要はなかったのだ。

 その時だ、しゃらーんと、音がしたような気がした。

 君はそちらを見た、すると光の輪が近づきながら大きくなってきた。


「ご心配には及びません、シャワータイムです」


 光の輪はその中に君たちをまとめてくぐらせた、すると驚くべき事にずぶ濡れになっていたはずの全身が一瞬にして乾いていた。

 光の輪が断続的に飛来する。町を見下ろすあの高台だ、シャワータイムがそこに立っていた。

 天使がそこにいた。




 ★★★

 天使の落とした忘れ物

 ★★★



 頭上に輝く光の輪は、まさに天使の輪としか形容しようがない。

 シャワータイムが君の方を見た、そして手を君に向ける。

 開いた手のひらの先に光の輪が浮いている。そしてその輪が大きくなりながら飛来する。

 形容するならば、ヘビースモーカーがタバコの煙で輪を作るかのように。ぽぅ、と。

 しゃらーんと言う乾いた音、まるで小さな鈴を鳴らしたかのような涼しげな音。

 君のところへ到達する頃には輪は直径を数十メートルまで大きくする。もう一度君たちを丸ごとくぐらせる。

 するとまた全身がカラカラに乾いた、どうやら水を消失させる能力のようだ。

 それと、気付いただろうか、君たちを通過した後も輪は大きくなりながら前進し、地面に落下し燃え続けるドラゴンの油をも消し去ったのだ。

 液体であれば消してしまうようだ、そしてどうやら人体の内部の液体には影響を与えないようだ、何という便利な能力だろうか。

 先ほどティシューが彼女の名を出した理由がわかる、彼女一人いればどれだけ雨が降っていようが関係ない、頭上に力を放てば全て消しされるのだから。

 シャワータイムは両手の先に出現させた輪を頭上に持っていった。

 頭上の天使の輪にくっつく、大きな輪の中に小さな輪が二つ並んでいるという状態だ。

 ⑧という形状になっているとわかればイメージしやすいだろう。どうやら本来はこの状態が定位置のようだ。

 シャワータイムは輪を地面に置くとその上に乗った、スーっと音もなく移動する。

 君のそばまでやってくるとシャワータイムはそのわっかを掴んでひょいっと降りた、頭の上に再度持って行く。

 手を離すとその場で浮いた、まさに天使の輪、エンジェルハイロウだ。


「やぁっ、生きてたねっ」

「死んでたまるかっ」


( ゜д゜ )クワッ!!、とベルウッドが言ったまさしくその通りだった。シャワータイムがクスクスと笑った。


「それは何よりかな。あ、そうそう、ちなみにあたし達だけじゃないよ、他にも来てる」


 くいくいと親指でさっきまで立っていた高台を指した、よく見ると他にメイドが立っている。

 シャワータイムにばかり気を取られて見えていなかった。どうやら彼女たちは待機のようだ。


「他にもメルとセッティエーム、ベーグルとセイントはお留守番となっております」


 スカートをつまんでぺこりとお辞儀、こういう一つ一つの動作が優雅なヴァンデミールだ。


「僭越ながらわたくし、ヴァンデミールが全ての指揮を執らせていただきます」


 ぺこりと頭を垂れると真珠のような綺麗な髪が揺れる。

 彼女の髪は乾いてさらさらしているよりも少し水分を含んでしっとりしている方が美しいようだ。


「さて、ロベルタ」


「はいっ」


 ヴァンデミールに呼ばれ、ロベルトは気を付けをする。


「怪我をしない程度に遊んできなさい」


 な、の時点でロベルタは君の目の前から消えた。

 飛び跳ねる泥水、ロベルタはあっという間に跳躍していた。


「テ」


「ン」


「ショ」


「ン」


「あがって」


「キタ━━━(゜∀゜)━( ゜∀)━(  ゜)━(  )━(  )━(゜  )━(∀゜ )━(゜∀゜)━━━!!」


 ものすごい嬌声が雨音と雷鳴をかき消す、君が顔を上げるとロベルタが宙を舞っていた。

 向かう先は飛翔しているドラゴン。ドラゴンが油を放つ。

 ロベルタはくるくるとまるいお月様のように回転しながら空中でぴょんっ、と跳んで避けた。

 避けた油は落ちてくる、シャワータイムの光が油を消す。

 ドラゴンは予想外のロベルタの動きにとまどっているようだ、その隙にロベルタはあっという間に肉薄する


「どりゃーーーーーーーーーーー」


 ドラゴンの頭に振り下ろされるロベルタのカカト。角にぶつかり壮絶な金属音が鳴り響く。

 その轟音たるや、ファイアボルトの直撃よりも、港からの砲撃よりも強く激しく!

 その衝撃にドラゴンは一瞬めまいを起こした。あの一撃に一体どれほどの力がこもっていたというのだろうか。

 平衡感覚を狂わされたドラゴンはまたもや落下する、ロベルタもそれと同時にどちゃっと着地。雨と泥でぐちゃぐちゃだ。


「クククク……ハハハハ………ハァーハッハッハッハッハ!」


 それは圧倒的強者が放つ哄笑。降り注ぐ雨の中、泥だらけの地面にぐちゃりぐちゃりと足跡をつけながらロベルタがドラゴンへ歩み寄る。

 その真紅の髪はまるで激しく燃える赤色巨星ベテルギウス!らんらんと輝く緋色の瞳はまるで金剛石ダイヤモンド

 町の人たちも、さきほど捕縛に協力した屈強な冒険者達もそんなロベルタに呆然となっている。

 全員でかかって捕縛するだけでも骨が折れるであろう強大な存在を、あろうことかその身体能力のみで太刀打ちしてみせるなど、想像を絶する光景だった!


 序列二位!ロベルタ・ヒーヒロ・ディアマンテ!


 どうやら彼女こそがメイド史上最強の実力を持つメイドのようだ。

 ドラゴンが体を起こすが様子が変だ。頭がふらふらとして視線が定まらない。それもそのはず、ドラゴンの脳天に蹴りを入れたその瞬間、彼女の両足は鋼鉄へと変化していたのだ。

 今もなお彼女の足は変化している、着地した地面がかなり沈み込んでいる具合だ。


「後は……彼女に任せて大丈夫ですね」


 君はロベルタとドラゴンを見た、落下したドラゴンを再度捕らえようと近づいてくる町に人々を、ロベルタは手を広げて制していた。

 よけいな手出しをするとその顎吹っ飛ばすぞと言っているようだった。町の人はすごすごと引き下がった。

 酒場の主人である元メイドの女性は鎖を持ったままだったが、ロベルタはその鎖をちらりと見て、くるりとドラゴンに向き直る。

 拳を握ってしゅっしゅっ、とドラゴンを挑発していた。

 ドラゴンがずう゛ぁっと翼を動かしてまたしても上空に逃げようとした。ロベルタは一足飛びで跳躍、喉の裏を思いっきり蹴り上げた。

 するとどういう事かその部分の甲殻にロベルタの靴の裏の痕がくっきりと残った。

 人体でも喉を鍛えることは困難だと言うが、ドラゴンでもその部分の甲殻は薄いと言うことだろうか。

 ドラゴンは一瞬怯んだが、そのエメラルドの瞳がぎょろりと地面に降り立つロベルタを捕らえた。

 きゅろっ、とドラゴンの口から油が吐き出された。さすがにこの至近距離ではロベルタもかわせなかった。

 否、かわさなかった!

 驚くべき事にロベルタの身体はその場から動かなかった、ベルウッドは直撃を受けて数十メートルも跳ばされたというのに。

 全身油でぬるぬるになりながら、こんなものちょっと力を入れて踏ん張れば吹っ飛ばされることはないよ、とでも言いたげにロベルタは不敵に笑った。

 そして、ドラゴンが炎を吐いた瞬間、ロベルタの背後から光の輪がしゃらーん到達し、全身にかかっていた油を綺麗さっぱり消し去ってしまった。

 またしてもシャワータイムだ、ロベルタはドラゴンの炎の直撃を受けた、だが燃えるべき油はなく、質量なき炎はそのまま通過して地面に飛び散った。

 炎はわずかながらロベルタの服や髪に残ったが、それはすぐに降り注ぐ雨によって消え去った。

 たん、とロベルタが高く跳躍した。見上げるドラゴンの視界の中で、ロベルタは空中を跳ねた。ドラゴンはロベルタの姿を見失う。

 ドラゴンはコレまでの生で空中を飛び跳ねる人間にであったことがなかった、予想を裏切り続けるロベルタの動き全く対応できていない見事に翻弄されている。

 いや、ロベルタの動きについて行けるものなど、果たしてこの世界にどれだけいることやら。


「あちょーーーーっ」


 ドラゴンが気付いた時にはロベルタはドラゴンの目の前にいた。白銀の甲殻にロベルタの緋色の髪が映る。

 生物の弱点は顔面だ、たとえ強固な甲殻を持っていたとしても全身を統括する脳は頭にあるのだから。

 ドラゴンの瞳が、脳がようやくロベルタを捕らえた、しかしその位置は文字通りドラゴンの文字通りの目の前、鼻の上、口の上、油も炎も当たらない位置だ。

 その時だ、ロベルタはドラゴンの瞳がまばゆく光るのを見た。

 次の瞬間、彼女の身体に激しい衝撃が襲った。


 ドッカアアアアアン。ゴロゴロゴロ。


「あああああああああああああああああああああああああああっ」


 すさまじい轟音と、それをかき消すほどのロベルタの絶叫!衝撃によってロベルタの体がぼろきれのように宙を舞った。

 落雷だ!未だに天に鎮座する暗雲から純白の閃光となってロベルタに落ちた。

 ほとばしる雷光に目が眩む。誰もが目を疑った。コレで三度目だ、まるでドラゴンを助けるかのように稲妻が天を駆けめぐるのは。

 誰もがまさかと思った、ドラゴンは落雷をも操るのか。

 暗雲は一向に通り過ぎる気配はない、雨はなおも降り続けているし、稲妻も町のあちこちに落ちている。ついでにロベルタも地面にべちゃっと落ちた。

 百を超える稲妻の内たったの三つだけではあるが、あまりにもタイミングがよすぎる。


「ロベルタ!」


 慌てた様子でヴァンデミールがロベルタに駆け寄った。大通りの隅で仰向けに倒れている。

 落雷の衝撃で吹っ飛ばされたのだろう、即死することはまれだが、雷の力は人体で耐えきれるものではない。


「しくじっちゃった……」


 かふっ、と咳き込むとロベルタの口の中から黒い煙がリングとなって出て来た。

 ひどい有様だ、右腕は肩から先が千切れ左腕は指の先まで真っ黒焦げだ。

 そして、立派なスカートはぺしゃりとずぶ濡れになってぐちゃぐちゃになって地面に広がり、そこにあるべき両足がない。


「大丈夫ですか?ロベルタ」


 ふーーー、はーーーー。

 大きく深呼吸。


「こりゃダメだわ。内臓もめためたやられてるし両手両足もこのザマ。あーーーーーちくしょーちくしょーちくしょー!!!」


 どうやら喉もやられているようで、ロベルタの声はガラガラで聞き取りにくい。

 ロベルタが両手をじたばたとやり始めた、両足吹っ飛んでるのにずいぶん元気だ

 ロベルタが悔しがってるのはドラゴンを倒すことができなくなったからだ。かつて男爵が一人で倒したという油を吐くドラゴン、絶対やっつけたかったのだ。


「うぅ………くそぉ……あたしの足と腕はー?」


 ロベルタに言われてヴァンデミールはきょろきょろと見渡す。


「蒸発してしまったみたいですね」

「うあああああああああんっ、ちくしょーーーー………はぁ……」


 ぱたりとロベルタは十の字になって大人しくなった。降り注ぐ雨がロベルタの悔し涙を洗い流してくれる。


「きゅろろろろろろ」


 そんなロベルタを嘲るようにドラゴンが天に向かって咆哮した。ドラゴンの周囲を取り囲むように雷が落ちる。

 君たちはもはや確定だと思った、ドラゴンは暗雲から雷を任意に落とせるのだと。

 突然、光の輪が空に向かって放たれた。

 シャワータイムだ。液体を消すエンジェルハイロウならば島全体に影を落とす雲を消し去ることが可能だと推測したのだろう。

 そしてその推測は正しい、光の輪は拡大を続けながら全身、降り注ぐ雨を消しながら雲へと向かう。

 だが、光は雲に届かず消失。当然だ、雲の存在する位置というものはそう低いものではない、輪の射程距離より雲は遥か高くにあるようだ。

 雲さえなければ雷など起こらない。だがこのまま光の輪は届かない、そう判断したシャワータイムは三つのリングを一つにまとめた。

 ⑧の形で、リングがぐるぐると回転を始める。元々はこのような形で納めるエンジェルハイロウは、こうやって能力を発動する方がより強く力を発揮できるようだ。

 天使の輪がその輝きを増していく、シャワータイム呼吸を整え、両手を横に伸ばした。

 ゆっくりと身体が浮き上がり、足が大地を離れる。

 シャワータイムが全身全霊をかけて魔力を頭上のエンジェルハイロウへ注ぎ込む。

 粗末な魔道具なら込めただけで耐えきれず、粉々に砕け散るほどの上質で膨大な魔力、それをまるで乾いた大地が水を吸い込むが如く飲み干していく。

 光が一層強くなる、雷の閃光を凌ぐほどの輝きだ。これほどの力を放出すれば空の暗雲をかき消し巨大な風穴が空くことだろう。

 だが、それを狙い澄ましたかのように雷が落ちた。



 ★★★

 触らぬ神に祟りなし

 ★★★



 手を伸ばせば届くようなすぐ近くに雷が落ちる、どれ程の人間にそんな経験があるだろうか。

 一瞬とはいえ、太陽光を凌ぐほどの閃光が目を焼き、視界を奪う。

 大気中を走り抜けた稲妻の奇跡だけが網膜に張り付いて、真っ白の視界の中くっきりと映し出される。

 どうやら、閃光に目が眩んだのは君たちだけではないようだ。

 ロベルタが雷の直撃を受けたとき、彼女はドラゴンの眼前にいた。

 それ故にドラゴンは閃光を至近距離でもろに受けていたようだ、君たちを見失ってきょろきょろととまどっている。


「ご無事ですか、シャワータイム」


 君は目をこすりながら、ぱちぱちと瞬きをしながら、何とか視力を取り戻した。

 君の目に映ったのは、長大なまもりのスカーフをふよふよと宙に浮かばせているティシューの姿。

 よく見ると、まもりのスカーフの一部が燃えている。

 ティシューが腕を振り上げると、燃えている部分がばさりと落ちた。

 どうやらスカーフの先端に近いところが燃えていたようだ、切り落としてもさほど影響はない。

 驚くべき事に、ティシューは落雷の瞬間、そのまもりのスカーフでシャワータイムを護ったのだ。

 落雷とは読んで字の如く雷が落ちること、それ故に必ず頭上から振ってくる。

 それを見越してスカーフで護ったと言うことだろう。


「さんきゅっ」


 シャワータイムは護ってくれたティシューにウインクをしながら短く礼を言い、頭上に集められた魔力の全てを空に向けて放つ。

 美しい光の輪が回転しながら天に向かって登っていく、輪に込められたシャワータイムの魔力が降りしきる雨の水滴の全てを消し去ってしまう。

 手応えはばっちりだった、と言うより現段階でシャワータイムの全力だ、コレで届かないならば打つ手がない。

 シャワータイムの魔力はほぼ尽きた。倒れ込みそうになったところをティシューがスカーフで支える。

 天使の輪は雲へとたどり着いた。

 輪は雲の表面を削りながらさらに上昇、ぽっかりと穴を開けた。

 暗雲のおかげで町は夜のような暗さに覆われているが、そもそも現在の時刻はお昼もいいところだ。

 真昼の太陽が雲に空いた穴からこんにちはと、するはずだった。


「……あ……」


 空を見上げて唖然とする、上空の雲に大穴が空いた、そのおかげで町に降る雨は今はもうやんでいる。

 それなのに町はなお夜のように暗い。

 なぜならば、雲の上に天井があった。暗い、黒い、果てしなく水平線まで覆う光の届かぬ漆黒の闇。

 君もそれを確かに見た、雲の上に何か黒いものがある。

 君たちは思った、町が夜に包まれたのは、暗雲が厚かったからではなく、その暗雲のさらに上にあんなものがあったからなのかと!

 そして、君たちがそう気付いた途端、全ての雲が瞬く間に消えていく。

 雲がみるみるうちにその黒い天井へと吸い込まれた。


「天山大剣……」


 天を見上げて、ヴァンデミールが呆然となってぽつりと呟いた。

 君は驚愕した、あれが!?

 男爵の言っていた空飛ぶ大剣のことだ、だが君には黒い天井にしか見えない。

 あいにく近すぎるのだ、あまりにも巨大すぎるためこれほど近くにあると全貌を俯瞰してみることは不可能なのだ。

 想像してみるといい、おうちの中から一歩外に出て、空を見上げると青空の代わりに漆黒の天井が水平線の彼方まで存在していることを。

 シャワータイムの放った光の輪が遠くに見えた。

 未だに消えてないということはまだ到達していないということだ。

 エンジェルハイロウが届かぬほど遠くにあり、全貌を俯瞰することができないほど近くに存在する。

 君はいま嫌な想像をした。落ちてきたら逃げられない。なすすべもなく潰されるだろうと。

 その時だ、もはや小さな輪になったエンジェルハイロウに、パリッと放電が当たって砕けた。

 天山大剣はその茫然さ故に、周囲の物質を切り裂きながら通過する。

 たとえそこに巨大なモンスターがいても、そびえ立つ山があっても。

 天も山もなぎ倒す、それ故に天山大剣。

 暗雲があったからとはいえ、そのに上の天山大剣に気付かないとはなんたる失態。

 天山大剣は諸島軍に飛来するのは数年に1度とヴァンデミールは聞いていたが、先日君が来ているのだ。こんなに短いスパンで来るとはまったくの予想外だった。


「花よ・花よ・咲き誇れ」


 ヴァンデミールがとっさに魔術を構築する。天山大剣が諸島に接近通過する際に使用する防衛魔術。

 それは、たとえるならば盾のような大輪の花。その枚数は内側から2・3・5・7枚。

 ゆっくりと回転しながら広がる大輪の花は、その花びらの一枚一枚が強固な防壁に匹敵するほどの魔力防御を保有している。が、


「ぎああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 それを透過して、すさまじい嫌な音が町中に注ぎ込まれた。

 通りにいる誰もが両手で頭を抱えてうずくまっている。歯を食いしばり何かに耐えているように君は見えた。

 今、町全体に途轍もなく嫌な音が降り注いでるのだが、それは君には聞こえなかった。

 それは決して大きな音ではない、物体を物理的に破壊するようなものでは決してなかった。

 電子レンジが水を震動させて加熱するかのように、人々の体内の魔力を激しく震動させるというものだ。

 その激痛たるや、想像を絶するだろう。

 それは音という生やさしいものではなく、耳をふさいでも皮膚が音を受ける。

 音を受けた時間は十秒程度だろうか。

 肺から息を全て吐き出して脳が一瞬にして酸欠状態に陥り、弱きものは血を吐き昏倒しているものもいる。

 体内の魔力が多い者ほど影響が大きいためドラゴンも例外ではなかった。。

 魔法を放つこのドラゴンも、体内の魔力量は人間をはるかにしのぐ。ぶくぶくと泡を吐いて大地に倒れ込んだ、悶絶している。

 多大なるチャンス到来だったが、町に住む人間達も軒並み身動きがとれない状況に陥っていた。

 いま平気で立っているのは君だけだ。


「かっ……かはっ……げっ……げぅ……」


 ベルウッドが箒を持ったまま受け身も取れずに倒れ込んだ、全身を痙攣させている。

 めきめきと箒が音を立ててへし折れた、ベルウッドの握力に耐えきれなかったのだ。

 君は目を疑った、いくら何でも女の握力で握りつぶすなんて想像だにしていなかったからだ。

 当然、ベルウッドが自らの意志でやったわけではない。

 いま平気で立っているのは君だけだ。

 ヴァンデミールは膝を突いて眉間に深く皺を寄せている。彼女はメイドでありながら『術士』だ、魔力障害に対しての耐性もある程度心得ている。

 しかし上空に放った花は外側の7と5の花片は砕けた。攻撃を受けたからではなく、嫌な音による魔力障害によるものだ。

 気力で全部砕け散るのはこらえたものの、気分は最悪で額に汗が浮かぶ。まるで脳みその中をバールのようなものでひっかきまわされたような気分だろう。

 ローズマリーは一瞬で昏倒し泥水の中に倒れた、まるで丸太のように微動だにしない。

 シャワータイムはなおひどい状況だ。魔力を使い尽くし、体力精神力共に疲弊したところへの嫌な音。

 苦悶の表情を浮かべるティシュー、スカーフでシャワータイムを何とか支えながら君を見る。

 ティシューは、何故君は平気なのだろうかなどとを考えていた。

 だが、シャワータイムの体を押し返したとき、ぐったりと体重を一切支えようとしないシャワータイムにそれどころじゃないことに気付いた。

 シャワータイムの心臓は止まっていた、血液の巡らなくなったその身体からあっという間に体温が失われていく。


「ヴァンデミール……っシャワーが……!」


 ティシューの叫びにヴァンデミールが顔を上げる、ヴァンデミールは顔面蒼白となっているティシューを見た。

 そしてシャワータイムの顔には血の気が一切無い、開いたままの唇から唾液混じりの血がとろりと落ちた。

 もはや一刻の猶予もない、ヴァンデミールはシャワータイムへと駆け寄った。駆け寄るつもりだった。


「うぐっ……」


 ほんのわずか体を動かしただけで、目の前の天地がぐるんと逆転し、ヴァンデミールは無様にも泥の中に顔をつっこんだ、華麗だったメイド服はもう見る影もない。

 ヴァンデミールは立ち上がるのをやめた。ずきんずきん痛む頭、ぐるんぐるん回る視界の中に何とかティシューとシャワータイムを見つけた。

 腕を伸ばし泥を掴み、這って進む。

 かなりヘビィーな匍匐前進だった、ヴァンデミールもまさかこんなところでこんなことをまたすることになるなんて予想だにしていないようだった。


「ふっ、ふっ、ふっ。げふっ」


 1度咳き込むと、口の中に血の味がした。ヴァンデミールはぺっと吐いて捨てた。

 一歩一歩と言うべきか。腕を前に出して身体を引っ張り、そしてまた腕を前に出し身体を前に出す。

 ずりずり、ぐちゃぐちゃ、べとべと。

 シャワータイムのところへは徒歩ならばさほど苦ではない距離だが、這って進むとなるとなかなか大変だ。

 そんなとき、ヴァンデミールはぞぶっと変な音を聞いた気がした。

 そしてちょっと体を動かしたとき、異変に気付いた。ちらりと後ろを見る。

 キラキラと光る物体が地面に突き刺さっているのが見えた、どうやらシャワータイムが飛ばしたエンジェルハイロウが落っこちてきたようだ。

 さらに視線を降ろし、ヴァンデミールは冷ややかに目を細めて深く息を吐いた。

 その左足が太ももから綺麗に切断されていた。痛みはない。

 放電によって砕けたものが今になって落ちてきたのだ。

 ヴァンデミールは呪文を唱える、使い慣れた治療魔術はかろうじて問題なく使用できた。足の切断面に炎が宿り、焼却による止血、応急処置。

 そして切り落とされた足をそのまま置き去りにしてシャワータイムへと向かう。


「ヴァンデミール……」


 片足を失ったヴァンデミールをティシューが心配そうな目で見る。


「問題……ありません」


 シャワータイムの元へたどり着くと、ヴァンデミールはまずシャワータイムの頬に手を、次に首に手を当てた。氷のように冷たい、脈がない。

 服の上から心臓の鼓動を確認、止まっている。

 ヴァンデミールに詳しい医術の心得はない、だが心停止だけは何とかするべきだと知っていた。

 どうする?寝かせて心臓マッサージ?

 ヴァンデミールは右手の手袋を唇でぐいっと引っ張った、そしてそのまま外して投げ捨てる。

 そしてぴっ、と縦に振ってシャワータイムの服を斬り裂いた。

 あらわにされる白い肌、血の気が引いて雪のように白い。

 もう一度ぴっと縦に振った。

 シャワータイムの陶磁のような肌に赤い線が引かれたかと思うと、そこから玉のような赤い血がにじみ出てきた。

 ロベルタにしてやったように、魔術で水の玉をつくり、右手を清めてティシューのスカーフでごしごしと拭いた。

 ふっ、と手に息を吹きかけるとぼっと炎が宿った、焼却消毒。

 手を振って火を消すと、ヴァンデミールは切り口からシャワータイムの胸に手を突き入れた。

 そして、直接手で握っての心臓マッサージを開始する。





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