ゴブリン
「ギシャアァァアアァア!!!!」
「うおっ、きた!?」
咆哮と共に振り下ろされる棍棒を転がるように横に跳び回避する。
小柄ですばしっこい。装備もない俺らでは一撃でも喰らえば致命傷の危険がある。
「おい、早く逃げろ!」
「殺されるぞ!」
少し離れた所からクラスの男子の呼びかけが聞こえる。怖いしキモイしぶっちゃけ逃げ出したいが、そんなわけにもいかない。
ゴブリンが最初に視線を向けたのは、一番近くにいた俺ではなく、背後にいる千華だった。下衆のような視線、ゴブリンは性欲やら繁殖力やらが高いと聞く。こいつは千華を、女子を狙っているのだ。
俺が前に出て狙いを引きつけなければ、女子がどんな目に合うか想像もしたくない。森の中では追い手が有利だ。上履きの俺らが、森を熟知し身のこなしの軽いゴブリンから逃げ切れるとは到底思えない。
つまり、俺らのやるべきはゴブリンの殺害。もしくは一定以上の手傷を負わせ、逃げ切るか撃退するか。奴を逃がしたら仲間を呼ばれる危険がある、俺らは逃げたとして隠れる場所も行く当てもない。おのずと選択肢は「殺害」のみに絞られた。
「ギュルアァァァアアァァアッ!!!!」
「ちいっ!!」
敵が長考を許してくれるはずもなく、乱雑に振りまわられる棍棒が空を薙ぎ襲い掛かる。
近くの大木の陰に隠れ身を守り、クラスメイトの様子を見る。
みんなある程度の距離をとり避難している。逃げたいけどクラスメイトを見捨てるわけにも行かずに、中途半端な位置に留まっているのだろう。あの距離では援護もできず、逃げ切ることもできない。
「お前らは早く逃げろ!お前らが逃げ切ったら俺も適当に離脱して合流する!」
「馬鹿野郎!一人で撒けるような相手じゃないだろ!」
「一回逸れたらもう落ち合えねえよ!」
「死ぬときは一緒だぜーー!」
命を賭して逃がしてやろうと言うのに、あいつらときたら……。てか、安全なところで見てるだけなら加勢してくれよ。
振るわれる棍棒を避け、ゴブリンとは大木を挟んで対面に位置するように動く。彼我の中間に障害物があれば、奴の攻撃も俺には届かない。回り込もうとするゴブリンとは反対向きに、俺も同じだけ移動する。大木の周りをくるくると回り続ける姿は滑稽だろう。ここまできたら格好つけたかったが、逃げ切るためだしょうがない。
「せいやぁっ!!」
「ギョボオオオォォオオォオオォォォオ!!?」
「うおお!?」
くるくると回るゴブリンの後頭部を木刀が殴りつけた。
意識の外からの攻撃に対処できず、ゴブリンは無様に吹っ飛んでいく。
「助かったよ、東樹。ところでそれなに?」
「ああ、大木を削って持ちやすくしてみた。木刀とまではいかないけど、武器にはなると思って。どこぞの勇者様も、最初は木の棒を所持して魔王討伐に出かけるしね」
フルスイングで頭蓋骨を砕いた東樹は木刀(仮)を振り、付着した血を飛ばそうとする。
「いや、血付いてないぞ。そもそも木刀って殴打系だから殴っても流血しないだろ」
「けどさ、モンスターを切った後は剣を振って血を飛ばしたくなるよね」
ゲーム脳め。しかしこれで脅威はいなくなったな。
クラスメイトの方を見ると、千華が泣き崩れ、周りの女子に背中を擦られていた。俺たちが無事だったことで緊張が解けたのだろう。最初に狙われてたのはアイツだったし、恐怖で泣いてるだけかもしれないが。
東樹と並んで彼女らに近づく。手伝わなかったとはいえ、背中に女子を隠すようにしていた男子達を責められない。
緊張と疲労によりふらつく足を前にだし、みんなの元まで後30Ⅿほどまで近づいた時……
……背後から呻き声が聞こえた。
振り返る間もなく接近する呻き声は、俺と東樹の間を通り抜け千華を襲った。
「千華!!」
東樹の木刀では届かない。咄嗟に男子が前に出て身を盾にするが、壁にもならないだろう。
詰めが甘かった。生死をきちんと確認していれば。
後悔しても遅い。怒りに任せ拳を握りしめる。
と、手の中に石が握られていたのを思い出す。戦闘開始直後、武器になるかと拾っておいたものだ。
ゴブリンと俺、当てられない距離ではない。徐々に、親友の元へ近づく魔物に向け石を投擲する。
「っけぇ!!」
ビュン!空気を割き一直線に飛んだ石がゴブリンの砕けた後頭部に命中する。
「グガッ!!?」
木刀の傷に直撃し、痛みに呻くゴブリン。
倒すには至らなかったが、動きを止められればそれでいい。
「っは!」
ボゴォ!!
一閃、振るわれた木刀は鈍い音を上げ、ゴブリンの頭蓋骨は粉々に粉砕された。
白目を剥き倒れた奴の心臓を東樹が確認する。
「……終わったか」
そもそもゴブリンに心臓があるかもわからないが、死体蹴りをする趣味もない。一応警戒だけはしておこう。
ピーン!
突然脳内に不明な音声が流れ、目の前に文字が表示される。
『レベルアップしました』
首を傾げる。東樹も同じ現象が起きたようで、同様に首を傾げていた。
「お前もか?」
「ああ、レベルアップしたってさ。ゲームじゃあるまいし」
お前さっきまでゲームで物事例えてたくせに。試しに文字に触れてみると、画面が現れた。
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七五三木十五
LV2
HP 105/105
MP 28/28
筋力 37
資質 19
敏瞬 41
2005DR
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ステータス画面、だな。なんでこんなものが?
「どったの十五、なにかわかった?」
「いや、これなんだけどさ」
「これって、どれのこと?」
目の前の画面を指すが、東樹には見えていないらしい。
「とりあえずレベルアップって文字押してみ」
「?ああ。……おっ」
虚空を指で突いたり意味不明な会話をしていと、クラスの連中は不思議気にこちらを窺っていた。
「さ、さっきの一戦で頭を……」
千華が何か言っているが後にしよう。東樹のステータス情報を聞いてみる。
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高柳東樹
LV2
HP 157/157
MP 2/2
筋力 51
資質 3
敏瞬 55
2005DR
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表示内容は俺と同じようだが、数値に差異があるらしい。
ステータス、つまり俺たちの能力値を現すものだろうが。
試しに消えろと念じてみると画面は消えた。その後、現れろと念じてみるとまた画面が現れた。
「千華、ステータス画面現れろーって念じてみて」
「私のせいで二人が変に……え?えっと、ステータス現れよー。わっ!なにこれ!?」
どうやら彼女にもステータスが表示できるらしい。その分だとみんな見れそうだ。
「ちょっと、書いてあるの読んでみて」
「え、っと。これ、読まなきゃ、ダメ?」
「そりゃ、知っときたいし。いろいろと」
こういう時は情報が大事だからな。
「え、えっと……北条森千華……17歳……。ば、ばす……」
「ばす?」
「ばばば、ばす……ばすと、はちじゅう……」
「ちょ、まっ、お前何言おうとしてんの!?」
「だ、だって十五がこれ読めって!」
「お前のにはそんなことまで明記されてんの!?」
真っ赤に染めた顔を手で覆い、しゃがみこんでしまった彼女から最小限の情報だけ聞き取る。
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北条森千華
17歳
B――W――H――
身長161㎝
体重――㎏
LV1
HP 40/40
MP 110/110
筋力 12
資質 61
敏瞬 32
1000DR
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他の奴らにも確認させると、やはり女子だけ身体情報が明記されているようだ。
間違いない。ステータス画面を作った奴は男だ!
ステータスについてはゲームやらで触れたことがあるので、なんとなく理解はできるが、下のDRという数値だけ不明だ。
俺と東樹だけ2005DRで、他が1000DR。おそらくさっきのゴブリンを倒したのが原因だろう。モンスターを倒すかレベルを上げるか、もしくは両方でDRの数値を上げられるようだ。経験値とかかもしれないな。
ステータスを隅から隅まで見ていると端っこに「チュートリアル」を発見した。
ぽちっと押してみると目の前に妖精のような、ミニサイズの少女が現れた。現れたと言っても画面の中、デジタルだが。
『それではこれよりチュートリアルを開始します。参加される方は近くにお寄りください』
可愛らしい声で機械的にしゃべる少女。声はみんなにも聞こえたらしく、なんだなんだと群がってくる。
クラス総数30名が集まると、少女はゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。
『この世界について。ステータスについて。万屋について。魔物について。学びたいものをお選びください』