表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綾神虚草紙  作者: 鈴河悟
2/9

序幕・陰

脳の奥深く、灯る一点の光。

光は徐々に強く鮮やかに、広大な森と空を描き出した。

長い歳月を刻んだ悠久の大地。全てを内包する無辺の空。

あらゆる乱れを抱えながらも、一つの圧倒的な存在として広がる「世界」。

そんな光景に、白い、繊細な手が現れる。手はゆるゆると舞うように揺れ、やがて世界を包んでいく。その掌に、世界の理が包まれていく。森羅万象の全てが弦となって絡み合い、影響し合い、存在し合っている。

一切は空なる相に過ぎず、全て無故に全て有。

圧倒的な深淵と虚無。全てを内包した空虚。光と闇、聖と俗、天と地、生と死、あらゆる矛盾を矛盾のまま受け入れた理が、矮小な脳に注ぎこまれていく。脳神経が異常なまでに活性化し、超高密度の情報が焼き切れんばかりに錯綜し、物理的には存在しないはずの領域で「それ」は炸裂した。

(……誰……)

それが、「彼」の産声だった。

「誰か」という、「自分とは別の、同種の何か」を意識したこと。それが、砂漠で一滴の水を見つけるに等しい奇蹟だという事を、まだ、誰も知らない。

「彼」は細く閉じた目を、うっすらと開いた。

呼吸、心拍、脳波全て正常。平静そのものを保った眼が捉えたのは、非常灯のほの白い光。現実に目の前に広がるのは、薄暗い部屋でしかなかった。

耳は聞こえている。空調の低い機械音がする。

風も感じられる。わずかだが、湿った空気だ。

活動を、呼吸と代謝だけに限定する。

『……許容オーバー、だと?』

暗闇の向こうで声がした。中年の男の声だ。

『は、はい。そのようです。……え? サイドストレージもオーバー、ではなく……破損していますっ!」

また別の声がする。若い男のようだ。

『ダメです。起動領域に原因不明のノイズが大量発生。モニターできません』

『なんだと? それじゃ通常行動にも支障が出るぞ。異常な情報量だ』

『あり得ない……。何なんですかコレ。この提供者、どういう脳構造してるんですかっ!』

『……わからん』

『ああくそ……。ダメです。RAP消失しました』

『廃棄するしかないな、この個体は……』

「彼」の耳は、それらの会話を捉えていたが、「彼」自身は周囲の状況に何の興味も抱いていなかった。観察や把握は、強制された条件反射に過ぎない。

不意にそれが途切れる。脳が、休養を激しく要求してきた。

深いぬるま湯の底へ落ちていくような感覚が、彼の体を抜けていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ