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殺しちゃいけない転校生(1)

 曇り空の中学校へと向かい、人数が多いせいで少し蒸している体育館で、長い校長の話を小声で飛び交うクラスメイトの雑談の中で右から左へと受け流し、教室に戻り席に着き、ボリュームを捻って五月蝿くなった雑音の中、担任の連絡事項を聞き取って、さぁカバンを取って帰るだけ。


 去年の始業式はそれでおしまいだった。


「お~、今年の三年生も例年通りに騒がしいねぇ」

「あ、樫野先生だ!」


 始業式を終え、後は帰るだけのムードに支配されている教室。その中へと入ってきた先生は女の人だった。


「はい。皆大好き樫野先生ですよ~。いいから席つけ~」

「好きなところでいいっ?」

「それは明日の席替えで決めるから、今はとりあえず出席番号順に座って」

「え~?」「動くのメンドくさ~い」


 自分達の行動のせいで帰れなくなっているのにその責任を担任へと押し付けるかのようにブーブーと文句を垂れる。

 うんざりとしてもおかしくないのに表面上はにこやかにして応えているこの先生の名前は樫野野菊。三十歳で結婚もしている心穏やかなのが分かる柔和な笑みが似合う先生だ。

 担当科目は特に無く、生活指導の担当をしている。


 話を聞かなければいけない場面でわざとかと思われるぐらい騒がしくしていることから見て分かるとおり、このクラス――というか学校全体に、色々な意味で頭の悪い子達が多い。

 それが土地柄なのか年代柄なのかは分からないが、死にたがりの少年「水月葉柄みなづきようへい」もまた、思考的には彼らとさして変わらない。行動的には静かにしている分、担任にしてみれば幾分も楽ではあるだろうが。


「ね~先生。もう帰ってもいいでしょ~」

「ダメなのよそれが。だって今帰られたら転校生を紹介できないんだもの」

「転校生!?」「えっ、転校生?」

「そ。転校生」

「男!? 女っ!?」

「今入ってもらうから、もうちょっと待ちなさい」


 それじゃあ入ってきて、と先生が促す。


 ザワザワと勝手にブサイクだったらどうとかカワイかったらどうとか殺したくなったらどうしようだとか色々な声が交じり合った車が沢山行き交う道路よりも音のボリュームが上がる中、ガラっと入り口が開き、当の転校生が入ってきた。

 どんな子だろう何が好きなんだろうなんでこの時期に来たんだろう、と珍しく普通なことしか言っていない女子達の圧されぎみな声が先に消え、次に男子が発していた下品なザワめきが小さくなっていく。

 その入ってきた転校生が教壇へと近付くほどに。


 そしてその子が黒板に自分の名前を板書する頃には、全ての人が教室からいなくなったのでは思ってしまうほどに、静まり返った。


 木林灯きばやしあかり


 ルビを含めてその文字を書き終え、灯はその本来ならあり得ない光景に気付かぬまま、緊張の中に気恥ずかしを混じらせ振り返った。


「おっ、珍しく静かになったね」


 担任の小さな驚きが混じったその声がなければ、音を奪われたのかと勘違いしてしまったかもしれない。

 それほどまでに、外との騒がしさの落差が激しい。


 こんな空気が教室に満ちていたのは、一年生の始業式から一週間ほどまでの間だけ。

 そこから先は全て違う。ラジオが壊れて大音量でずっと放送を続けているのかってぐらい、授業も何も関係なく、音に支配されていた。

 いや、ラジオの方がまだマシだろう。小学生よりも厄介に、幼稚園児よりも意味の無い会話ばかりをしているのに比べれば。


 そんな酸素ばかりを無駄に消耗してばかりのやつ等が、転校生を前にして静かになった。男女問わず。


 確かに、美人だと思える容姿はしている。肩にかかるセミロングの髪、活発な瞳と顔立ち、しっかりとした物腰と意思を携えた雰囲気。出すぎず細すぎない、程よく抱き心地の良さそうな身体つきをしていて、思わず目を惹くのは分かる。


「…………」


 でも、それだけじゃあない。

 それだけで、静かになるはずがない。

 むしろ男子が騒がしくなって然るべきだ。


 ……全員、なんとなく感じ取っているのだろう。

 その、回りの人間とは違う、言葉に出来ない異常性を。


 葉柄は斜め後ろを振り返り、遠くに座るゆかりを見る。

 目が合った。

 二人はその異常性について分かっているようで、小さく頷きあっている。


 しかし他のクラスメイトは分かっていない。

 ただ本能が、なんとなく・どこかしらでおかしいと、言っているだけ。

 でも何が・どこがおかしいのかが、分からない。

 違和感としてしか、感じ取ることが出来ていない。


 この、殺したら取り返しがつかなくなるような、殺してはいけないと身体自身が警鐘を鳴らしてきているような、頭の中で殺すなとささやき続けてくるような、意識を足踏みさせるような感覚。


 初めて感じるソレが本当に初めてで、何が何やら分からず、自分の感情なのに処理すら出来ていないが故に、戸惑っている。

 そのせいで、いつものように声を上げることができていない。


「んじゃ、自己紹介してみようか」

「はいっ」


 静寂の水面に一石を投じる元気な声と共に、大きく一度頭を下げる。


「木林灯です! 一年間だけですが、どうかよろしくお願いします!」


 また元気な声で挨拶して、またまた頭を下げて、上げる。


 それを合図に、静かになっていたクラスメイトも口々に、よろしく、おう、など、やっとの返事を口にした。


 分からないことは分からないままで棚上げした。

 そのせいかまだその声には戸惑いの色が濃く写っていた。

 強がって絞りだしたかのような気持ちだろう。本人達にしてみれば。


 ただ当の灯本人は、その色に気付く余裕が無いのか、先生が指差した一番後ろの隅の席に向けて平然と歩き始める。

 クラスメイトからの注目すらも、転校生だからだろう、という気持ちで素通りした。


 光景だけを見れば、まるで普通の中学校のようだった。


 死んでも生き返り、傷をつけても治るこの世界。

 だからか、意味の無い殺傷が当たり前になっていた。

 暴言暴力を振り回し、悦楽求めて切りつけて、本能だけで生きていく。


 そんなクラスが、席に着くまで何もしなかった。

 ナイフで腕を切りつけるようなことも。腹に金属バットをフルスイングすることも。

 そこに辿り着くまでに、生傷塗れの身体になってしまってもおかしくはないはずなのに。


 何も、無かった。


「あ~……ほんと、皆どうしたの? 急に真面目ぶって」


 心優しい樫埜先生までも普通に普通のことをされているだけなのにちょっと警戒している。

 けれどもすぐ様持ち直し、この間に終わらせてやろうとばかりにそのまま連絡事項へと移った。


 正常であるが故の異常。


 転校生が来たこともそうだが、そうして今年は、例年通りの始業式とはならなかった。

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