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決意固まる「転校生(木林灯)」(3)

「おねえちゃん!」


 決意を新たに、凍梨さんのヒントで誰が犯人かは分かっていない私は、とりあえず水月くんのお見舞いに向かおうと校舎を出た……と同時、声をかけられた。


 日比樹くんだった。


 つい昨日にもう会うこともなくなると思ったけど……小学生の割りに、フられても声をかけてくるなんて、根性がある。


「…………っ!」


 ……あれ?

 ちょっと待って。

 凍梨さんはなんて言っていた?


 確か「私に話すと止められる」とか「始めて見たときからなんとなく違うと分かっていた」、「水月くんを怪我させられる可能性があるのはその人だけ」。

 それと……「噂は本当だった」。


 私に話すと止められそうで……始めて見て、二回目に見て確信して、可能性があるかもと思えて……噂が、あって……。


「……………………」


 そう……違う。

 なにか違う。


 ずっと気付けていなかった。

 日比樹くんが、こうも周りの人と違うのだと言うことが。


 何が、と言われても分からない。

 雰囲気、としか答えられない。


 ただ、漠然とは理解できる。


 きっと他の皆も……私と対面したとき、“同じような違和感を覚えているのだろう”と。


「……日比樹くん」

「ん?」


 明るく、笑顔で首を傾げる男の子。

 ランドセルを背負ったその子はたぶん――


「……君は、『前人間』なの?」

「? うん、そうだよっ」


 ――私と、同じ。


「お姉ちゃんもだよね? だって、みんなとはなんか違うし!」


 当たり前のことを言うように、元気良く放つその言葉。


 ……噂は、本当だった。


 それはつまり、『前人間』に殺されれば、死ぬという、噂。


 それが本当だから、傷つけられて、日にちを跨いでも、水月くんは治らなかった。


 水月くんが彼に気付かなかった理由。

 それは私と一緒にいるところしか見ていなかったから。


 凍梨さんが彼に気付いた理由。

 それは私と一緒にいないところをちゃんと見たから。


 私が、彼に気付いていなかった理由……それは私が、ちゃんと相手を見ていなかったという、証。


 告白されても、正面から見つめられても、ちゃんとこの子を見ていなかったから、この違いを、分かっていなかった。

 自分のことばかり考えて、他人のことに気を回していなかったから……。


 ……本当、私はこの子と付き合わなくて良かった。

 今も真剣に私を見上げてくれているこの子の気持ちを、踏み躙ってしまうところだったから。


「…………」


 傷ついていない時に出会っていれば、気付いていたのかもしれない。


 そんなことを考えてしまったけれど、それがなんだという話だ。


 傷ついている時でも、この子が困っているときに手を差し伸べることが出来ただけ、まぁ“善し”とすべきなのだろう。

 不幸中の幸い、だ。


 でも……。


「? どうしたの、お姉ちゃん」

「……ねえ、日比樹くん。もう一個訊いていい?」

「? うんっ」

「どうして、校舎の前で待っててくれたの?」

「それはね、お姉ちゃんともっと話したかったから!」

「そっか……ありがとう」

「べ、別にお礼なんて……! おれが勝手に話したいって思っただけだしっ!」

「それでも、嬉しいから。そこまで想ってくれるのは」

「そ……! そんなのは……好きだから、当たり前だしっ」


 ああ、可愛い。

 こんな可愛い子供に好かれている私は、幸せ者なんだろう。


 ……それでも……。


「そっか……。……それじゃあ、どうして水月くんを刺したの?」

「えっ……?」

「キミだよね。私の同級生を刺したのは」

「っ……!」


 息を呑まれる。

 明らかに目を白黒させられる。

 動揺露に、いきなりそんなことを話す私を警戒するように、怯えるように、一歩後ずさる。


 そこにさっきまでの輝きは無い。

 まるで褒めてもらえるのを待つような子供の瞳は無い。


 話されたことが分からない……のではなく、どうしてバレたのか分からないとばかりの色が、その目には宿り始めている。


「ねえ、どうして?」

「な……なんの、こと……?」

「…………」


 誤魔化す。

 嘘を吐く。

 きっと怒られるのが怖いのだろう。

 私に嫌われるのが恐いのだろう。


 でも、それをすれば、私はさらに怒るし嫌う。

 私はそういう人間だ。

 正直に生きて欲しいと願ったのに、嘘を吐かれたのだから、嫌って当然だろうとさえ思う人だ。


 ……でも、今までこの子を見ていなかった私が、そんな感情を抱くこと自体が間違いだ。


 相手のためと偽って、自分のためだけに相手を正そうとしてきた、大嘘つきの私が。


 何より、相手は子供だ。

 ここでそのことを話さず、勝手に怒ってどうする。


 そういうことを教えるのも、私の役目だ。


 私と同じミスをして欲しくないと訴えるべきなんだ。


 こんなダメダメな私を好きと言ってくれた、この子のためにも。


 バカ正直に生きると、正しくなって欲しいと訴えていくと決めた、私の最初の実践相手は……この子だ。


 夏山日比樹くんだ。


「……私はただ、日比樹くんにこれ以上、罪を犯して欲しくないだけ」

「……えっ」

「私なんかを好きって言ってくれた男の子を、傷つけたくないだけ。だから……お願い――」




 ――自首して……じゃない――




「――私にだけ、教えて。……あなたを、守るから」


 昔の私なら、きっと自首を進めただろう。

 それが「日比樹くんのため」だと「正しい」ことをしてもらおうとしたに違いない。

 こんな、庇うだなんて間違えた方法は、取らなかった。

 「自分の」「名声の」ために。


 確かに、これは間違いだらけの選択肢。

 世間的に見ても、誰かを傷つけたのなら、罪を償わないといけないに違いない。


 ただその相手が“本当に傷つけられたくなかったなら”だ。


 ……今回刺された相手は、偶然にも、傷つけられることを望んでいる人だ。


 そこに被害者の存在はいない。

 むしろ感謝しているぐらいだろう。


 私が「自分の名声のため」とか「社会的地位のため」に正しさを求めていたのなら、この子を犯人だと言うのが正しいのは分かっている。


 でも私が求めているのは「自分の友達」だ。


 被害者が被害者と思っていないことをつっついてまで犯罪者を仕立て上げるのは……今の私には、出来ない。


 今の私ができることは――


「でも……お願い。もうこれ以上、人を傷つけないって、約束して」


 ――これ以上、この子に誰も傷つけないでと、“お願い”することだけ。


「これ以上、誰かを殺そうとしないで欲しい。これ以上、人を刺す感触を味わって欲しくない。これ以上……他人を、傷つけて欲しくない……」


 これは多分に、私の我侭でしかないけれど……。


「きっとキミは、言われた通り正直に生きてくれたんだと思う。そんな日比樹くんに、またお願いを増やしちゃうけど……代わりに、私は誰のものにもならないって、約束するから」


 だから、お願い。


「私を好きじゃなくなったら、破っても良いから」


 それまで、お願い。


「どうか誰かを傷つけて、その手を……汚さないで下さい」

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