プロローグ(3)
身体が軽くなる。
活力が宿る。
風を感じる肌が暖かくなる。
身体の内に広がっていた絶望はそこになく、孤独も恐怖もそこにはいなくなっていた。
これこそまさに、何度も体験している“生き返る”という感覚。日付が変わったという証そのもの。
ソレに身を委ねながら、ゆっくりと瞳を開ける。
「…………」
見えたのは夜空。雲も星も無い、月明かりだけが照らされた真っ暗な空。
上体を起こす。手元を見て、土を見て、そこに広がり染まる血を染み込ませた地面の広さを見て、俺が間違いなく一度死んだことが分かった。
そして、いつものように、生き返ったとも。
「大丈夫~?」
隣から降り掛かる女の声。
生き返ってからいつも聞く第一声。
顔を向けると手を差し伸べてくれていた。
凍梨ゆかり。
今日も俺を殺した女の子。
「ああ。また負けちまったな」
その手をとって、引っ張ってもらい、立ち上がる。
互いに、取らなかった方の手には一振りの抜き身刃。
向こうは包丁。こちらはナイフ。
共に殺し合いのときに使う得物が握られている。
「全く……ゆかり、お前ってホント段々と強くなるな」
「え~? そんなことないよ~」
「あるっての。ここ最近、俺お前に勝ててねぇし」
「そうかな~?」
「そうだっての。そろそろ一ヶ月になるんじゃねぇか? お前の連勝記録」
「そうなったら更新だね~」
「させねえように、俺も強くならねぇとな」
笑い合いながら、歩き始める。この場所から出るために。
学校の運動場。俺たちがいつも戦う、さっきまで戦っていた場所。
互いの家が学校の正門を出てすぐに別れるほど真反対なため、日付変更前に戦えて目立たない場所と言えばここしかないからだ。
当然、正門は閉まっている。
が、学校の敷地として仕切る柵が格子状なために侵入も簡単だし、公立校だからか知らないけれど見張りも見回りもいない。
柵の近くに木が植えてあったり部室棟があったりするおかげで、外から直接運動場を見るのも難しい。
そうして打ってつけなのもあって、俺たちは毎夜ここに侵入して、さっきみたいに殺し合いをしている。互いのために。
「にしても、明日から学校か~……」
侵入脱出しやすい柵の近くに向かう途中、思わず愚痴が零れ落ちる。
「はぁ~……面倒だなぁ~……」
「それじゃあ休む~?」
「休みたいのは山々だが、このまま死ねなかった時のことを思うと、やっぱ勉強はしとかないとだしなぁ~……」
「でも明日は始業式だし~……良いんじゃない?」
「じゃあゆかりは休むのかよ」
「あたしはパパ達に心配かけたくないから来るよ~」
「だったら俺も来るに決まってんだろ」
それに、家に一人でいても仕方がないというのもある。
ゆかりも学校に来るんなら、終わった後にでも勉強を教えてもらった方が有意義だ。
そろそろ去年あまり真面目にしてこなかった勉強の範囲も追いつけそうだし。
「ま、何にしてもだ。俺たちみたいなでも、明日から三年生だ」
柵に手を掛け足を乗せ、大きく身体を昇らせて、俺はようやく見つけた一番星を見つめながら、頑張るか、と一区切りするかのように、言った。
「いい加減、俺も死なねぇといけねぇな」
――――――
死んでも死なない人間の数が、去年ついに全人口の九割を超えた。
午前0時。
その時を迎えればどんな怪我をしていようとも、その人は生き返る。
そんな人間が始めて確認されたのが、一世紀半も前。
病気での死は避けられずとも、怪我や殺害による死は避けられる人間の誕生。
それはまさに、簡単に死んでしまう人間の、遺伝子的成長と位置づけられた。
俗な例えをするのなら、キリンの首が長くなったように。ゾウの鼻が長くなったように。
人は、圧倒的に死に辛くなった。
当初は異常と位置づけられたそれらの人も、次々と、その数が増えていき……ついには殺されても死なない人が「人間」と呼ばれ、殺されれば死ぬ人を「前人間」と呼ぶようになった。
異常は正常となり。
正常が異常となった。
これは、「人間」だが「前人間」のように死ねれば良かったのにと願う男が、死にたく無いと吠えるキッカケとなる人間と出会う、“起”の物語。