決意固まる「転校生(木林灯)」(1)
…………………………………………………………………………サイレンの音が、遠くに聞こえる。
◇ ◇ ◇
「昨夜、水月が血まみれで発見された」
「えっ!?」
声を上げたのは私だけ。
けれども、驚愕の雰囲気に包まれたのはクラス全体だった。
昨日の今日に起きた私関係の出来事。
そしてこれまでの積み重ねのせいだろう。
何だかんだで水月くんはクラスメイトのほとんどに認識されていたようだ。
どういった評価でかは分からないけれど。
ただ、その驚き方には違いがある。
私のように意味が分かっているくせにどういうことか分かっていない、気持ちの整理がつかず驚いている人は、昨日痛めつけられたらしい沼上くんだけ。
たぶん、水月くんの強さを知っているからこそ、そんな目に遭った事に驚いているのだろう。
どちらかというと、動揺、と言ったほうが正しいかもしれない。
でも他の皆は、傷つけられて治らないなんてことがあるのか、といった形で驚いていた。
聞こえてくるヒソヒソ声だけでそれは分かる。
口々に話す言葉は違うけれど、皆同じようなことで前後両隣と言葉を交わしている。
――凍梨はどう思ってんだ? ――
ふと、そんな言葉が耳に届く。
聞こえてようやく彼女が気になり見てみると……その表情は、平然としていた。
まるで、彼女自身が一枚噛んでいるような……そう思わせてしまうほどに、普通にホームルームを聞いているような表情だった。
クラスの皆に一度からかわれて怒ってからは、水月くんと二人セットで扱われていると昨日帰り道で話してくれた凍梨さん。
だから周りは彼女が焦るものとばかり思ったのだろう。
――でもただ普通に十二時を過ぎてから殺されたんじゃねぇの? ――
そんなクラス内での疑問の声も届く。
「あ~……残念だが、0時を過ぎて殺された訳じゃあない。それならそもそも、わざわざホームルームで言わないわよ」
そう。
その通りだ。
だから間違いなくそれは、あり得ない。
彼は誰かに傷つけられたということになる。
ガタンッ!
「っ!」
突然、椅子を引く音。
誰かが立ち上がった。
……凍梨さん、だった。
「…………」
そのまま一言も発さず、大人しく座る。
「……お、おう」
どう反応したものか困った担任の樫埜先生は、そんな何に納得したのか分からない言葉の後、どういう状況で水月くんが見つかったのかの説明と、他に生徒が狙われるかもしれないこと、そして蘇らなかった原因は不明なことを一通り話して注意を促した。
その間、凍梨さんは何かを考え込むように顎に手を当て、ずっと俯いたままだった。
落ち込んでいるのを誤魔化すために、そんな表情を作っているかのように。
~~~~~~
先生がやってきてわざわざホームルームで話したその理由。
復活する時間を過ぎて殺されたからではなく、復活する時間を過ぎても蘇らなかったから。
そんな簡単なことすら見落とすほど、凍梨さんは動揺していたのだろう。
「……昨日は、いつもの時間になっても来なかったの」
間延びした喋りをする余裕すらもなくしている。
思えば、私に対して一度怒鳴ったときも、語尾を延ばしていなかった。
それはきっと、彼女が焦っている証。
「……いつもの時間? なんの?」
「殺し合い」
お昼休み、私と凍梨さんという今までにない珍しい――けれども必然とも呼べる組み合わせで、一つの机でお弁当を広げ食べながら、水月くんのことについて話をしあう。
周りには誰もいない。
クラスメイトが意図して空間を広げている。
関わりになりたくないからだろう。
けれどもそんな中でとはいえ、さすがにお弁当を食べながらのそのワードは……あまりにも不釣合いだ。
「きっと用事があるからだろう、って勝手に思ってた。……ううん、思おうとしてた。警鐘を鳴らす思考を無視していた。あたしは」
「……どういうこと?」
「ずっと考えてたの。休み時間全部」
授業中は真面目にしていたのは、きっと水月くんのため。
チラりと様子を窺ったとき、ちゃんとノートを取っていて驚いたけれど……間違いなく彼のためなのだろう。
彼の勉強の遅れを、作らないため。
まるでそれが自分に出来る、唯一のことだとばかりに。
「昨日、葉柄が来なかったことを、あたしはどうして家事で忙しいからだって決め付けてたのかを。それはたぶん、認めたくなかったから。彼が殺されているかもってことを。でも昔、無理だったときはちゃんとメールをくれてた。それに気付いていたのに、勝手にそれすらも無理なほど忙しいとか、そんな事前に教えてくれそうなことを教えてくれなかったんだって思って……」
言葉の繋がりが少し怪しい。
話が飛び飛びになりながらも話してくれているのかと思ってしまう。
が、実際はちゃんと筋道通っている。
曲がり角一つ一つを無理矢理短い距離で歩いているかのようなはしょり方をしているだけ。
もしかしてあの語尾を延ばしている間、彼女は話を分かりやすく整理してくれているのかもしれない。
真ん中を歩こうとしてくれるから、遅くなっているのかもしれない。
「……でも、あの時にはたぶん、とっくに刺されて倒れてたんだと思う。葉柄は。でも彼が死ぬわけがないとか、刺されるわけないとか、そんなことを思ってしまってたから、そんな客観視をしてしまってただけで……」
「でもさ、それが分かったからって、凍梨さんにはどうすることも出来なかったんじゃないの?」
「……………………」
肯定と取れる沈黙が返ってくる。
そう。
どうすることも出来なかった。
それはきっと凍梨さんが一番理解している。
例えその殺し合いとやらの時間に彼が来なかった理由が殺されかけたからと分かっていたところで、何も出来なかっただろう。
だって水月くん自身、殺されることを望んでいるのだから。
顕著なのが今回の発見場所。
注意を促すためなのか、それとも私が知らないだけで新聞にでも載ったのかは分からないけれど、樫埜先生はちゃんと教えてくれた。
それだけ、今時人が傷つき治らないというのは珍しいからだろう。
まず結論から述べるのなら、水月くんは死んでいない。
病院に運ばれ既に目も覚めている。
刺された箇所が偶然にも良い場所で、さらには刺した力も弱かったので、即死は間逃れたのだという。
発見されたのは夜。
刺されたと思われる時間は下校時刻の夕方。
私たちと別れてからの帰り道で刺されたのだと思う。
して、肝心の発見場所。
これがなんと、刺された場所から離れた人気の無いマンションの裏手側だったという。
刺されたと思われる場所から点々と血痕があったらしい。
別に、彼を発見した人が、その痕を追ってきた訳ではない。
発見したのはそのマンションに住んでいる人で、仕事が終わって単車を置きに来たら倒れていたという。
普通なら生き返るからと無視するところなのだが、イヤな予感がしたので救急車と警察に連絡をしたらしい。
それはおそらく、水月くんや凍梨さんが話す、『前人間』と相対した時に抱く妙な感覚と似たものなのだろう。
人が本当に死に掛けているのか、生き返る前なのか、その違いが本能レベルで訴えているような……。
……ともかく、その人の連絡がなければ、水月くんはそのまま発見されることなく一夜を過ごし、最悪本当に失血死をしていたかもしれないということだ。
先生は、犯人から逃げようとした結果だと警察は見ている、と話していたけれど、私に殺されることを望んだ水月くんが、進んで逃げるとは思えない。
つまり彼は、自分からその人気のない場所へと移動したのだ。
相手がもう、自分を刺してくれないと分かり……だからこそ死ねる可能性を上げるために、誰にも見つからない場所を探して徘徊した。
いや、もしかしたら彼のこと。
こうなった場合も想定して、人気の無い場所を事前に探していたかもしれない。
もしくはその場所で私に殺されるつもりだったか……。
……つまり、そういうことだ。
いくら凍梨さんが、水月くんが死に掛けていると気付いたところで、どうすることも出来ないに違いない。
そこで連絡をいれようとも無視されただろうし、探そうとしても勝手の分からないエリアで見つけることも不可能だっただろう。
「……それで、犯人はどうするの?」
互いにしばらく、無言でそれぞれのお弁当を食べていき、私のが半分ほど減ったところで訊ねる。
「……探す」
一言。
キッパリと告げた。
解の出た数式を答えるように。
「探してどうするの? 復讐?」
「……まさか。お礼を言う」
「お礼!?」
これまた……理解の追いつかないことを言う。
いや……でも凍梨さんも水月くんが死ぬのを応援しているんだっけ……なら殺そうとしてくれた人にお礼を言おうとするのは当然なのか……。
そしてあわよくば、もう一度……今度はちゃんと殺せる箇所を狙ってくれと、お願いするのかもしれない。
進んで協力したがらない私よりも、彼を通り魔的に殺そうとしたその人のほうが、協力してくれる可能性も大きいし。
「……あたし、これも考えていた。どうして木林さんに、葉柄を殺して欲しくないと思ってたのかも」
「えっ……?」
「たぶん、あたしは嫉妬してたんだと思う。木林さんに」
箸を置き、水筒を開けて中身を注ぎ、一口喉を鳴らす。
「あたしじゃ葉柄を殺せない。でも、木林さんは殺せる。葉柄の望みを叶えられる。それが羨ましくて……葉柄の特別になれるのが、妬ましかったんだと思う。……木林さんの言うとおり、あたしはたぶん、葉柄のことが好き。好きだから、願いを叶えてあげたいんだと思う。あたしの手で。あたし以外の女の手で、願いを叶えて欲しくないんだと思う。彼の特別になっている今がとても大事で、あたし以外の人が特別になって欲しくないから、葉柄と親しくなったあなたが葉柄を殺したら、葉柄が死ぬ瞬間、あたしじゃなくてあなたが特別になるから……それがイヤで、嫉妬して、たんだと、思う」
「…………」
つまり……彼女は、水月くんが死ぬのことには、本当に賛成で……でもそれは、出来れば自分が特別なままで、果たして欲しいことで……死ぬ瞬間には、自分だけを、見てほしくて……出来れば自分が、やり遂げたいことで……。
だから、その“特別”を取って代えてしまう私に殺されるのはイヤだと、思っていたんだ。
「……本当に、好きなんだ……」
「……実感は、まだ無いけど……」
でも、考え結果が、そうなのだろう。
「……分かった。それよりも、犯人の目星はついてるの?」
いつの間にか止まっていた箸の動きを再開する。
「探すって言っても、なんの手がかりもないんじゃ……」
「実は、ある」
「えっ?」
まさか……犯人が分かっているとでも言うつもりだろうか……?
「それって……?」
と、また箸が止まっているのに気づきながらも訊ねると、斜め上を見て何かを考えた後、ふぅっ、と一度力強く息を吐き出す。
「……ま~、秘密なんだけどね~」
と、いつも通りののびーっとした喋り方に戻ってしまった。
「ってなんで!?」
「なんか~、話したら落ち着いてきたからね~、気持ちが~」
「いや、しゃべり方が戻ったことじゃなくて! ……いやそれも確かに気になったけどそうじゃなくて! ……なんで、教えてくれないの?」
「だって~、木林さんに話すと止められそうなんだもん~」
「止める……?」
犯人にお礼を言いに行くのを……? そりゃ確かに、前までの私なら止めたかもしれないけど……今はまだ、それのままでいくかどうかも明確に決めてないのに……それは凍梨さんもわかってくれてるはずだし……。
「ま~、始めて見たときから~、なんとなく違うことは分かってたから~。それで葉柄に怪我をさせられる可能性があるのは、その人だけかな~って」
……分からない。たぶん、ヒントを出してくれているんだろうけど……全く予測できない。
「ま、アレだよね~――」
水筒をようやく置き、再び箸を取りながら、凍梨さんは言った。
「――結局、噂は本当だったってことなんだよ~」




