変わり始める「転校生」(6)
「……ま~そんな感じで~、あの子の話に信憑性なんてものは無い、って話し~」
「…………」
「たぶんあの子はね~……――」
「…………?」
「――……ここから先は~、自分の口で言う~? 日比樹くん」
「えっ!?」
ゆかりが見ている方向へと視線を向けても、誰もいない。
けれども彼女の声を合図に、背後の物陰から足音が聞こえた。
振り返るとそこには、ランドセルを背負ったまま、俯き、気まずそうに近付いてくる日比樹の姿。
「…………」
「…………」
何故かウソを吐いていた子供。
信じていたのを裏切った子供。
会う約束はしていたけれど、イザそれらを理解して目の当たりにすると、なんて声をかけたら良いのか分からなくなる灯。
今までどう話し始めていたのかが思い出せなくなっていた。
「……………………」
「……………………」
しばらく、二人共無言。
遠くでスクーターのエンジン音が近付き、再び遠くなる。
「……あの! ごめんなさいっ!」
その無言を切り裂いたのは、日比樹の方から。
「ウソをついてごめんなさいっ!」
「……聞かせて欲しいんだけど」
許す、許さないの前に、灯は聞いておきたいことを一つ、訊ねた。
「どうしてウソをついたの?」
「…………ら」
無機物から発せられる音だけが遠く、その中でも一際小さく聞こえた声。
「えっ?」
聞こえなかった。
だから、同じことを言ってもらうために、また訊いた。
「好き! ……だから」
そして聞こえたのは、大きな、一世一代の、告白。
「好きだから……会いたくて……もし、イジメられてないって話をしたら……会ってくれなくなると思って……」
「……その……好きっていうのは……恋愛感情的な意味で……?」
呆気に取られながらもなんとか、辛うじて新たに生まれた疑問について訊ねると、
「も、もちろん!」
という、大きな返事がかえってきた。
それに灯は、ただ顔を真っ赤にしたまま。
静かに、その小さな少年の告白を、噛み砕き、受け入れていく。
…………そ……そ、っか……。
なんか……なんというか……正面切って言われても、イマイチ実感が沸かなかった。
自分が、自分のことが、好きだと、言われることに。
「その……おれ、子供だから、信じてもらえないかもしれないけど……マジなんだ! 助けてもらってからずっと……お姉さんのことっ、好きなんだっ!!」
「…………」
私のことが……好き……。
……私なんかのことが……好き……。
……生まれて初めての告白が……小学生か……。
「…………」
……うん、悪くないな……。
……でも……――
「――ごめんね」
その愛を受け止めることが、私には出来ない。
「私、自分の為だけのウソをつく子とは、付き合えない」
「…………あ」
例えどれだけ、顔を真っ赤にして、両手の拳を握り締め、力いっぱい告白されても……誠意が伝わっても、良いと思っても、可愛く見えても、正してあげれば良いやなんて考えが過ぎっても、受けることは出来ない。
まだ、私は誰かに支えられ、誰かを支えられるほどの人間じゃあないから。
まだ、誰かと共に歩めるほど、私は立派な人間じゃあないから。
まだ……自分以外の誰かのために、時間を割けるほど、私は大人じゃあないから。
「だからさ、正直に生きてよ。生きて、中学生になって、それでもまだ私のことが好きだったら……勝手だけど、また告白して。その時、私がまだ誰のものでもなかったら……その時は、付き合おう。付き合って、正直に生きたってこと、証明して」
きっとその証明の確認のためなら、時間を割く価値はあるだろうから。
それまでに、今よりは立派な人間に、なってみせるから。
そうして生きてくれたキミならきっと、私を支えてくれるだろうし、私も支えたいと思うだろうから。
「だから今は、ごめんなさい」




