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変わり始める「転校生」(5)

「それじゃ~葉柄~。教室側はお願いね~」

「おう。任せとけ」


 空き教室に残りノートの写しを続ける葉柄を残し、灯とゆかりの二人は校門へ向けて歩き出した。


「えと……凍梨さん?」

「ん~?」

「どこに行くの?」

「どこってそりゃ~……さっき訊いたところ~」

「さっき訊いた……?」


 空き教室へと着いて話したことと言えば、本当にとりとめのない話だった。

 その場所、というと、


「も~。今日もあの子供に会いに行くんだよね~?」

「あ、うん」


 少年、夏山日比樹との待ち合わせ場所しかない。

 週明けである今日に会おうという約束をしている、とチラりと話していた。


「だったら本人に聞くのが一番かな~、って」

「一番?」


 得心がいかない灯に、ゆかりは事も何気に続けた。


「あの子をイジメてるって子のことを聞きにいくんだよ~」

「えっ!? なんで!? だって私が感じてる視線の正体を暴いてくれるんだよねっ!?」


 クラス内での灯の立場を、今更どうこうすることは出来ない。

 それこそ、その少年が嘘をついていたとしても。


 灯が自己中に相手を悪だとし、責めてしまい、それが間違いだった時点で、最早それは少年のせいではなく、灯のせいでしかない。


 だから今、そのことに関して少年を問い詰めたところで意味は無い。


 それなのに、わざわざ会いに行くのについて来る……。

 そう考えたところで、ある可能性について思い至った。


「もしかして、あの子が犯人って言うつもり……?」

「もちろん~」

「……いやいや、それは無いって」


 さすがに、その発想はあり得なさ過ぎる。


「だって私が視線を感じるの、ほとんど教室だよ? 小学生のあの子がまさか中学に来てる訳もないし」

「そうだね~。でも木林さん、視線は学校の中と外、両方で感じるって話してくれたでしょ~?」

「え? うん」


 校外に出てしばらくしてから、なんか視線を感じたとは一度だけ話したけど……。


「簡単なことだよ~。要は、木林さんを見てるのは、一人じゃないってこと~」


 モテモテだね~。と朗らかに言ってくるが、正直絶句してしまっていた。


「この学校で木林さんを見てる人と~、外で木林さんを見てる人~。偶然タイミングが重なっちゃったせいで同一人物のように思えたのかもしれないけど~、普通に二人いたんだよ~」

「え、でも、それでなんで日比樹くんだってことに……? っていうか学校にも一人って……??」


 ああ、ダメだ。

 あまりにも突然過ぎて、矢継ぎ早に訊いてしまった。

 これでは凍梨さんが困るだけだ。


 灯がそう心の中で反省しているけれども、ゆかりは気にした風も無く――それとも気にしていながら表に出していないのか――ともかく、先までと同じ口調で続ける。


「学校の方はま~、分かってると思うけどクラスメイトの一人だよ~。ま~、コッチは葉柄にアテが出来たっていうから任せることにしたの~」

「アテ?」

「ん~……なんでも~、木林さん係について私が提案してるときに気付いたみたい~」


 ま~最初はソレをどうにかするって交換条件にするつもりだったからね~、という言葉は呑み込む。


「で、どうしてその子供かって言うのかだけど~……ま~実際に見たのは木林さんと一緒だったから確定的なことは一つも無いんだ~」

「実際に……見た……? どこで?」

「さっきも言ったけど~、本当は見られてることについてどうにかするのと交換条件にして~、葉柄を殺してもらうつもりだったからさ~。実は視線について話してくれた日に~、木林さんを見ている人がいないかどうか、周りを確認しに行ったんだ~」

「ウソっ!?」

「本当~。で、その時にね、ちょっとおかしいな~、って思うところがいくつかあったんだ~。だからま~、それで怪しいな~、って」


 校門を出て、灯を導くかのように、日比樹少年との待ち合わせ場所へとさっさと歩いていく。

 その軽い足取りは、本当に一度灯達の後をつけたのが分かるのには十分だった。


「もちろん~、ただのストーカーの可能性もあるよ~? でもね~……あたしと葉柄の二人で、あの子と話してる時のあなたの周囲を探して~、あなたを見てる人がいなかったし~……それに学校の外に出て感じた視線って言うのも~、日比樹くんと出会うまでしか感じなかったってなると~……ね~」

「そ、そう言われると……で、でも日比樹くんが私をストーカーする理由なんて無いし……そもそもすぐに会うのになんでわざわざ影から見る必要があるの、って話になるし……」

「少しでも見つめていたいからじゃない~? ちなみに~、今も視線は感じる~?」

「……感じる」

「ん~……どこからか分かる~?」

「……後ろから」

「後ろか~」


 チラりと、首を少し動かして後ろを見る。


 待ち合わせ場所の住宅へと着く少し前だから、学校を出てしばらく歩いてからの十字路はとっくに曲がっている。

 つまり、もう集合住宅と一直線になる位置から視線を感じている、ということ。


「……さすがに、ガッツリと振り返らないとどこにいるのかは分からないか~……」

「……ねえ、そういえば、他にも理由はあるの? 日比樹くんが怪しいと思う理由」

「うん~。おかしいと思う部分がいくつかね~」

「……教えてもらえる?」


 日比樹少年のことは信じている。


 でも、自分を助けてくれたゆかりのことも、信じたい。


 だから、話を聞いて、自分で判断しなければいけない。


 ゆかりの話に、矛盾やおかしいところがあるかないかを。


 勝手な思い込みや決め付けは、もうしてはいけない。


「もちろんだよ~。そうだね~……とりあえずは~、イジメられてる、って話をしたタイミングがおかしかったことかな~」

「タイミング……?」

「うん~。あのね~、あたし達が木林さんを追いかけたのって~、実は木林さんがあの教室を出てすぐじゃあなかったんだ~」

「え? そうなの……? それなのに、この住宅だって分かったんだ」

「うん~。葉柄が、ここで二人が別れたのを見たからいるんじゃないかな~、って推理して、ここに来たんだ~」


 その話を聞きながら、エレベーターやポスト、階段がある吹き抜けのエントランスを通って、いつも日比樹と待ち合わせている公園っぽい場所へと向かう。


「それでね~、たぶん、三十分以上は遅れて、木林さん達を見つけたと思うんだ~」

「うん……」

「で、そこから話を盗み聞きし始めようとしたにも関わらず~、なぜか話しのメインであろうイジメの話がそこで始まったんだ~。それがどうもおかしくて~」

「おかしいって……それまで普通に世間話をしてただけだけど……」

「それがちょっとおかしいってはなし~」

「そう? だってイジメられてるなんて、中々切り出せないだろうし……」

「でも小学生が三十分以上も年上の女の人を相手に~、友達の話もせずに場を持たせられる?」

「……ん? 友達の話はされたけど」

「ほら、もうおかしい~。でもやっぱりそうだったんだね~。だと思ってたんだ~」

「えっ?」

「イジメられてる、って話を切り出すのに勇気がいるっていうんなら~、友達の話なんてしなくない~?」

「……あっ――」


 そうか……そもそもあの時は、イジメられているのかそれとも気付かれず置いていかれてしまったのかを訊いてくる、と言っていた日比樹くんの結果を聞く日だった。


「本当にイジメられているのに、友達の話をするのがおかしい、ってこと……?」

「そういうことだよ~」


 言いながら、いつも日比樹くんが腰掛けているベンチの場所に、ゆかりは座る。


「本当にイジメていた、って話を本人に訊いて言われたんなら相当なショックだったはずだし~、そこで昔の仲良かった話が辛うじて強がって出来たとしても~、それじゃ~、イジメられてたのが分かった、って話を信じてもらえないかもって考えちゃうはずだし~……そうじゃなくて強がりを貫き通そうとしないであんなにあっさりと言っちゃうのはやっぱりおかしいし~……まあつまりは~、疑わないのがおかしいってぐらいあの子の、イジメられてるのが分かった、って言葉は疑わしいってこと~」

「それじゃあ日比樹くんが……ウソを、ついてた……?」

「ま~、結果的には松来くんの方が……というか~、松来くんの弟の方が正しかったってことだね~」

「そんな……私は……騙されてた……の……?」

「木林さんは素直過ぎるんだよね~。それにあの子が言ってた体験談だって~、信憑性がほとんど無いしね~」

「……えっ?」

「イジメられている子を外から見ている子の、もしイジメられたらこんなことされるのかな~、っていう生温いものだったってこと~」


 小学生でもイジメってエゲつないんだよ~、とゆかりは続ける。

 まるで過去に遭っていたことを、客観的にツラツラと述べるかのように。


「無視なんてものは度々じゃなくてクラス全員からされるし~、遊びに誘われたらお金を払ってまで殴られてるような感じになるし~、私物は壊されるし見せしめのように放置されて晒されるし~、給食は全混ぜなんて序の口で土とかよく分からない雑草とか虫とか混ぜられて食べられなくなったものを無理矢理口の中に突っ込まされるし~、ドッヂボールなんて当たっても内野に残されて何十発もぶつけられるし~、もし外野に出てもボールをぶつけられるし~、敵を当てようものなら殴りかかられるし~、当てなかったら味方に非難されるし~、何か言おうものならクスクスと笑われるし~……」


 彼女の後ろに立ったままの灯に、その表情は見えない。

 声にも翳りが無いし、呼吸だって乱れてない。


 ただその言葉全てに、何故か重みを感じてしまって……泣いていないのに泣いているような、おかしな感覚に支配された。

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