変わり始める「転校生」(2)
「ちょっと待って~、木林さん」
「え?」
話を終え、助けてくれるのならと、色々と気まずいながらもとりあえずは一時限目の授業を受けようと教室へと戻ろうとしているその背中に、ヘロヘロと言葉のボールが投げつけられた。
振り返り足を止め、ゆかりが階段を降りてくるまで待つ。
「どうしたの? 凍梨さんも教室に戻るの?」
「ううん~。ちょっと葉柄と話さないといけないから、戻らないよ~」
色々と準備が必要、と言われてしまった以上、サボるのがいけないことだと分かっていても、葉柄を注意出来なかったのだ。
自分のために何かしてくれようとしている。その手を取ってしまった以上、そう言われては行動を邪魔することは出来ない。
「じゃあ、どうしたの?」
「ん~、ちょっと、言っておきたいことがあって~」
「言っておきたいこと?」
「うん~。ここの学校には、バカしかいないってこと~」
あまりにもスルりと、笑顔を携え言うものだから、それが毒のある言葉だと、灯は瞬時に気付けなかった。
「木林さんが前までいた学校って~、私立だったりしない?」
「えっ、うん……そうだけど……」
「やっぱり~。ほら~、そういうところの子たちってさ~、やっぱり分かってるもん」
「分かってる……?」
「間違いを認めたフリとか~、上辺だけの付き合いとか~」
「…………え?」
また、すぐに意味が分からないことを言われた。
呆然と見上げる灯に、ゆかりは相変わらずの笑顔のまま。
「そういう社会にでたら必要なことが~、ココの子達は全く分かってないんだ~。ま、あたしや葉柄みたいに~、分かっていながらやらない、っていう中途半端なガキも沢山いるんだろうけど~」
その言葉が耳へと届き、頭の中で噛み砕かれる前になってようやく……自分が前の学校でやってきたこと全てが、相手に気を遣われたおかげで成り立っていた、と言われたことに気がついた。
「だから、これだけは分かっておいて~」
前の言葉をようやく理解し始めたところで突然、いまだ呆然としたままの彼女の耳に顔を近づけ――
「あなたはとっくに、取り返しがつかないぐらい、皆に嫌われてるよ」
今までの笑顔が嵐の中へと消えてしまったかのような冷たい口調で、そう付け加えてきた。
「っ!」
言葉だけで、背筋がゾクりとしたのは初めてだった。
息が止まり、少し呼吸が乱れ、それでも顔を離したゆかりをなんとか見上げると……さっきまで見ていたものと同じ笑顔。
消えてしまったように感じたのが間違いだったような、けれどもその笑顔のまま先程の言葉を言われたような……そんなことを考えてしまうほどの怖気が、ジワリと遠くから忍び寄ってきた。
「それじゃあ、授業、頑張ってね~」
ヒラヒラと手を振り、階段を上っていくその姿。
灯はただの一言も発せず、その姿を見送ることしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
「おまたせ~」
「いや、別に待ってねぇよ」
灯に言いたいことがあるからと後を追いかけたゆかりが、葉柄の元へと戻ってくる。
授業に戻るのも面倒だからと、ココで大人しく授業を終えるまで待つことにした葉柄とゆかり。
戻っていった転校生とは大違いなほど不真面目だ。
「っていうか、さっきの言う必要あったのか?」
「あれ? 聞こえてたの~?」
「こんなシンとした場所だぞ? さすがに聞こえてくるって」
「ん~……でも~、分かって無さそうだったし~……それよりも~、葉柄はどうやってあのクラスメイトを説得するの~?」
「あん? 説得?? するつもりはねぇよ」
ゆかり自身が言っていた通り、アイツ等は――特に転校生に対して色々と言っていた野次馬や刺そうとした野郎は、本当に上辺だけでも納得したフリとかそういうのが分かっていない。
転校生みたいなのが面倒なら聞いたフリして無視したりてきとうに誤魔化してりゃ良いのに、わざわざからかったり反抗したりしてる。
それを楽しんでいるならまだしもそれで反論されてさらにイライラするって……救いようがない。
そんな輩相手に説得なんて無謀な事、最初っから考えてもいない。
「え~? じゃあどうするの~?」
「一回殺す」
面倒事を一発で解決する方法だとばかりに、あっさりと淡々と、葉柄は告げた。
「転校生を刺そうとしたアイツとか、一回殺しゃあ大人しくなんだろ」
実力行使。
勝てば官軍。
バカたち相手には明確かつ安直な力関係を示すのが一番楽で早い。
「後は転校生には手を出すなとか、言うことは無視だけしてろとか言っときゃ、それで終いだ」
殺されるとビビって手も足も出なくなるだろ。
「ん~……その方法はちょっと~……どうなんだろ~……」
そんな安直な葉柄の提案に、ゆかりは難しい顔を作る。
まあ、誰にでも分かる事だ。こんなのは、無理矢理すぎる手段だってことが。
ただ葉柄みたいなバカは、こんな脳みそ筋肉みたいな方法しか思いつけない。
他に良い方法があるなら出来る限りそちらを実行して欲しいとさえ思っている。
「だってそれだと~、木林さん、もしかしたら約束を破るかも~」
「なんでだ? 助けることに変わりはねぇだろ」
「でも暴力での解決は望んでなかったとか言ってきそうじゃない~?」
確かに、と納得してしまった。
「だからま~、そうだな~……方法が無い訳でもないよ~」
「お、本当か?」
「うん~。ただ条件として、あたしに一任してもらえるかな~?」
「そりゃあいいが……お前、どうするつもりだ?」
「クラス皆の前でちょっとお話しするだけだよ~」
「……出来るのか?」
「もぅ! 失礼だなぁっ! 出来るに決まってるよ~!!」
プンプン、という擬音が聞こえてきそうな子供っぽい怒り方をされた。
「でもま~問題は~、あたしの話を聞いてくれるかどうかだよね~」
葉柄もだけど、と付け加えられる。
「……ん?」
その言葉に、ある引っ掛かりを覚える。
自分とゆかりの二人しかいないのなら……その輪の中に灯を混ぜれば万事解決なんじゃ……? いやでもその方法が……。
「どうしたの~?」
「あ、いや。別にどうもしねぇよ」
掛かった疑問をあっさりとリリースし、無かった事に。
「ただこの授業どうするかなと思ってな」
「あ~……本当だね~」
誤魔化し、まあゆかりに任せれば大丈夫だろう、と考えるのを止めた。
どうせ自分が考えてもゆかりが思いつく方法の下位互換にしかならない
しな、と。
そんな訳で葉柄は、今の授業をどうするか、なんてどうしようもないことを、世間話のようにゆかりと話し始めた。
灯に言ったサボるための口実に使った準備なんてものは、微塵も実行に移さなかった。




