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プロローグ(2)

「今日からここが、お嬢様と旦那様のお部屋です」


 そう紹介されたマンションの一室は、お世辞を吐かなければ広いとは言えなかった。


 外観から望めたのは高層マンション。

 エントランスは警備員が二十四時間交代で常駐し、夕方まで管理員がいてくれて、入り口にはカメラ付きのオートロックまであり、かなりのセキュリティを誇っている。

 エレベーターを動かすのにもカードキーを必要とし、部屋の中に入るにはディンブルキーを使わなければいけないと、他人を無断で入れないことに情熱と心血を注ぎ込んだような場所だ。


 まさにお金持ちのためのマンション。


 けれども、私にとっては広いとは言えなかった。


 元々住んでいた家は、門扉を構え、手入れの行き届いた広い庭があった三階建て。それと比べれば狭いと思ってしまうのは仕方が無い。


「ママは?」

「少し、仕事をこちらに持って来るのに時間を取られてしまっているようで」

「そう。もう日付も変わるってるのに……」


 大変そう……という感想は飲み込む。


「で、私の部屋は?」

「こちらに」


 長年、お手伝いとしていてくれたミエさんに案内され、ホールを曲がって二つ目、左手側の部屋のドアを開てもらう。


 実家から送った荷物はとっくに開封され、私がそれらを詰める時に指定したその通りに配置されていた。

 私の部屋の広さは実家と変わらず広々としてくれていたおかげで、部屋だけを丸々ここに持ってきたような感じになっている。


 移動に使ったダンボールの跡も無い。違いと言えばカーペットが新品になっていることと、窓の方角が違うことぐらい。

 でもま、窓に関しては許容範囲だと思う。


「荷物、ありがとね」


 お礼を言って――


「いえ、お嬢様のお願いですから」


 その言葉を背に、来た廊下を少し戻る。


 エントランスを上がって真正面に見えた、広そうな部屋へと足を踏み入れる。


 リビングだった。こちらも内装はすでに整っており、カーペットからテレビ、ソファ、テーブルに椅子、カーテンその他諸々が新品で、尚且つ部屋の雰囲気に合ったものとなっていた。


 ここへと入る前、右手側にあった空間がキッチンだろう。少し顔を後ろに下げて覗き込めば冷蔵庫やシンクが見えた。リビングともしっかりと繋がっている。


「こちらは、業者様にお任せいたしました」

「そう」


 こちら“は”ということは、さっきの私の部屋はミエさんが整えたくれたと言うことになる。


「……本当、ごめんね。最後までミエさんには我侭言ってばかりで」

「それがお仕事ですし。それにお嬢様のお願いなら、喜んでお引き受けいたしますよ」

「ありがとう。……本当に、ありがとう」


 けれども、その向けられた笑顔を見ることは、もう無い。

 それがとても寂しくて、つい湿っぽくなってしまった。


「……そんな顔をしないで下さい。お嬢様。何も解雇された訳では無いのですから」

「でも、ここにはいてくれないんだよね?」

「ごめんなさい……」

「ううん。分かってる。分かってるから……大丈夫」


 ミエさんは、元々私たちが住んでいた一軒家にそのまま住む。ここよりも広い豪邸に。


 それが彼女を雇っている、お父様の考えだから。家を劣化させないための方法だから。


 だから、無理を言ってここに来てもらうことなんて出来ない。

 信頼された彼女に託された仕事を奪うことは、絶対に。

 ……そう自分に言い聞かせて、我侭を言わないで、大人ぶってみせる。最後まで。


 そう思っていたのに、つい心情が漏れてしまった。

 私ももう、来年には高校生なのに。

 情けない。


「その代わり、夏休みにはそっちに戻ってもいいよね?」


 つい、泣き言を言ってしまった。


「もちろんですよ。元々お嬢様の家なんですから」


 そんな私を責めないで、皺を深くし笑ってくれる。


「新しい学校でも、頑張ってくださいね」

「うん。一年間だけだけど、頑張る」


 答えて、私も自然と顔がほころぶ。


 今まで通っていた私立の中学とは違う、公立の中学校。今までの家とは違って近くにある中学がそこしかなかったので、仕方無しだ。


 お父さんの仕事の都合で引っ越しすることになって、お母さんがついて行くということで、私も一緒になってついてきた。


 少し歩けば工場と団地ばかりがあるらしいここは、前までのところに比べて少し田舎臭いように思える。

 田舎、と断言できないのは、地図で見せてもらった限り、田んぼや畑などがあるわけではないから。

 どちらかというと小さな工場と集合住宅ばかりがあった。

 田舎+重油臭い。

 だから田舎臭い。


 ミエさんがいてくれるのだから前までの家に残っていても良かったのだけれど、それだとお母さんと離れ離れになってしまう。

 ずっと他県に出張していたお父さんと一緒に暮らせる上に、お母さんとも一緒にいれる。

 こっちに着いて来るなら家庭教師を雇ってくれるともお母さんは言っているし、公立になったからって学力が落ちる心配も無い。


 だったら、私立ぐらい蹴っても一緒に行きたいと思うものだ。どうせ一年間だけだし。


 友達だって離れ離れになっても連絡は取れる。会いたければ電車で一時間で行けるのだし。


 それに――


「こっちでも沢山、友達作るから」


 新しく、また別の友達が増えると思えば、それでいい。

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