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「前人間」という、剥がれたメッキ(4)

 灯が話した少年の話はこうだ。


 度々友達と話していても無視されたりしていた。

 遊びに誘われてそこに行っても何故か友達がいなかったりした。

 リコーダーが無くなったりもした。

 あとは給食の量を少なくされた。

 ドッヂボールの時優先して狙われた。

 でも殴られたりはされたことはない。


 というものだった。


「~~で、そのゲームが……」

「へぇ~」


 その少年――夏山日比樹と今、灯は話をしている。昨日と同じ、日比樹が住んでいる住宅前の公園のような場所で。

 ベンチに並んで腰掛け、日比樹の話に耳を傾け相槌を打つ灯。

 正直、彼女の知らない話であまり興味の無い内容だった。けれども、イジメられている彼にしてみれば話をする人がいないだろうから私が聞いてあげなければならない、と思えば、灯も止めて欲しいとは言えなかった。


 話しを聞きながら、そういえば昨日もこんな感じだったな、と思い出す。

 黒のランドセルを背負い、黄色い帽子を被り、ここで待っていた私に緊張した面持ちで声をかけてきて、そのまま世間話をしてくる。

 何もかもが同じ。


 日比樹の立場を考えているせいで、灯が本題に中々移れないのも。

 全てが。


 きっと灯に嫌われたくない一心なのだろう。


 今、あの子供にとっての友達は、灯だけ。


 だからこんなにも一生懸命に、彼女を繋ぎとめようとしている。

 それが灯にとって興味のないものだということに気付けないのが子供っぽくて、微笑ましい。


 けれども、このままじゃあいけない。


 また肝心なことを話す前に時間が来てしまう。


 こんなに必死になってしまう彼を、見捨ててはおけない。


「それはそうと、昨日の話しだけど」

「あっ、うん」


 話の節目に入ったところで、ようやく本題へと移るための言葉を挟み込む。


「私が思うに、味方になってくれる人を探すべきだと思う」


 これは灯自身が、それを望んでいるからに他ならない。

 自分と同じ境遇だからこそ、自分が望むものを与えるのが正解に違いない。

 そう考えた上での結論だった。


「自分を助けてくれる人。そんな人が一人でも出来たらきっと、どんな困難も乗り越えられるだろうし」

「でも……それって、どうやったら作れるの?」

「それはもちろん、困っている子を自分から率先して助けてあげれば――」

「おれが助けようとしてもなんか拒絶されちゃうから……」

「――……じゃあ、色々な子の間違いを正してあげた――」


 いや、ちょっと待って。

 間違いを正してあげる?

 それは今私がやって、失敗してることじゃない。


「――ううん。なんでもない。コレはなし」


 実際体験として現在、自分が孤立してしまっている要因を勧めることは出来ない。

 アドバイスの途中で気付き、なんとか言葉を止める。


 困っているクラスメイトがいて、手を差し伸べても拒絶される。

 だからと、間違えているのを正してあげても、鬱陶しがられてしまう。


 今まで培ってきた自分の知っている方法じゃあ、味方なんて作れない。

 私も、この子も。


「…………」


 ……いや、違う。

 ううん、違わない。

 確かに私は味方を作れない。

 そこは悲しいけれど、変えられない。


 でもこの子は違う。

 私という味方がいる。

 私には、取り引きを持ちかけてくる、条件付きの味方である水月くんや木林さんの存在がいるけれど……そんなものは対価に何を要求されるか分からない。

 対してこの子には、対価を要求せずに協力してあげる、私がいる。

 それなら何も、迷うことはない。


「ねえ」

「ん?」

「だったら、私に出来ることはない?」

「えっ?」

「私は、日比樹くんのイジメをどうにかしてあげたい。そのために、キミに何かしてあげられることはない?」

「そ、そんなの……学校も違うし……思いつかないよ」

「……そっか……」


 良い考えだと思ったけれど、もう少し考えなければいけない。


「ま、待って!」


 と、他に良い方法がないかを考え出した灯を見て、慌てた様子で声を上げる日比樹。


「え、えと……その……!」


 どこにも行かないのに、まるで灯を引き止めるために、考え無しに引き止めてしまったように口ごもる。


 でも、それも少しだけ。


「……そう! お兄ちゃんっ!!」

「おにいちゃん?」


 どういうこと? と視線で問いかけると、名案が閃いたとばかりにキラキラとした瞳を向ける。


「おれをイジメてるやつ、確かアニキがいるって話してた! たぶん、お姉ちゃんと同じ学校だと思う」

「ふ~ん……」


 公立の中学である以上、この辺に住んでいる人がそのままその中学に上がるのだろう。

 確かにそれなら、同じ中学にいる灯にしか手助けできないこととも言える。


「つまり私に、そのお兄ちゃん経由でイジメを止めてもらえないか話して欲しいってことね」

「うん……ダメ、かな……?」

「まさか! お安い御用だよ!! まっかせなさいっ!!」


 そうして聞き出した名前は、灯が問い質すには、あまりにも気が進まない人だった。


~~~~~~


 それでも灯は、進まない気を無理矢理進め、心の中で燻る恐怖と手足に出てこようとする震えを抑え込み、あの男の子のために、彼に声をかけた。


「松来くん、ちょっと」


 時間は朝。

 少し早めに学校へと来てすぐのこと。


「あん?」


 席に座り、一人携帯電話をイジっていた彼は、灯の声にかったるそうな声を返してきた。


 その睨みつけるような視線を受け、つい三日前の、大掃除の出来事を思い出す。

 足を刺され、痛がり、苦しみ喘いだ沼上くんを無視した、彼を中心としたクラスメイトたちのことを。


 私も同じことをされるのだろうか。

 そんな恐怖がある。

 でも今は……そんなものに、負けるわけにはいかない。

 日比樹くんのためにも。


「あなたに、弟っている?」

「なんだ? 急に。まさか弟にまで口出してくる気か? おい」

「いいから。答えて」

「ちっ。うっぜぇなぁ、おい。相変わらず。……いるよ。それがどうしたんだ?」

「そう……やっぱり」


 日比樹くんの話を疑うわけじゃない。

 それでも、最終確認ぐらいはしておくべきだと思った。

 でも、それももう十分。


「実はその弟が、イジメをやってるみたいなの」

「はぁ? なんだお前、急に」

「それを注意して欲しいの。っていうか、止めさせて」

「いっみわかんねぇ。つか、なんでおめぇが小学校のことなんて知ってんだよ」

「イジメられてる子と知り合ってね。夏山くんって言うの」

「は? 夏山?」

「うん」

「夏山はオレの弟と仲良い筈だ。何回も家で遊んでんのを見てんぞ。ふかしこいてんじゃねぇっての」

「……それって、結構昔のことじゃない?」

「あ? 今はイジメてるってのか?」

「うん」

「てめぇ……!」


 ギリ、と奥歯を噛み締めるような音が聞こえてきそうなほど顔を怒りに歪ませる。


「オレだけじゃ飽き足らず弟までそのうっぜぇ正義感に巻き込もうってのか?」

「巻き込む巻き込まないじゃなくて、その弟のイジメを兄として止めて欲しいってお願いに来てるの」

「だからぁ、その夏山ってのはウチの弟と仲が良いっつってんだろ。テメェの勘違いで済ましてやるから引き下がれよ」

「あの子がウソを言うはずがないって言ってるの」

「つまりてめぇはオレがウソを言ってるって言いてぇのか……!」

「うん」


 ダンッ! と机を強く叩く音。

 賑やかだったクラスが一瞬にして、シンと静まり返る。


「てめぇ……マジ調子乗んなよ? この前も思ったけどよぉ……!」

「私はただ、困ってる男の子を助けたいだけ」

「そうやって正義感振り回してんじゃねぇぞオイ! 大体オメェがそのイジメられてる瞬間を見たってのか!? おっ!?」

「見てない……けど」

「だったら憶測で物言ってんのと同じなんだよ! 当事者でもねぇ癖に首突っ込んできてウゼェんだよっ!!」

「当事者じゃなくても! 私はあの子を助けたいのっ!」

「そういうのがウゼェんだよっ! この前は本当に関係ねぇのに横からチャチャ入れてきて、今回は見てもねぇイジメをどうにかしようとして! なんだおい! 正しいことをして褒められてぇだけのガキかお前はっ!!」

「そんなのじゃないっ! それに今は……私の話じゃない……!」

「チッ……! くっそウゼェなぁオイ!」


 ガン! と倒れんばかりの勢いで机を蹴る。

 ただそれは倒れることなく、他の席ごと大きく前に滑っただけだった。


 けれども、叫び蹴って落ち着いたのか、大きく一つ息を吐いた時には、幾分か声のトーンが落ち着いていた。


「……分かったよ。それなら弟に直接聞いてやる。その代わり! もし本当にイジメてなかったら……覚えてろよ」


 そう言い残して、彼は静まり返った教室を後にした。


~~~~~~


「というわけで、ちゃんとお願いしてきたから」

「えっ?」


 その日の放課後。

 今日の成果を報告するために、昨日の約束通り、昨日と同じ場所で日比樹と会う灯。

 ただ昨日と違うのは、今日は世間話からではなく、今日の出来事を彼女が話すところからだった。


「だから、さっき一から話した通り、今日の朝にはお願いしてきたら。松来くんに」

「……昨日、言ってた、アレを……?」

「そっ」


 安堵し、喜んでもらえる。


 そう、思っていたのに……何故か日比樹は、落ち込んだ表情のまま。


「……どうしたの?」

「う、ううん! 別に! なんでもないよっ」


 訊いても教えてはくれない。

 慌てて誤魔化されてしまう。


 この日は何故か、世間話をしても、どこか心ここにあらずといった感じだった。

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