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「前人間」という…(3)

「確か、この住宅だ」


 一階九部屋の八階建て。真上から見れば太い一の字を思わせるであろう形をした集合住宅の裏手側――それぞれの階のベランダが見える道路側に、葉柄たちは辿り着いた。

 一階当たりの部屋数が二つ、高さも五階しかない、葉柄と彼の姉が一緒に住んでいる住宅よりも、比較的新しいその集合住宅。今いる場所からエレベーターがあるホールを覗いてみても、灯と小学生の姿は見受けられなかった。


「向こう側かな~?」


 ホールを突き抜け、反対側へ。

 真正面には大きな入り口とゴミ集積場。右手側には駐車場。左手側には駐輪場。

 その、駐輪場とゴミ集積場の間……少しのスペースに、滑り台と砂場とベンチしかない、公園と呼ぶにはあまりにもお粗末な場所。


「お、いたか」


 そこに、目的としていた二人はいた。

 ベンチに二人、並んで腰掛けているその後ろ姿。顔は見えないが、風に乗って聞こえる声から、少なくとも片方が灯であることに間違いは無い。その話し相手も、灯よりも背が低いし、近くの小学校のものと思われる制服を着ているので、ほぼ確定的だろう。


「……こっち側からならバレずに近づけるな」


 この住宅の一階廊下は、車椅子の人やお年寄りの人のためか、バリアフリーとなっている。

 そのため、手すりをつける必要があったのか、肩の高さほどまで壁がある。

 この壁に隠れるよう、しゃがんで真後ろにあたる場所まで近付けば、少なくとも会話を聞くことはできるだろう。

 というわけで、二人はしゃがんで近付いていく。


「それで……本当に、イジメられてるの?」


 灯の声が、小さいながらも正確な言葉となって、耳に届く。一つ通路を挟むほどの距離があるせいなのか、それとも二人ともあまり大きな声で話していないせいなのか、かなり集中しないと聞こえてこない。

 が、何を話しているのかは十分に分かる。


「……ん~?」

「……どうした? ゆかり」

「ちょっと、気になったんだけど~……」


 互いに小声で話すだけでも、灯達の声が聞こえなくなる。


 ――たり、無視されたり……昨日みたいに、その、放置されたりとか……はやっぱり、ワザとだったみたいで……――

 ――そのさ、殴られたりとかはないの? ――

 ――も、もちろん! それは大丈夫っ! だってオレ強いしっ――


 それでも、ゆかりはよほど言葉を口にしたいのか、二人の言葉が聞こえなくなるのも構わず葉柄に話しかける。


「……思えばあたし達まで~、あの子の話聞く必要はないよね~?」

「………………………………確かに」


 その通りだった。どうしてコッソリと近付いたのか。近付けるからって近付く必要なんてどこにもなかった。

 そもそも二人の目的は、あの転校生が感じていると言う視線の正体を探ることにある。小学生のイジメ問題なんてものは、引き受けたあの正義感の固まりである灯自身がどうにかしてくれる。


「ゆかりの言うとおり俺を殺してくれるまでの恩義を感じさせようと思えば、あの子の問題を手伝う、程度じゃあ無理だしな」

「そもそも、なんで様子を見に来ることになったんだっけ~?」

「そりゃ、学校外で転校生を見てる怪しいヤツがいないかどうかを探すためだろ? とりあえず様子を見るってのはそのためだったんじゃねぇのか?」

「あ、そうそう~。そうだったね~。学校外で木林さんを見てるクラスメイトがいれば一発だしね~」


 という訳で、二人頷きあい、コソコソと移動してクラスメイト探しを始めた。


~~~~~~


 結論から言うと、彼女を中心とした周辺を見回った結果、クラスメイトの姿は一人として見つからなかった。

 もしかしたら住宅の上の階から見下ろしていたのかもしれない。

 そこまでの見回りまで徹底すべきだったと葉柄が気付いたのは、ゆかりと一緒に昨日とは別のスーパーで買い物をしているときだった。

 まぁ忘れたものは仕方が無い、と気持ちを切り替え……翌日の放課後、いつもの空き教室に、当事者である灯本人を呼びつけた。


「なんか、初めてじゃない? 私が水月くんに呼び出されるのって」

「まぁ、教室じゃあし辛い話だったしな」


 というか、呼び出すのも結構苦労した。

 無視されようともぞんざいに扱われようと、いまだクラス内で注意を喚起する役割を放棄していない灯は、当然孤立したままだ。それなのに葉柄が話しかけなんてすれば、灯に変な噂が立ってしまうかもしれない。

 そうなって新たな面倒事を引き起こしては、もし感じる視線をどうにかしたとしても、頼みを聞いてくれる可能性が低くなってしまう。


 ちなみにだが、ゆかりも今回の呼び出しには同意してくれたので、今までみたいにむくれているということはない。


「で、その話ってのは何?」

「昨日話してくれた感じる視線についてだ」


 ピクりと、灯の体が反応を見せる。


「とりあえず一つ訊きてぇんだが転校生、お前俺たちに話した後、視線は感じたのか?」

「……ううん。あの後は特に」

「学校を出てからは?」

「出てからは、ちょっとだけ……あ、でもアレも学校内で感じてたのとは、ちょっと違うかも……」

「違うかもしれないけれど、視線は感じたってことか」

「うん。たぶんだけど……」

「それはどれぐらいまでだ?」

「どれぐらい? う~ん……日比樹くんに会うちょっと前までかな」

「ヒビキ?」

「あっ、昨日話した小学生の子の事ね」


 あの子供と話をするちょっと前まで……つまり葉柄達が灯達を見つけたときには、とっくに視線を感じなくなっていたということ。

 もしその視線が気のせいでないのなら、上の階は見回らなくて正解だったということだ。


「もしかしてだが、転校生の勘違いってことはねぇか?」

「それはない! ……と、思う。今までこんなことなかったから、絶対とは言えないけど……」


 逆に、今まで碌に悪意を向けられたことがないからこそ敏感かつ正確に察知している、という可能性もある。


 そもそも彼女を見ているという相手は、どうして見ているのだろうか? 

 悪意、と葉柄は勝手に決め付けてしまったが、もしかしたら他の感情なのかもしれない。

 あくまで灯の話だと、興味とか監視とか、彼女とどう接していいか掴みかねているだけの視線の中に混じるように、ネチっこくて思わず警戒してしまう別の視線を感じている、という話しだし。


 その辺りからしっかりと理解しないと、犯人探しは難しいかもしれない。


 葉柄やゆかりが灯とずっと一緒にいれば、そんなことを気にしなくてもいずれ犯人を見つけられるのだろうが……まだ犯人がいると確定している訳でも、葉柄が殺してもらえると約束した訳でもない以上、あまり気が進まない。


「勘違いかな、って思おうとはしてるんだけど……やっぱり気になっちゃって……っていうか、水月くんはなんでそんなことをわざわざ訊いてくるの?」

「ま、イザ本当に危なくなったら助けてやろうかと思ってな」

「えっ?」


 心底意外という顔をされた。


 次に、すっごい怪しい不審者を見る目を向けられた。


「……どういう風の吹き回し? 確か水月くん、自分の利益になること以外では助けないんだよね?」

「まぁな」

「……私に何をさせるつもり? まさか……やらしいこと!?」

「えっ!?」

「なんで事情全てを知ってるお前が驚くんだよゆかり……」


 転校生のとんでもない方向への閃きもそうだが、ゆかりの反応にも呆れ力が抜けた返答しか出来ない。


「それじゃあ――」

「ま、今は気にするな。俺のことを気にしてる場合でもねぇんだろ? 例のガキのこともあるし」

「――……そういう訳にもいかないわよ……」


 逆に、余計な心配の種を増やしてしまった。あまり負担をかけすぎると引き受けてくれないかもと考えた上での行動だったのに……。

 ……なんてことは、ない。

 葉柄とゆかりはむしろ、さらに彼女を追い詰めようとさえしている。


 追い詰められた状況でなら「視線の問題だけでもどうにかしてやると持ちかければ、縋り付きやすい上に人殺しも引き受けてしまうかもしれないだろう」という小ズルい考えだ。


 だからこういったさり気ない会話で転校生を追い詰める。

 それが葉柄とゆかりが昨日の買い物中に出した、現状行えることの一つだった。


「ま、イザ提案したときにイヤだったら拒絶してくれりゃいいさ。そうだろ?」

「…………ま、そうだけど……」


 もっとも、そうさせず、引き受けてしまう状況か精神状態へと持っていくのが目的なわけだが。


「んなことより、結局あのガキとはどうなんだ? また会うのか?」

「あ、うん。今日もまたこの後に会う事になってて……」


 こちらの意図を読み取られることはないだろうが、それでもあまり勘繰られたままでいられるといい気がしないので、特に興味は無いが話題を変える。

 その後は灯がこの空き教室を出て行くまで、感じる視線について聞いていくことになった。

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